二十七幕 雪山超え

 

 露店でなんでも手に取るユートを、どうにか諦めさせながら市場調査をする。金額と質を見比べながら予算を組み立てれば、やはりそれなりの金額になってしまう。中央よりも野菜類なんかは高く、逆に肉や魚、それに魔導スクロールが安い。神聖都市からそんなものまで流れてきているようだ。ここでは魔導具を売ってもあまり良い金額にはならなかっただろう。

 

 どれだけ止めても諦めきれずに露店を眺めるユートに、妥協点として寒冷地用の装備を選ばせた。おかげで普段の俺なら買わないような物も混じっているが、まだ許容範囲に収まる。要らなくなったものを売り、新たに買ったものと入れ替えながら数日掛けて買い揃えた。

 

「それにしても結構しっかり準備するんだね」

 

 ベッドに腰掛け、子どものように足をブラブラさせたユートが感心したように言った。山用の棘靴は室内で履くと床を傷めるため、扉の前に置いてある。俺も買い出しを終えたので、以前の靴に履き替えた。数日履き慣らしてみた感じ、厚みのある靴は滑りにくいが、地面の細かな振動を掴むことは難しそうだった。いざという時に困らないよう、新しい装備にも早く慣れなければ。

 

「食料はこんなもんで良いだろう。粗方揃ったから天候が悪くなければ明日出発するぞ」

 

 俺は持っていた温度を保つ魔導具の仕込まれた鞄を、机にドンと置く。その重量感ある音の響きに、ユートが顔を引きつらせた。

 

「分かったよ。今更だけど、魔法でひとっ飛びって訳にはいかないんだね」

「あの山は霊峰だからな。魔物より精霊の方が多い分、何が起こっても不思議じゃない。普通は関所を通っていくが、ここの調査は厳しいから万が一にでもバレるとまずい」

「この街に来た時も少し危なかったもんねえ」

 

 魔力制御装置を大量に着けたユートは、関所の衛兵にそれはもう怪しまれた。その場で一つ外して魔力量の跳ね上がりをみせたり、無属性魔法を使ってみせたりと、あの手この手でなんとか通過したが、神聖都市側でどんな調べを受けるかわからない。正規のルートからは外れる他なかった。

 そんな訳で山越えしなきゃならない俺達は、ボロい紙を覗き込んで険しい顔で額を突きつけあう。

 

「何、これ? なんかめちゃくちゃに線が引かれてるけど……もしかしてこれって地図?」

「……仕方ねえだろ。山に登る奴なんて滅多に居ねえんだから」

「ん? てことは待って、これってジャズが書いたの?」

 

 ぐ、と口を引き結ぶと、ユートは途端に目を輝かせはじめた。俺はさらに居た堪れなさを感じて身を引きながら、言い訳がましく口にする。

 

「昔な。地図の書き方は知らねえから適当だが、商人や冒険者に山に入った時のルートやらを聞いて書き込んだ。行ける範囲は直接行って俺が確認してる。三年以上前だから、変わってる可能性もあるが」


 へえ、と感心したように呟いてユートが俺お手製の地図を凝視した。正直、今以上に拙い筆致で書かれた地図を目の前でひとに凝視されるのは中々に堪える。しかし今頼りになるのはこの地図だけだ。

 

「ここら辺の黒く塗りつぶしてあるのは何?」

「何人かの商人が、そこは避けて通ると言っていた。詳しくは分からなかったが、昔からある言い伝えみたいなもんらしい」


 山の中央、頂上付近に黒く塗り潰した一帯があった。当時の記憶をおぼろげながら辿るが、漠然と避けるべきだと教わった記憶しかない。そういった怪しい部分は一旦置いておき、俺は指で一本の線をなぞった。

 

「記憶が確かなら、このルートが一番安全で、登る距離も少なかったはずだ。大体この辺りを目指せば行ける……多分」

「頼りないなあ」

 

 そう言いつつも笑えるのは、大概のことならなんとか出来る自信があるからだろう。まあ勇者と魔王の二人でそうそう危機に陥ることもあるまい。

 

 確認を終え、俺は数あるルートが山中のある一点を中心に書かれていると気付かれないよう手早く仕舞う。やましいことは無いが、それに突っ込まれた時上手く説明できる気がしなかった。ちらりとユートが視線を寄越すのに、気にしていない振りをする。地図が当てにならないのは事実だし、大体の方向が決まれば良いだろう。

 

 しかし、それは認識が甘かった。

 


「……こりゃ完全に迷ったな」

 

 数日後、俺達はノルン山脈の中腹で遭難していた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る