第4話 カエルと共に再び来訪!

こうして嵐は去った……はずだったんですけどねぇ。


一週間後、また王子がカフェを訪ねてきました。今度は予め知らせがあったので、王子が来る時間を貸切にする事が出来たのが唯一の救いです。


「やぁ、アニータ。元気だったか?」

「はい。あの、今日はどのようなご用件で?」

「あぁ、あのマドレーヌが食べたくてな」

「そうでしたか」


王子に紅茶とマドレーヌを出します。はい、そうです。先に毒見をお願いして、私が運びました。そうそう、毒見をしたのは王子の傍に仕えていた、この間と同じ男性です。ハインリヒと言うそうですよ。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。やっぱり、この菓子は美味しいな!」

「ありがとうございます」


王子は変わらず、躊躇う事なく口に運びます。毒を盛られる可能性を考えていないんですかね? それとも毒見が済んでいると知っているのですか?


「そうだ。今日は君に見せたいものがあるんだ!」

「見せたいものですか?」

「これだ!」


王子は勢いよくカゴを取り出しました。中にはパラシュートフロッグがいます。あぁ、パラシュートフロッグは水かきが発達していて、ジャンプした際に広げることで滑空時間を長く出来るカエルです。カエルらしい見た目と瞳で、まぁ可愛らしい部類に入りますね。けれどカエルはカエルです。別に私は好まないのですが。王子は何故、これを私に見せたかったんですか?


「パラシュートフロッグだ!」

「そうですね」

「可愛いだろう!」

「そうですね」


えっと、これは何の時間ですか?

私が視線を送ると、ハインリヒは苦笑いを浮かべていました。あ、これは王子の趣味で、それに付き合えと。なるほど?


ちなみに私の遥か後方では、女将さんが小さな悲鳴を上げていました。そうそう、女将さんは爬虫類が苦手です。


そうして王子が一頻りカエル談義を繰り広げると、ハインリヒが「そろそろ、お時間です」と告げました。ハインリヒの催促に、王子は名残惜しそうにしています。え、まだ話足りないんですか? お喋り好きの女子ですか? もうカエルの話は充分聞きましたから、どうぞお引き取りを。王子の所為で貸切になっているのですから、あまり長居されると商売上がったりです。


王子はカエルの入ったカゴを手にすると、しぶしぶ帰っていきました。本当に何しに来たんですかね。あぁ、マドレーヌを食べに来たのでした。う~ん、それならカエルは不要だったと思うんですけどねぇ。


それからも週に一度のペースで、王子はカフェに来ました。マドレーヌを食べに。


第三王子とはいえ、自由すぎません? 暇なんですか?と思って尋ねた事があるんですけど、「第三王子だから結構、自由にさせてもらっている」と胸を張っていました。いや、それ得意になる事ですかね?


まぁ、王子が通ってくれるおかげでカフェは大繁盛ですから、私としては良いんですけどね。王子訪問による経済効果がハンパありません。王子がいる間を貸切にしても、利潤はガッポガッポです。感謝します、王子。ですがね、感謝はしますが、何故いつもカエルを持ってくるんですか? 私は別にカエルが好きではありませんよ。


「今日はアメフクラガエルを持って来たぞ。丸くて愛らしいだろう!」

「今日はクランウェルツノガエルのアルビノだ。どうだ、珍しいだろう!」

「今日はミイロヤドクガエルを持って来た。黄色と黒のコントラストがカッコイイだろう!」


王子は毎回、自慢気にカエルを披露してくれます。王子、もしかして私以外にカエルを受け入れて、話を聞いてくれる人がいないのでしょうか? それはそれで同情しますが。誰か、私にも同情してください。


あぁ、そうそう。先日はオタマジャクシでした。


「この間、卵が孵ったんだ。アニータが助けてくれた卵だぞ。だから見せに来たんだ」


報告ありがとうございます。見事に沢山孵りましたね。当然ですよね、自然界と違って人の手が入っているので、ほぼ100%の孵化率&生存率ですよ。


水の入った容器の中でオタマジャクシが、うじゃうじゃと元気に動き回っています。ぜ、全部持って来たんですか、王子。私は集合体恐怖症ではありませんが、これはちょっと……。


その後も王子はカフェに来ました。カエルを見せに。


いえ、マドレーヌを食べにです! そう思わなくては相手をしていられません! 何故に毎度毎度、飲食店に生き物を持ってくるのか。そこだけは王子の神経を疑う所です。


ある時、王子は本を手にしていました。


「アニータと身分の話をしただろう。それで、ちょっと身分制度について勉強したんだ」


おぉ、それは立派な事ですね! さすが王子! 少し見直しました! 今日はカエルは……えっ、持ってきているんですか? 何故です、それは不要です。


王子はカエルを自慢した後、その本を置いていきました。「良かったら読んでみてくれ」と一言、残して。そう言われたら、読まなくてなりませんよね? お返しする時に意見を聞かれたら、答えなくてはならないですから。


それから王子はカエルと共に、必ず本も持ってくるようになりました。最初の本の時に、感想を述べたのがいけなかったのかもしれません。置いていかれた本を返す時に感想を語り合い、また別の本を置いていく。これが繰り返されるようになりました。


私も私で律儀な性格なのか、次回までに完読して疑問点を述べるので、王子は面白かったのかもしれません。時には10冊程度持ってくる事もありました。それを一週間の内に読破するのは少し大変ではあります。ですが意外と苦にならず、新しい知識を得るというのは楽しいものでした。


それは王子が持ってくる本が、身分について書かれた物だけではなかったお陰かもしれません。貴族の習慣だったり、法律の本だったり、歴史書のこともありました。何故、そんな本を持ってくるのか分かりませんが、王子は突拍子もない所がある人ですから、考えるだけ無駄なのかもしれません。


そして気づけば、いつからか本だけで、カエルは持って来なくなりました。有難いです。本のおかげで私の知識は広がりましたし、興味のないカエルを見なくて済むようになりましたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る