十五幕 迷宮
この時点で、正直俺はかなりやる気を失っていた。招待しておきながら相手を試そうという魂胆には何様なのかと腹が立つし、何よりここへ来た目的はユートを連れて来いという依頼と、帰還魔法の手掛かりを探してだ。つまり試されているのは俺ではない。
そこまで考えて、もうすっかり傍観者の気分になった俺はユートに鍵の入った袋を押し付ける。
「ほらよ。お前ならここは結構楽勝なんじゃねえか」
「そうでもないよ。塔の中に入ってからなんだか魔力が練り辛いんだ。普通に魔法を使うのも結構大変だと思うよ」
どうやら魔法で迷宮を調べて扉まで一直線、という訳にもいかないらしい。仕方がないと、俺達はとりあえず中央の塔を確認しながら、なるべくそちらへ近付くよう地道に道を選び始めたのだった。
景色のあまり変わらない生垣の間を、しばらくも歩かない内に道の先の方に微かな悲鳴が聞こえた。咄嗟に駆け出すとユートも少し遅れて着いて来る。声が聞こえた方角を頼りに道を曲がり続けると、道の先の少し開けた空間で人間が魔物に襲われていた。
視界に全体が映った途端、足に力を入れる。急加速した勢いを利用して飛び上がり、魔物の背後で剣を抜いた。
巨大な植物のような見たこともない魔物は、手足のように蔓を蠢かしながら倒れている人間達の方へ向かう。その表面が鏡のように光を反射してまぶしく光った。生半可な魔法じゃ跳ね返されるのか、周囲には火魔法が当たったような焦げた跡がある。
まあ何にせよ、切ってしまえば関係ない。
スパンッ! という小気味良い音と共に、バラバラの繊維に別れた魔物が崩折れる。一瞬の出来事に、襲われていた四人組は倒れたまま呆然とこちらを見上げる。カチンと音を立てて剣を仕舞う頃には、ユートが追いついて足元に散らばる蔓をめくったり引っ張ったりしていた。
「何か分かったか?」
「うーん、造られた魔物ってこと以外は、なーんにも」
お手上げという風にユートが手を振るが、俺は何気なく告げられた一言に眉をしかめた。
「魔物を造って操ってるってことか?」
「そうみたいなんだけどねー、魔法に対する耐性だけ馬鹿高いし、何をしたいのかはさっぱり」
これを倒せば認めるとかなら、迷宮いらないもんねえ、と肩を竦めるユートに俺もため息を吐くしかない。魔法使いしか来ないであろう魔塔の試練で、魔法が効かない魔物を出すとは。つくづく魔法使いは、それも頂点に立つような人間は変人しかいないらしい。
とにかく先へ進むか、とユートと話していると、「あ、あの!」と遠慮がちなようで逃がす気の無いはっきりとした声で呼び止められた。魔物に襲われていた四人組は全員がローブを羽織り、魔法使いしかいないようだ。
「あの、助けて頂き、ありがとうございます。お二人も中心の白い塔へ向かっているんですか?」
面倒ごとの予感に、俺は無視したほうが良いとユートに目配せするが、奴は苦笑して声をかけてきた女に向き直った。
「そう言うあなた達も、まず塔の中へ入れたってことは、ここへ招待されて来たんですよね?」
怯えた風の女に気を遣ったのか、柔らかな声音で尋ねられた内容に、女は後ろにいた他の仲間と顔を見合わせて微笑んだ。
「いえ、私達は荷運びの依頼を請け負ってここに来たんですけど、魔塔の中に入る時にここまで案内してくれた動物が消えてしまって……。途方に暮れて彷徨っていたら先ほどの魔物に襲われたんです」
丁寧な言葉遣いを見るに、魔法学校上がりの冒険者といったところか。本当に助かりました、と手を組んで言う様は善良な一般人のようにも見える。しかしこういった善良さは、時にただの強者よりも厄介だ。
「もし良ければ、私達もあなた方について行かせてもらえませんか? 招待されたあなた方に付いていけばきっと辿り着けるでしょうし、道中力になれることがあれば手伝いますから」
あの程度の魔物に手こずっていたクセに何を言う。俺一人ならそう返して終いにしてしまった所だが、ユートは人の良さそうな顔で微笑んで、快く提案を受け入れた。
キャッキャとはしゃいだような声と相まって、まるでただ散歩に来ただけのような長閑な雰囲気が漂う。先頭で何やら楽しそうに会話する女とユート。そのすぐ後ろから時々会話に参加する魔導書を片手に持った男。それを羨ましそうに杖を握って眺める背の低い見習いらしき子どもと、終始無言で時折俺の方を向いては睨んでくる男。
その様子を少し離れた所で歩きながら見ていた俺は、出入りが少ないはずの塔の中でバッティングするという不運な事態に内心頭を抱えていた。いざという時はユートに本来の力を使わせれば良いと思っていたのに、これでは制御装置を外すことすら出来ない。
案の定、それからまた数度魔物に襲われたが、尽く魔法耐性の高い奴ばかりで、ほとんどの相手を俺がすることになった。何で同行しているだけの俺が? と思いつつも、早くこのメンバーと別れたいが為に現れた瞬間倒していく。最初は何度か戦闘の様子を見守ったりもしたが、手も足も出せずにやられている様子を見て、任せるのは早々に諦めた。
かなり長い距離を歩いたと思いながら見上げれば、思いの外中心の魔塔まで近付いていた。まさか辿り着いた瞬間幻のように消えてしまわないかと、ここまでの性格の悪さを思い出して身構えるが、そんな厄介な事もなく無事目的の白い塔の扉に到着した。
わっと歓声を上げる集団に、俺は目を細める。ひとしきり騒いだ後に、先頭に立っていた女がユートに向き直り、申し訳無さそうに首を傾げるのを見て、俺は鳥肌が立った。
「あの、ここまで来て図々しいのを承知で一つお願いして良いでしょうか?」
「うん? 何、どうかしました?」
ゆっくりと扉を指差した女が、ユートを見上げて甘えるように首を傾げた。
「私達、一番最初に魔物を襲われた時、鍵を無くしてしまったんです。あなた達が持っているその鍵を、私達に譲ってはもらえませんか?」
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