Cys:24 AIドルの巨城VS俺達のボロビル
「よし、着いたぜ」
俺が足を止めて振り返ると、澪は目を大きく見開いた。
「えっ、まさか……!」
澪は俺の隣で、道路の向かいにそびえ立つ巨大なビルを見上げている。
ビルは夕日に照らされているが、切なさは一切感じさせない。
周囲のビルと比べてもひと際大きく、むしろ王者のように全てを見下ろしているようだ。
ただ、澪が驚いたのはそこではないだろう。
「耕助さん、ここって玲華さんのいる……」
「ああそうだ。
そう、このビルには、俺らが倒すべきAIドル達を使い『人間の輝き』を完全に否定する玲華がプロデューサーとして君臨している。
なので、澪が驚くのも無理は無い。
「このビルに私達が……!?」
澪は期待と不安の入り混じった表情を浮かべ、ビルを見上げたまま呟いた。
俺達は今からここで、AIドル達と戦っていく。
と、言いたい所だが、実はそうじゃねぇんだ。
それを当然分かっている俺は、澪を横からチラッと見つめた。
「澪、早とちりするな。そのビルじゃない」
「えっ?」
少し虚を突かれたような顔を向けてきた澪に、俺はフウッと一呼吸おいて告げる。
この誤解をされる事は想定済とはいえ、今から告げる事は気が重い。
だが、言わなきゃならんだろう。
「俺達の事務所は、このビルだ」
「ん? えっ……!?」
澪は少し戸惑いながら、キョロキョロと周りを見渡している。
まあ当然そうなるだろう。
目には映っていても、意識に入ってこないに違いない。
俺がクイッと親指で指し示した所には、とんでもなくボロい雑居ビルしかねぇんだから。
ただ、これが現実だ。
「澪、目の前にあんだろ。このビルだ」
「こ、これです……か!」
澪は、今さっきとは別の意味で固まっちまった。
狭く手入れのされていない芝生の空き地と、潰れかけのおんぼろ書店『民々書房』に挟まれた三階建ての雑居ビル。
平成の後期に建築された代物で、狭い階段の入口の壁には時が止まっているかのようなポストが設置されている。
ビル名も『川辺ビル』という、何の捻りも無い名前だ。
極めつけに、骨董品のようなおんボロの白いスクーターが立てかけてある。
一体誰が乗ってるのか分りゃしないが、動くのかすら怪しい。
もしキーを差し込んだ瞬間に爆発したとしても、きっと俺は驚かないだろう。
「まあそもそも、ここら一帯は道路を挟んで完全に分かれてるからな」
「確かにそう……ですけど……」
ビルの両隣を見て分かる通り、こっち側にあるビルはどれもボロい。
民々書房をチラッと覗けば、雑誌にホコリは積もっているし、カウンターの店主は寝てやがる。
他のビルは、さびれた洋服屋や八百屋。
錆びたシャッターが、万年降りっぱなしの物もある。
ちょいと大げさに言えば、まるで歴史の資料館かってぐらい時が止まってる感じなんだ。
逆に、道路を挟んだ向こう側は完全に今であり、最先端の施設が入ったビルが立ち並んでいる。
その中でも、玲華がプロデューサーとして君臨する
まるで宇宙人が作ったんじゃないかと思うような未来的なデザインで、出入りしている連中も皆高級そうなオーラを纏ってやがる。
入口には高級車やリムジンが頻繁に出入りし、内部にある商業施設も大賑わいだ。
───いや、こいつは引くよな。フツーに……
澪に気マズ過ぎて、タバコを吸う気にすらならん。
けど、これが現実なんだからやるしかねぇ。
軽くうつむいていたが、俺は吹っ切るように胸を張り澪に告げる。
「澪、行くぞ……って、あれ? ん?」
俺は思わずササッと周囲を見渡した。
澪がいねぇからだ。
───まさか、呆れて帰っちまったか?!
俺の胸がヒヤッとして、激しい後悔が襲い掛かってくる。
本当に俺は大バカ野郎だ。
澪に失望させたくない気持ちのあまり、ここに来るまで事務所がボロい事を言わなかった。
───やっぱ、こんなクソボロじゃ、辞めるってなっちまうか?! あああっ……!
でもこんなんバレる事なんだから、先に言っとくべきだったんだよ。
そうすりゃ、まだ方法はあっただろう。
「ったく、なーにやってんだ俺はよ……バカ野郎……」
片手を額に当ててそう零すと、ビルの入口の階段から澪が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「耕助さーーーん、何してるんですか? 早く行きましょうよ♪」
澪は階段から半身を乗り出して、俺を見つめながら片手を振っている。
しかもニコニコ微笑んでやがるんだ。
「澪、お前どーしてそこに?!」
俺が目を丸くして問いかけると、澪は軽くキョトンとした顔をして言ってきた。
「えっ、だって早く行きたくて……ダメでしたか?」
「いや、ま、まあダメとかじゃねぇんだけどよ。いいのか?」
ちょっと俺自身何を言ってるのか分からなくなっちまったけど、澪は軽く首を傾げてからニコッと笑みを浮かべて言ってくる。
「早く行きましょうよ♪ 私と耕助さんの事務所なんですから」
その姿を見た俺は、思わず片手でクシャッと頭を掻いた。
けど、さっきとは意味合いがまるで違う。
俺のバカさ加減に恥ずかしさを感じながらも、嬉しい気持ちでいっぱいだ。
───澪、お前でよかった。ありがとうな! 絶対最高のアイドルにしてやる!
ジンと広がる想いを胸に、俺は敢えて軽くうつむき気だるそうな声で答える。
こうでもしなきゃ、笑みが溢れちまうからな。
「ったく、今行くから待ってろよ。事務所は逃げやしねぇさ」
◆◆◆
俺は澪と一緒に階段を登り、三階まで辿り着いた。
鉄製のドアは上半分が半透明なガラス窓で、下半分は白いペンキがハゲかけている。
無論、セキュリティカードを翳すような洒落た作りじゃない。
鍵を差し込み、その後ドアノブを回す方式だ。
「ん……何だこりゃ、鍵が上手く入らん。錆びてんのか? にゃろ……」
ガリッとした嫌な感触に、俺の心が焦る。
けど、何とかまだ無事だったようだ。
「おっ、入った……!」
手を回すとガチャン、という音と共に鍵が開き、手前に引いた重い扉がギギギッ……と、軋みながら開いてゆく。
この前来た時も思ったが、後でクレゴーゴーを差しとかないとダメだ。
ドアが
「わあっ、開きましたね耕助さん!」
澪はこんな状況でも楽しそうにはしゃいでいる。
それは救いでもあるが、だからこそマジで何とかせんといかん。
部屋の中もヤバいからだ。
老朽化している上に、まだ掃除も何も出来ていない。
薄汚れた壁に付いてるスイッチ。
それをカチャッとつけると、天井に剥き出しの状態で着けられている蛍光灯が、パチパチパチッ……と、小さな破裂音を鳴らす。
何本かの蛍光灯は光がチカチカと震えてるし、全く光らないのも数本ある。
その光がボロく薄汚れた床を照らす中、俺はコートのポケットからタバコを取り出した。
「とりあえず、一服してから掃除するか……」
そう零し、くわえたタバコに火をつけようとした俺に、澪が叱るように告げてきた。
「ダメですよ耕助さんっ! オフィスはタバコ厳禁です」
澪は人差し指を交叉させてバッテンを作り、軽く膨れた顔を傾げて俺を見つめている。
やる奴が違えばあざとく見えるが、澪はこれが自然なんだろう。
全く嫌な気はしない。
ただ、吸うのを止められたのはキツく、俺は軽く顔をしかめた。
「いいじゃねぇか、まだ、どーせこんな汚れてるんだしよ」
「確かに、そーですけど……」
澪がゆっくり見渡してる薄汚れたフロアの床には、ホコリが積もり、黄ばんだ壁紙は剥がれかけている。
チカチカと点滅する蛍光灯と窓から差し込む夕日が相まり、まるで廃墟のようだ。
けれど、澪はシャキッとした顔で胸を張った。
「よしっ、じゃあピカピカにしましょう!」
「マジでっ?! 今からやんのか?!」
俺は思わず目を丸くしちまったが、どうやら澪は本気らしい。
タタッと軽やかに入口へ駆けると、俺にサッと笑顔を振り向けた。
「お掃除用具買いに行ってきます♪ 耕助さんは、一服しててください」
「ちょ、ちょっと待てって! 今から始めたら、夜になっちまうぞ」
もう日も落ちかけてる。
まだ学生の澪を、そんな遅くまで外にいさせる訳にはいかない。
澪のご両親に心配をかけちまう。
ただでさえ芸能活動の許しを貰えるかどうかの時期なのに、変な誤解をされたらマズいだろう。
だが、澪は俺の気持ちを察したように、ニコッと笑みを浮かべた。
「ちゃんと家には連絡しとくから大丈夫です! それよりも、善は急げですよ耕助さん♪」
こうまで言われちゃ仕方ない。
俺はくわえていたタバコを箱に戻し、フウッと軽く溜息を吐いた。
「わーかったよ。ただ、お前一人で行かせる訳にはいかねぇ。一緒に行こう」
「はいっ♪」
俺は、タバコの箱と一緒に両手をコートのポケットに突っ込むと、澪と一緒にフロアを一旦後にした。
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