Cys:6 涙で歪むステージライト

「えっ、ここで歌を?!」


 胸がドキッとして、私は動揺したまま耕助さんを見つめてる。

 だって、突然歌ってくれと言われたから。

 しかも、好きな歌でいいとは言ってくれたけど、それが逆に困るよ。

 私が好きな歌は、”昭和の歌謡曲”や”平成初期の歌”ばかりなんだもん。

 もちろん、耕助さんは私よりずっと年上だから、こういう歌を知ってるかもしれない。

 けれど、私がそんな歌を歌ったら、きっと違和感しかないに決まってる。


───絶対にバカにされるよね⋯⋯


 そう思ってしまうから、歌うのが怖いの。

 私は耕助さんを哀しく見つめたまま、静かに過去を語り始めた。


「耕助さん、実は私⋯⋯」


────

 ────

  ────


 私は小さい頃から歌が好きで、お父さんとお母さんの前でもよく歌ってた。

 二人とも凄く褒めてくれたのを覚えてる。


『澪、上手いじゃないか!』

『きっと、澪は素敵な歌手になれるわよ♪』


 私はそれが嬉しくて、将来は歌手になるという夢を持った。

 けどその想いは高校生になった頃、黒く塗り潰されたの⋯⋯


 あれは忘れもしない、二年前の文化祭。

 私は文化祭で歌を歌う事になって、当日までドキドキしっぱなしだった。

 一人カラオケに行って何度も練習したのを、今でもハッキリと覚えている。

 選んだのは平成中期の名曲で、お母さんがよく聴いていたお気に入りの歌。


───この歌でみんなを笑顔にしてみせる! それに……


 私はステージから、一人の男の子をチラッと見た。

 彼は悠真くんといって、私が密かに好きな人。

 悠真くんはカッコよくてクラスの人気者で、私とは全然違う。

 でも私が文化祭で歌う事を知った時、悠真くんは言ってくれたの。


『澪、お前歌うんだって? 楽しみにしてっから♪』

 

 凄く優しくて爽やかな笑顔だった。


───応援してくれた悠真くんにも、絶対に想いを届けるんだ!


 私はその輝く想いを胸いっぱいに膨らませ、ステージに立った。

 体育館の幕裏では大勢の人達の話し声が聞こえる。

 幕が上がるまでの期待と緊張は凄い。

 けど、それが私を幸せの鼓動で震わせるの。


───必ずやってみせる!


 そう思った時、ブーッという音と共にステージの幕が上がり、ステージライトが私を照らした。

 眩しい光の中で、私は緊張しながらも心を込めて歌い始めてゆく。

 みんなの前で歌うのはすごく幸せだし、最初は静かに聴いてくれる人もいた。

 しかし、途中から誰かが笑い出したの。


『ハハッ、何これ? ギャグかよ』


 誰かが発したその声が、私の耳と胸を黒い閃光のように貫いた。


───えっ?!


 音楽と私の歌が響く中でも、その小さな声はハッキリと聞こえてしまうから不思議だよ。

 私は一瞬声が詰まり、歌うのを止めてしまった。

 またその声を皮切りに、体育館の中にクスクスと笑い声が広がってゆく。

 それは好意的な物ではなく、私を嘲笑う歪んだ声。


『何これ、メッチャ古臭い歌じゃん!』

『さすがにこれは、時代錯誤だろー』

『お〜い、タイムリープでもしてきたのか』


 客席からナイフのように飛んでくる、無数の心無い言葉。

 それが、私の心をザクザクと斬りつけてくる。

 でも、私はそれでも歌い続けた。


───お母さんが好きな歌を、バカにされたままなんかで終われない! 何より私は⋯⋯歌が好きなんだ!


 その想いで一生懸命歌い続けても、みんなから嘲笑は止まらない。

 嘲笑う声が体育館中に響き、私の心を黒い闇で覆い尽くしてゆく。

 闇に覆われた私の心は完全に光を見失い、悲しみの涙が溢れて視界が歪んだ。


『うっ⋯ううっ⋯⋯!』


 ステージに立つ前にあった幸せな高揚感も、歌でみんなを幸せにしたい気持ちも、もう全部無い。

 完全に溶けて消えてしまった。

 私の胸に広がっているのは、ただただ悔しく悲しい気持ちだけ。

 それでも歌い続ける私を、涙で歪んだステージライトの光だけが悲しく照らしている。


 私は歌い終わるとサッと会釈をして、涙を零しながら無言で舞台裏にタタッと駆けていった。

 その背中にみんなの嘲笑う声が響いてくる。


『泣くとかマジでダサい』

『マジで時間ムダにしたわ』

『平成に帰れーw』


 しかもその後、私は悠真くんが梨沙と玲奈と話している場面を目撃してしまったの。

 私がサッと物陰に隠れたと同時に、彼らの話し声が聞こえてくる。


『玲奈、さっきの澪の歌マジでヤバくなかった?』

『だね、梨沙♪ あっ、でも悠真くんは違ったりする?』

『いや〜ダメっしょあれはw マジ古くせーし、ギャグだろあれ。ハハッ♪』


 この日、私は心がズタズタになった。

 そして、その日からだ。

 私は歌うことが怖くなったのは。

 好きだった歌を歌うと誰かに笑われる気がして、私は歌えなくなってしまったの。


───歌は好き。私のすべてだったから。でも、もう歌わない。二度と⋯⋯


────

 ────

  ─────


 ここまでの話を、耕助さんは何も言わずに聞いてくれた。

 そして全てを聞いた今も、私に何も言わない。

 黙ったまま、ただ私を優しく見つめている。


 私は何故だか涙が出てきちゃった。

 悲しいからじゃない。

 耕助さんに見つめられていると、不思議とあの日の怖さが薄れていく気がするから。

 厳しそうでいて、どこか優しい目。

 悠真くん達とは全然違う。

 その目が「大丈夫だ」と言っているようで、胸の奥が少し温かくなる。


 「……私、歌っていいのかな」


 私がそう問いかけると、耕助さんは優しく微笑んだ。


「歌ってくれ。俺は聴きたいんだ。澪、お前の歌を」

「耕助さん……」


 私は耕助さんを真っ直ぐ見つめたまま、コクンと小さく頷いた。

 その瞳が”嘘じゃない”と語りかけてくれてる気がしたから。

 何よりこの瞬間、私はどうしても歌わなきゃいけない気がしたの。


「分かりました。私、歌います……!」

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