第四章:偽勇者
十九幕 噂
魔塔から帰った後、しばらくユートは塞ぎ込んだ。俺にはあのエルフの発言のどこが引っかかっているのか分からなかったが、本来の居場所に帰れないというのは俺が思う以上に苦痛なんだろう。孤児で元から故郷を持たない俺には、理解し得ない感覚だった。
だから俺は当分放って置く事にした。子どもじゃないんだ。年齢を聞いた限り、俺といくらも変わらない。自分で乗り越えられなきゃ、この先やってられない。
一時は出会った頃より魔王らしい禍々しい気配を放っていたが、俺の張った結界が持っている間にユートは気持ちを持ち直したようだ。数日後にはすっきりした顔で部屋から出てきた。
「うわ、結界張ってたんだ」
「お前の魔力が不安定だったからな。多分結界がなきゃ衛兵が飛んでくるくらいにはやばかったぞ」
「まじか、全然気付かなかった」
ヘラリと笑ってごめんと言う様はすっかりいつも通りだ。安心した俺は朝食用のパンを並べる。
「とにかく魔法でもすぐにはどうこう出来ないってわかったし、次は前話してくれた聖域を探そうと思うよ」
「それなら俺ももうちょい気合いれて変装しねえとな。あの辺りは一時期拠点にしてたし、聖剣を手に入れた所だから俺と勇者を結びつけてる奴がいる可能性もある」
「それでその聖域ってどこにあるの?」
俺はテーブルに広げてあった地図をトン、と指差した。
「魔族領の反対側、北の果てにある神聖都市アヴァロンだ」
地図の北側、帝都を中央にして丁度南に広がる魔族領と対象的に位置するそこは地図の中でも異様に白い。年中雪の降るその地方は、東西に走る山脈の向こう側に巨大な都市を築いている。
「神聖都市アヴァロンは学者と獣人の街だ。元は知識層が生活のため奴隷として獣人を使役していたらしいが、今では共生関係にあるらしい。聖域が発見された記録が残っているのは、この都市から山脈までの一帯だ」
「獣人の話はおれも本で読んだよ。昔は差別もあったらしいけど、今は無いんだよね?」
「あの差別はエルフが裏切った影響とも言われてるからな。魔族との戦争で滅びたドワーフや、裏切ったエルフと違って獣人はずっと味方だった。今じゃ敵視するどころか、一部の地方では神聖な生き物扱いされてるらしい」
「気持ちはちょっとわかる」
目を閉じて頬を紅潮させながら言うユートは、一体何を想像しているんだか。エルフやドワーフの存在を知った時も異様に喜んでいたが、こうした反応を見ると前はどんな世界に居たのかと興味が沸かないこともない。
しかしいざアヴァロンへ向かうと言っても、今は大陸中央にある帝都より南側、魔族領までの丁度中間に位置する魔鋼都市にいる。ここから向かうとなれば数ヶ月は掛かるため、途中依頼をこなして路銀を稼ぎながら行くしかない。それを言えばユートは「冒険者っぽくて良いじゃん!」と目を輝かせた。
お前、一刻も早く帰る方法を探してるんじゃ無かったのか?
道々で村や町に立ち寄り冒険者としての依頼をこなしていく。ユートは魔鋼都市でもバレなかったことで自信をつけたのか、積極的に外を歩き回るようになった。行く先々で住人と仲良くなっては、何故か「ジャズって勇者なんだねえ」などとしみじみ言いながら帰って来る。
何をしているんだかよく分からないが、旅自体はかなり順調といえた。相変わらず受ける依頼は俺が選び、依頼をこなした後の交渉はユートがする。おかげで俺は今までになくスムーズに、大きな揉め事もなく正当な報酬を受け取ることが出来ていた。正直路銀はかなり貯まっているが……
「ま、もらえる間に稼いどかねえとな」
「何か言った?」
「なんでもねえよ」
そうしてしばらくの間順調に旅していたが、ある日立ち寄った町でおかしな噂を耳にした。
「えっ、新しい勇者が聖域を発見したって?」
「ご丁寧に聖剣まで持ってな。曰く『先代は死んだ、俺が次の勇者だ!』だとさ」
「ジャズ死んだの?」
「アホか」
そこは辛うじてギルドがある程度の小さな町だったが、丁度北にある霊峰、ノルン山脈が遠くに見えてきた頃だった。特に依頼が無ければ通り過ぎる予定の町だったが、その噂が妙に気になる。
「こっちが本物だって名乗り出る訳にもいかないしね。その偽勇者も何したいんだろう?」
「そっちじゃねえよ」
「ええ……少しは気にしなよ。じゃあジャズが気になるのって聖域の方? 本物なの?」
「十中八九偽者だろうが……ま、行ってみるか」
噂を聞いた限りでは町から少し離れた所にある湖が聖域だと、その勇者は言い張っているらしい。まずはそこへ向かうかと立ち上がると、ユートが何かを思い出したように「あ、」と声を出した。
「そういえば、ギルドの前でこの間ジャズに会いたいって人が居たんだけど」
「……は?」
なんだその嫌な予感しかしない情報は。
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