#04君があまりにも優しく笑うから この夜が明ける前に最後のラブレターを書いた(青春)

 ブルーブラックのインクで文字を綴る。

 これが君への、最後のラブレターだ。


「私、知ってたよ」


 それが彼女の口癖だった。

 春見ちとせ。体育は体育座り、遅刻や早退は病院のためで、出会ったのも保健室だった。

「八尾くんがタイムリープしてるって」

 嘘つけ

 とは俺は言わない。

「そうなんだ」とわずかに驚いてみせると、にんまりと嬉しそうにちとせは笑った。ショートカットで、色白。瞳は大きくて、笑うときらきらする。けれどこんな準虚言癖と、病弱体質で友達はいな――

『八尾くんが、友達になってくれるって』

     かった、、、


「千歳飴だと思うんだよね」

 名前の由来、と彼女は生真面目な顔をつくっていう。とくに他愛もない会話の流れだ。

「名前に願いを込めたんだね。細くても長く生きられるように、って。自分の名前の由来を親に聞いてみよう、っていう宿題あったでしょう」

 その宿題の意図はよく分からないよな。自己肯定感か? ちなみに俺は平次だが特に上がらなかった。

「まぁ聞けないよね……! 余命分かっちゃってるもんね……!」

「うぐぅ」 

 泣く。本人は面白いと思っているのか。そういう軽さとノリだ。こっちは全然笑えないんだが、あえて明るく茶化すことができるのは本人だけだの筋で、そういう笑いの取り方は好きじゃないとは言わないでおく。ちとせ、と漢字をひらいた名前にご両親の機微を感じる。


「でも私、ふとく生きたいって言ったの」


 それで、病院も退院して学校へも以前より出席するようにして、――友達もできた。

「それで、お花見に行きたいなぁって」

「放課後、行くか」

「ええっ」

 ちとせは目を丸くした。「三回断られるかと思った。安静にって」

「猿梨山公園が満開だ」

「私、知ってたよ」


 ぐっとお互いに親指を立てた。

 安静にしてもしなくても、結果は変わらなかった。

 春見ちとせは、七日後の朝にいなくなる。



「ラブレターって、一生に一度はもらってみたいねーっ」

 

 すこし古い少女漫画を読破して彼女はいった。一度目は『バーロー』二度目は『じゃあそれまで』三度目以降は『何度でも書く』のように変化していった。


「ちとせ、好きだよ」


「えっ……」彼女は突然の告白に驚きそれから頬を赤らめた。

「あ、あ……?」小さくもごもごいう。君には唐突でも俺にはやっと言えた言葉だった。


 七日間を何度も繰り返した。初めは唐突に、七日目の朝がきて病室で冷たくなった彼女と会った。その後で泣きながら彼女へのラブレターを書いて、下駄箱に入れた。

 その夜が明けると、七日前の朝に戻ったのだ。

 夢だと思って、それでもと思って、なにかこの時を変えたらきっと彼女はと思って、何も変えることができなかった。それなのに



「ありがとう」

 

  

 ちとせはあまりにも優しく笑った。


 夜が明ける前に、ラブレターを書く。

 どうして分からなかったんだろう。

 七日目じゃない。六日目だ。一生に一度もらいたいと、言った。

 いつも軽やかに笑うから、それがどんなに切なる願いかも分からなかった。

 すこし古いすり切れた少女漫画。学校に憧れて、病室で何度読んだのだろう。

 彼女のことを考えてじゃない。俺がこわかったんだ。そうか分かっていたのか。

 

 ――叶ったら、もう二度と会えないことを。


 何度も滲んで書き直した。

 夜が明ける前に、この夜が明ける前に。

 ブルーブラックの空にオレンジが滲んで、走った。走った。

 散る桜の並木を。

 こつんと小石を窓にあてた。

 

 

 

#04 君があまりにも優しく笑うから

この夜が明ける前に最後のラブレターを書いた

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