お稲荷さんちのアライグマ 〜あの子のおみくじ〜

右中桂示

アライグマと初詣

 大学進学の際に実家を離れていた星奈せいなが年末に帰省すると、弟の様子がおかしかった。


 弟の林太郎は現在高校一年生。無事に志望校に合格して平穏な高校生活を送っているはず。星奈が家を出る前は真面目で何処か冷めた性格だった。

 そんな弟が、妙に浮ついているし、たまにニヤニヤしていた。


 ──彼女ができたか。


 星奈がそう確信して問い詰めても、はぐらかされる。姉の権力を使っても強情だった。

 何日もモヤモヤしていていたのだが、確かめる機会はすぐにやってきた。




 毎年家族で行く、近所の稲荷神社への初詣。信心深い両親にはその辺り厳しく教えられている。

 参拝して、出店で買い食いして、その帰り。

 林太郎が不審な態度で言い出したのだ。


「あー、ちょっとお腹痛い。トイレ行くから先帰ってていいよ」


 わざとらしく、明らかな仮病。

 両親も怪訝な顔をして、しかし心配そうに声をかけるだけで帰る。

 ただ星奈としては、大人しく演技に乗ってやるつもりはなかった。


 家族を帰して、彼女と会うつもりだ。


 そう直感し、帰る振りをして隠れた。

 人が多いからバレないはずだ。

 待つ間に探すが、彼女らしい姿は見えない。どんな相手かワクワクしていればまるで苦に感じない。人の恋路を見物するのはそれだけ楽しかった。

 しばらくするとキョロキョロ警戒している林太郎が出てきた。

 探偵気分でコッソリと後を追う。


 その行く先は、おみくじ。

 誰かと合流する訳でもなく、スマホで連絡する訳でもない。

 期待していた展開じゃなくてガッカリしかけたが、それだけなはずがないと思い直す。

 そして実際、よくよく見れば林太郎はソワソワと浮き足立っている。恋する後ろ姿だ。


 その視線は、おみくじを担当する巫女さんに向けられていた。


「へえ〜……」


 グレーのゆるふわショート。スッキリと整った顔立ち。大人っぽい雰囲気のようでいて、どこか幼い印象もある。巫女の服装も相まって何処か現実離れしていた。

 以前はこの神社で見た事がない女子。臨時バイトか、星奈が家を出てから来たのか。

 後者なら林太郎は、彼女目当てにこの神社へ頻繁に通っているのだろう。星奈はニヤニヤとスマホを構えながら見守る。


「おみくじ引かせてください!」

「うん。じゃあこれね」


 林太郎は緊張からか声が裏返っていた。

 相手の反応は普通で、他の参拝客と変わらない。彼女ではなく片思いのようだ。


 と、そこにわざとらしい咳払いが聞こえた。それに色気を感じてバッと視線を向ける。


「わ、やっぱイケメン……!」


 巫女さんの後ろに美形の宮司がいた。物腰柔らかくてミステリアスで、以前から有名で人気のある人物。

 当然星奈も狙っていた。弟の事はとやかく言えない。


 そんな彼はバイトの子に厳しい目を向けている。

 彼女はムスッとして言い直した。


「じゃなかった。……ようこそお参りくださいました」

「お願いします!」


 仕事に慣れない子をハラハラと見守っているのか。確かに巫女さんらしくない子だが、星奈からすればなんとも贅沢な立場だ。弟の事を忘れて羨む。


「あ……」


 いつの間にかおみくじを引き終えていた林太郎。どうやら結果は良くなかったらしい。


「悪かった?」

「あ、はい……」


 巫女バイトの子は言葉遣いを直さず、小声にする事で宮司の見張りから逃れた。なかなか図太い性格をしている。

 会話できるだけで大吉ぐらいの可愛い子なのだが、林太郎はやっぱり気になるらしい。特に恋愛関係の項目は。


「引き直しても良いですか」

「うーん。後ろに人いるから」

「あ、すみません。そうですよね」


 名残惜しそうに離れ、悪いおみくじを結んで並び直す。


 もう一度ワクワクする時間。彼女の前に並ぶまでもソワソワして楽しそう。一番前に来たら二回目でも新鮮に喜んでいるのが分かる。

 なんとも初々しくて眩しい青春。


「じゃあもう一回ね」

「はい!」


 そうしてリベンジの結果は。


「あ、よかったんだ?」

「はい!」


 見なくても良かったのが伝わる声。きっと大吉だったのだろう。

 しかし、それはつまり彼女との別れであって。


「じゃあね」

「あ……」


 声が情けない。きっと顔も酷い。

 留まる理由はないが、まだまだ離れたくないのだろう。

 おみくじを見る。そして彼女を見る。かなり迷っている。


 そしてどうするか決めたらしい。


「いえ! もう一回引きます!」


 早足でまた列の最後尾に戻った。

 おみくじよりも女子目当て。貴重な機会を全力で活用しようとしていた。


 気持ちは分かる。分かるのだが。


「一歩間違えばストーカーじゃない?」


 星奈は引いていた。


 当の彼女は不思議そうで、そんなにおみくじ好きなんだなあ、とでも思ってそうな顔。

 まるで脈は無い。

 大人しく引き下がれ。帰ったらそう説教するべきか。星奈は真剣に考え始めた。


 と、そこで閃く。


 ──弟があの子といい感じになれば、宮司さんを紹介してもらえるんじゃ……?


 望み薄だろうが、判断は一瞬。


「弟の恋路、応援してあげますか!」


 星奈は恋愛成就の御守りを二つ買って帰るのだった。

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