女子校の王子様のキスがへたくそすぎる!

無銘

第1話 女子校の王子様に目をつけられた!

 世の人々は、女子校と聞いて何を思い浮かべるだろう。


 女の花園という言葉に代表されるような清廉潔白で品行方正なイメージか。あるいは、お嬢様同士がごきげんようと挨拶を交わし合い、バラ園や噴水がそんなやり取りを彩っていたり。また、あるいは、少女同士の厚い友情や、美しい心の交流、そこから更に発展して恋愛関係まで。


 総じて、キラキラとした綺麗な光景が想起されるのだと思う。


 しかし、残念ながら、女子校へと続く坂道を俯きながら歩く私、月影 姫子つきかげ ひめこはそんなイメージとは無縁すぎる人間だった。


 野暮ったい前髪に、暗い表情、真っ白なセーラー服が淀んで見えるほどの地味な見た目。とても私が世間様の抱く女子校像の基準を満たせてるとは思えない。


 また見た目だけでなく、性格もどんよりと淀んでいて、友情にも恋愛にも、てんで興味が無い。というか人付き合いが苦手で、嫌いだ。


 人間というのは嘘と欺瞞に溢れていて、必ず仮面の下には隠された裏の顔があって、どれだけ心を通わせたと思っても最後には容易く裏切られる。深く付き合っても碌なことが無い。


 そんなモノローグを唱えている私が女子校に相応しいわけがなくて。唯一、女子校らしいと言えるのは姫子という名前くらいだろうか。しかし、これも残念なことに、私は安直かつ、本人の容姿や性格と全くそぐわないこの名前が大嫌いだ。そんな風に唯一の救いまで自ら否定してしまって。


 キラキラとした女子校のイメージに現在進行形で泥を塗り続けていることに、一応の謝罪をする。ごめんなさい。


 そんなぞんざいな謝罪をしてから、今度は内心で言い訳を重ねる。別に、女子校だから、選んだわけじゃないし。ただ、地元から遠い学校を適当に選んだら、たまたまそこが女子校だっただけだし。


 しかしまあ、不幸中の幸いというべきか。私と同じく、学校を目指して坂道を上る大半の生徒はキラキラしているわけでも、お嬢様なわけでもなくて。私ほど酷くは無いにしろ、まあ普通の範疇に収まる子ばかりだった。学校全体で見ても八、九割はそういった子で構成されていて、それが現実だった。


 もちろん中には、漫画の中から出てきたのかってくらい、いかにも女子校って感じのキラキラした人間もいるんだけど。そんな思考からはじき出された顔を私は必死でかき消す。彼女のことを考えるだけで気疲れしてしまう。めんどくさい。


 そんな風に脳内でいろんな思考をこねくり回しているうちに、坂の頂上、校門の前までたどり着く。


「私立すみれが丘学園」


 校門には荘厳な字でそう書かれていて。わたしは無感動にその文字列を眺めながら門をくぐる。


 すると、校舎へと向かう道中で、何やら騒がしい一団がいて。嫌な予感を胸に抱きながら、歩みを進める。


 校舎までやけに長い道のり、その喧騒に近づくにつれて、鮮明になっていく像が嫌な予感の的中を私に知らせる。喧騒の正体は人の群れで、元凶は、取り囲まれている一人の生徒だった。


「今日もかっこいいです……」

「王子、こっち向いて!」


 次々と浴びせられる歓声、その真ん中で微笑む生徒。彼女の名前は大路 巧美おおじ たくみ


 その名前や端正なルックス、すらりと伸びた手足、抜群のスタイル。すみれが丘で「王子様」といえばそれは彼女のことだった。


 「ありがとう、子猫ちゃんたち」


 大路さんは、持ち前のハスキーな声と、あまりにもキザな語彙で周囲に感謝を告げる。私はそんな様子を鼻白む思いで見つめる。


 子猫ちゃんって。よく恥ずかしげもなくそんな言葉を吐けるものだ。私は、内心で毒づきながらそそくさと、人の群れの横をすり抜ける。


 しかし、そう簡単にはいかなくて。恐れていたことが、現実になる。いつもみたく俯きながら歩いていると、目の前に人影が差して。それと同時に、声が行く手を阻むように降ってくる。


「おはよう、月影さん。相変わらず今日もかわいいね」


 宝塚の男役を思わせるような、色気に満ちた声。しかし、それを歓迎する気にはとてもならなかった。


「そりゃどうも。それじゃあ、私はこれで」

「僕もお供するよ。なんせ、同じクラスなんだし」


 そう言って、大路さんはウインクをする。そんな仕草だけで周囲から歓声があがる。そして、私に羨望や敵意の眼差しが降りかかる。


 ストレスで胃が焼き切れそうだった。


「ああ、えっと。ちょっと、体調が悪いから教室じゃなくて保健室に寄ろうかな、なんて」

「なんだって、それは大変だ。それなら、僕が運んであげよう」


 そういって、大路さんはかがんで、両手を私の背と膝に添える。それは、俗に言う、お姫様抱っこの前触れで。


「いや、自分で行けるから!」


 私は慌ててそう告げて、逃げるように駆け出した。


「つれないお姫様だ」


 背後から聞こえたそんな呟きに勘弁してくれと思う。


 なぜか、私は女子校の王子様に目をつけられていた。

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