第5話 えっ、ダンスをするのですか?!

あれから6年の歳月が経ちましたが、王子は変わらず同じ頻度でカフェを訪れます。


最初の頃、王子の訪問に騒いでいた街の人達も、今では慣れたもので誰も気に留めていません。


少年だった王子は、今や青年に成長して随分と男らしくなりました。そうですね、イケメンです。さすが王族。DNAが、しっかり仕事をした結果、大変見目が麗しいです。


え、私ですか? 私も年を取りましたよ。21歳になりました。この国では結婚適齢期の後半に入ります。そうです、後が差し迫っているのです。私は、これでもカフェの看板娘ですからね。王子が訪れるようになる前は、男性から声を掛けられる事もあったのですけど。最近は全くありません。年ですか、年の所為ですか?


まぁ、結婚なんてしなくても別に良いんですけどね。そう思えるのは、前世の記憶のおかげですね。結婚だけが幸せではないのです。とはいえ……私だって好きな人とラブラブしてみたい! イチャイチャしてみたい!


ここは、王子に貸した“借り”を使って相手を見つけてもらうべきですか? いえ、王子に平民の仲を取り持てる訳がないですね。平民の人脈なんて持っていないでしょう。それに、この“借り”は店長や女将さんに何かあった時に使うと決めていますから。


あ、王子が来ました。


私は、いつもの様に窓際の一番良い席に案内します。そして紅茶とマドレーヌを毒見してもらってテーブルまで運ぶと、王子の正面の席に座りました。そうです、お茶を共にしているのです。


いつだったか王子が「一緒にお茶がしたい!」と我儘を言い出しまして、「恐れ多いです」とお断りしたのですが、眉を下げた王子は引き下がってくれず―――


「マナーが違いますので、不快な思いをされるかもしれません」

「なんだ、そんなことか。僕は構わない。もし気になると言うのなら、僕の真似をすればいい!」


王子は言い出したら聞かない所があるようで、私は根負けしました。それ以来、王子の正面が私の席です。


「ねぇ、アニータ。ダンスの練習をしない?」

「ダンスですか?」

「うん、僕はアニータと踊りたいんだ」


この王子は、また突拍子もない事を。


「王子様と踊るなんて恐れ多い事です。それに私はダンスなんて出来ません」

「僕は君と踊りたい。だから練習しよう? ね、アニータ」


王子は眉を下げて微笑んでいます。っ、何ですか、この表情は! けしからん、大変けしからん! イケメンになった王子は、ご自分の顔面の攻撃力をちゃんと把握すべきだと思います!


私は、お茶の時と同様に負けました。


「わ、分かりました」

「ありがとう、アニータ」


嬉しそうに笑う王子。昔の少しやんちゃな少年は、少し落ち着いた美青年に成長しましたが、それは口調と外見だけなのかもしれません。やはり中身は変わらず、言い出したら聞かないようです。


「それで練習とは、どのようにしたらいいのですか?」

「あぁ、僕が教えるよ」

「えっ、王子様が?!」


王子自ら教えると? え、それって大丈夫なんですか?

ハインリヒを見ると、コクリと頷きます。あ、大丈夫なんですね。本当ですね? 後になって不敬だとか言わないですよね?!


不安になりながら周りを見ると、既にテーブルや椅子は部屋の隅に移動していて、踊れるスペースが出来ていました。いつの間に!


立ち上がった王子に促されて、私も立ちます。正面にいる王子は、初めて出会った頃よりも身長が伸びました。今では私より15cmぐらい高いです。そういえば、恋人との理想の身長差は15cmって言われていますね。んん! 私ってば何を考えているんですか!


思わず不自然に咳払いをしてしまいましたが、王子は気にすることなく私の腰に手を当てます。近い、近い、近いです! 今まで、こんなに接近した事はありません!


ありがちな表現ではありますが、王子の睫毛めちゃくちゃ長いです。それに肌も陶器のように滑らかでキメが細かいです。それにそれに、とっても良い香りもします。


顔面国宝を眼前にして、平常心でいられる人間は果たしているでしょうか? もう私の心臓は早鐘のようで、顔に熱が集まっているのが分かります。これは一体、何の刑なんですか?!


「僕に合わせてくれたらいいからね」


優しく言うと、王子は動き出しました。私は王子の足を踏まないように凝視しつつ、自分の足を動かします。幸いな事に、私の運動神経は悪くないのです。これなら、何とかなりそうですよ。


「上手いよ、アニータ」


王子は褒めてくれますが、私はそれどころではありません。王子の足を攻撃しない様に緊張感でいっぱいなのに、密着した身体から王子の体温が伝わってきます。それだけで、もう私の思考は吹っ飛んでしまいました。目が回りそうです。


それから、どのぐらいの時間が経ったでしょうか。辺りが夕日に染まり、窓から王子の瞳の色と同じオレンジの光が差し込む頃、やっと私は解放されました。ゆったりとした動きだった所為か、息は切れていません。体力よりは神経を使いました。もう気力はゼロです。


「アニータは凄いね。初めてなのに、とても上手だったよ」

「あ、ありがとうございます」

「それでは、今のを覚えておいてね。また次に来た時、練習しよう」


ニッコリと微笑む王子に、私はガバッと顔を上げました。

え、これで終わりではないんですか?! まだ、やるんですか?!

戸惑う私を置いて、王子は楽し気に帰っていきました。え、本当に、また踊るんです?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る