九幕 見本にならない

 

「……とまあ、これが一連の流れなんだが」

「うん、よく分かったよ!」

 

 報酬を確かめた後、倒した数に応じて分配する。今回は当然ながら俺が8、ユートが2くらいだ。ユートはむしろ研修のようなものだったから! などと言って報酬を固辞しようとしたが、いい加減食費くらい自分で払えと言ったら大人しく受け取った。こういうのはきっちりしないと後々問題の種にもなるからな。

 

 冒険者の仕事の流れはこれで大体分かっただろう。正直一回では無理があるかと思ったが、笑顔で答える様子はこれまでにない自信のようなものがみなぎっていた。

 

「ジャズはあの依頼を見て、内容がランクと報酬に合ってないって見抜いたんだよね?」

「まあ、そうだな」

「それって誰でも出来ること?」

「……どうだろうな。それなりに経験積んだ冒険者ならわかると思うが」

「うーん、なるほどなるほど」

 

 質問の意図がわからなかった。ユートは相変わらずにこにこしているだけだが、底知れない凄味のようなものを感じて思わず唾を飲む。

 

「今回おれらが相手にしたのってさ、普通ソロでこなすような内容なの?」

「あー、まあ、あんま無いかもな? そもそも冒険者はパーティ組んでる奴のが多いし……今回みたいなケースは物理と魔法両方を備えたパーティか、それぞれに特化したパーティがチームを組んで当たることになった可能性が高いな」

「うんうん、なるほどねえ。よーっく、分かったよ」

 

 そう言って何度も頷くと、ユートはおもむろに立ち上がり、ビシッと勢いよく俺を指さした。

 

「ジャズのやり方は全ッ然! 見本にならないってことがね!!」

 

 固まってユートを凝視する俺は、直前まで床で報酬を分けていたため完全に見下される構図になる。孤児院の中では図体がデカい方だったので、自分が見上げる側になるのは新鮮だ。

 思考が停止している俺の前でユートが腕を組んで仁王立ちになる。

 

「まず、おれ魔物の知識ないし、クエストの難易度なんて分かんない。今回のでランクがそんなに当てにならないって知っちゃったし。何より、おれはジャズと違って近接戦闘できない。あの戦いで使った騎士は完全に闇魔法っぽいし」

 

 言われてみれば。俺にとってユートは魔王であり勇者パーティと渡り合える実力者だが、それは闇魔法を万全に使った場合の話。あからさまな魔法を避けるとどうしてもそれなりに威力が出る魔法は少ない。依頼の危険度を読み違えても、まあ死ぬ前には流石に秘密がバレてでも身を守るだろうが、人間側での活動は難しくなるのは確か。

 帰還のための方法を探すという目的から考えるとほぼ詰みだ。

 

「おれだってまあまあチートだと思うけど、おれに比べたらよっっっぽど、ジャズの方がチート勇者様だからね!!」

 

 ジャズと同じ事したら、おれ死んじゃう!

 そう仁王立ちで高らかに宣言したユートに、俺は気圧されてしばし黙るしかなかった。

 

 

「まあな、うん、お前の言いたいことは分かった。俺も悪かった。だが結局どうするんだ?」

 

 言いたいことを言ってスッキリしたのか、満足したようにゆっくりと座り直したユートに、俺も改めて向き直る。知識面は別に考えるとして、俺では戦闘スタイルが違いすぎる。

 いっその事魔法使いのパーティと引き合わせてここで解散というのも手だ。などと考えていれば、ユートがおもむろに足をそれえて畳むように座り直し、両膝の前に軽く手をついた。

 

「そこで折り入ってご相談です。おれとジャズでパーティを組んでもらえないでしょうか」

 

 そのまま深々と頭を下げる。普通なら下げない所まで下ろした頭はほとんど床についてしまっていた。

 

「やめろそのポーズ。俺はパーティは組まねえ」

「そりゃジャズはよっぽどじゃない限りパーティの必要が無いほど強いだろうけど、どちらかというと前衛でしょ?」

「戦闘面の話だけじゃない。単純な話、ソロの方が儲かるんだよ」

 

 パーティの場合、報酬自体は人数で割るとしても、装備品なんかはパーティの資金としてカウントされる事が多い。俺の場合、装備はほぼ聖剣一つで事足りるし、防具もあまり使わない。となるとその分は完全に俺以外のやつの為に使われる金額になる。

 過去に何度かパーティ用の資金が異様に多いおかしな分配をされ、面倒になった俺は人と組むのを止めた。ソロなら働いたら働いただけ手元に金が入る。単純で簡単な話だ。

 

「それはどうかな?」

「あ?」

「だってジャズ、交渉とかあまり得意じゃないでしょ。この間のギルドのやり取りだって、あんなんじゃ正当な報酬は貰えなかったよ」

「依頼で追加報酬が必要になる事自体がそんな無いんだ。上乗せの要求する事なんてそうそうねえよ」

「でもジャズは結構な頻度である。でしょ?」

 

 それは図星だった。そのために拠点にしていたギルドでは報酬ハンターなんて呼ばれた事もある。思わず苦い気持ちが顔に出たのか、ユートは得意気に頷いてさらに続けた。

 

「その点、おれは元の世界でもバイト……商人の手伝いとかしてたから、ああいう人達と話すのも慣れてる。この世界の人達よりはおそらく弁も立つよ」

 

 今回もらった報酬。それはきちんとゴブリンの巣を討伐した報酬だけでなく、ネクロウィスプの分も入っていた。被害の規模は実際の所分からないが、事後報告で発覚したにしては異例……というか今までこんなに貰えたことは無かった。

 

「ジャズは今まで通り依頼内容以上の事を達成すれば、おれが交渉して正当な報酬を貰ってくる。それはデカい依頼をこなせばこなすだけ、大きい額になるんじゃない?」

 

 報酬を勝ち取ってきたのはユートだ。本人もそれが分かっているのか、今までとは違い自信をみなぎらせている。

 ユートに何をしたかを教えてもらうのもアリだが、何年も冒険者として活動してきてどうしようもなかったのだ。素直に人に任せた方が賢明だと、俺の中の冷静な部分がささやく。

 

「結果として、今までみたいに全部を独り占めは出来ないけど、手に入る報酬はおれと組んだほうが多くなる! だからおれとパーティを組もう、ジャズ!」

 

 役者のように芝居がかった声音で言い切ると、満面の笑みで手を差し出す。眼前に差し出された手をまじまじと見ながら考えるが、迷うフリはそう長く続けられなかった。

 

 差し出された手を握った俺を見て更に笑みを深めたユートは、俺なんかよりよっぽど物語の中の勇者じみていた。

 

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