二十一幕 勇者
手伝うと言い張る剣士としばらく押し問答をしたが、結局剣士に押し切られる形で同行が決まった。こうなってしまえば、さっさとこの噂の気になる所を調べて解決した方が早い。本来なら速やかに帝都にお帰り願いたかったが、ヴァイスには本人から謝ってもらおう。
一緒に湖へ向かう道中、俺は勇者としてもう一度魔王を倒しに行く気は無いと説明し、勇者呼びも困るので名前を明かした。さすがにユートを魔王だとは明かせないので、しばらく勇者としての身をくらますために雇った仮のパーティメンバーだと伝える。
剣士は意外なことに、どちらについてもこちらが拍子抜けするほどすんなり受け入れた。てっきり"勇者"を敬っているんだと思っていた俺は、あっさり頷かれて面食らう。
「勇者殿はジャズという名だったのだな。名を教えてくれた事、とても光栄に思う。魔法使い殿がそれで良いと言うなら、私に否やはない」
「……本当に分かっているのか? 俺はもう勇者じゃない。今はただの冒険者として、依頼を受けて日銭を稼いでるだけだ。それにまだ着いてくる気か?」
「偽勇者の件は依頼ではないだろう。それに貴殿は今なお勇者だ。力になれるなら私はいつだって手を貸そう」
思わず剣士の顔を凝視してしまう。剣士は確信を持った顔で真っ直ぐこちらを見ていた。しばしの間、不本意ながら見つめ合ってしまっていたらしい。横で白けた顔になっていたユートが、パンッと手を打った。
「じゃあとりあえずこの一件が片付くまで剣士さんには一緒に居てもらうとして、あなたのお名前ももう聞いて良いんだよね?」
「ああ、そういえば忘れていたな。私の名はエレン。これからはそう呼んでくれ」
にこりと微笑み俺に握手を求める。そのいかにもな略称に目を細めるが、エレンがそれ以上何かを語ることは無かった。こういった、脳筋に見えてきちんと腹芸もこなす所が俺は地味に苦手だった。やはりなるべく関わらないようにしようと心に決める。
「おれ達はこれから、その聖域って噂の湖を調べる予定なんです」
「なるほどな。しかしそれなら今は難しいかもしれん。何故かその聖域とやら、昼間は閉ざされていて誰も入れんのだ」
思わぬ情報に眉がピクリと上がる。どうやら俺を探してさまよいながら、噂の情報収集をしていたらしい。俺はいくつ、かの予想の中で、もっとも面倒なものが当たらないかと身構える。
「その聖域とやらは夜しか入れず、かつ勇者と名乗る不届き者が守り人だと言い張り門番をしているようだ。聖域に入るなら、まずは件の偽物をどうにかしなくてはならない」
「うーん、そういう感じかあ……。どうする、って……ジャズ?」
「勇っ、ジャズ殿!?」
俺が顔を覆って呻いたからか、ユートが怪訝な様子で覗き込もうとする。剣士……エレンにも心配させてしまったようだ。心配無いと手を振ってみせるが、渋面は隠せていなかったのだろう。こちらを凝視する二人に、俺はため息を吐いて答えた。
「とりあえず、その聖域とやらが入れない理由を確認するぞ。話はそれからだ」
それ以上は今は言わない。俺が口を閉ざすと、二人は物言いたげにしつつも黙っていた。歩くスピードを上げると、後ろから無言で着いてくる。そうして黙々と進んでいくと、俺はようやく違和感に気付いた。
「……戻ってるな」
しばらく森の中を進んでいたため気付かなかったが、どうやら同じ道をぐるぐる回っていたらしい。見覚えのある幹を撫でる。近くの魔力を探るが、魔法の気配はしない。
これはいよいよ面倒事の予想が的中してしまったらしいと思いつつ、持っていた小型のナイフで幹に切りつける。
「何してるの?」
「印を付けている。この空間は閉じられてるみたいだからな。起点を探す」
「嘘、魔法? 全然気付かなかった……」
後ろで二人が何かぶつぶつと言い始めるが、思考に没頭し始めた俺には聞こえていなかった。ひたすら幹を切りつけながら進む。
「ここか」
ずっと前にしか進んでいないのに、最初に切りつけた木の前へと戻って来ていた。俺は手を前に突き出し、探るように手を動かす。本当に微かな感触だが、指先、というか身体に巡る魔力だろうか。身体的な触覚とはまた別の部分で、何かが触れたのを感じた。そのかすかな感覚を手繰り寄せて握り込む。
「これは多分、魔法じゃない」
そのままヴェールを剥がすように、勢い良く引っ張ると、眼の前の空間がイメージ通りにめくれた。
そこには噂の元であろう湖と、ほとりに佇む一人の男が居た。男は俺よりもよほど体格が良く、身に纏った鎧は上質で一目で貴族だと分かる。顔立ちも柔和でいかにも女受けしそうだ。
ゆっくりとこちらを振り向くと、無感情なのに目だけが異様にギラついたおかしな表情だった。
「どうやってここへ入った。何者だ?」
「それに答える前にひとつ質問だ。お前が勇者か?」
分かりきった質問だと思いながら、俺は最後通告のつもりで確認する。
「……ああそうだ。わたしが、勇者だ」
目元をピクリとも動かさずニンマリと笑う様は異様だった。何より、どれだけ湖を探して彷徨っていたのか分からないが、ついさっきまで昼間だったはずが辺りは暗く、夜のようになっている。
夜を好む生き物というのは、魔物然り、女神の恩恵と相容れないものが多い。しかし例外として、元は女神の性質を持っていても、強い意志や負の感情で魔の性質に転ぶ事がある。
ここを閉じる魔法は、魔物のものではない。薄っすらとこの場に漂う気配は、限りなく魔に転びかけているが、元は神に近い神秘性が残っている。
この場を支配しているのは、精霊だ。
俺は神に近い存在を斬ることに覚悟を決めて、聖剣の柄に手を置いた。
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