転生曾孫とAI華族の未来革命(電撃大賞用)

かねぴー

ある世界線のバッドエンドルート

プロローグ1~クリミアの空と未来への翼の世界

<β世界線:2024年 クリミア上空>


耳の奥で何かが破裂した。ズン、と腹の底まで響く振動が、操縦桿を握る手から全身へと這い上がってくる。グローブ越しでも金属の冷たさが指に染みてきた。ここはクリミアの空。※1 UCAVのいない、生身の人間が戦う最後の戦場だ。


「軍神01、右から来るぞ!」


北園の声が無線から飛び出してくる。緊張してるが、どこか楽しそうだ。


「分かってる——っと、ちょっと待て」


操縦桿を右に倒そうとして、手が止まった。耳の奥で別の声が響く。少女の声だ。


『助けて』


瞼の裏に映像が浮かぶ。駅のホーム、人混みのざわめき、そして——


「軍神01、ボーッとすんな!」


「悪い、ちょっと変な声が聞こえて」


「戦闘中に何言ってんだ」


「いや、なんでもない。集中する」


頭を振って意識を戻す。※2 HMDの高度表示を確認。8000メートル。外気温マイナス40度。なのに額から汗が噴き出す。フライトスーツが背中に張り付く不快感はあるが、今はそれどころじゃない。


「おいおい、敵機6機も来てるぞ」


「見えてる。HMDにばっちり映ってる」


赤い三角マークが視界で点滅している。マッハ1.8、距離15キロ。数字がリアルタイムで変化していく。14.8、14.6、14.4——


「新型っぽくない?」


「ビビってる場合か、北園」


「ビビってねーよ! ただ確認しただけだ」


「じゃあ黙って仕事しろ」


「へいへい、分かりましたよ、エース様」


アフターバーナーのスイッチを押し込む。ガクンと背中がシートに押し付けられた。胃が逆流しそうになる。慌てて唾を飲み込んだ。


「酒が不味くなるぞ、相棒!」


「俺のせいかよ!」


「お前が撃墜されたら、誰が奢ってくれるんだ」


「自分で払え!」


トリガーに人差し指を添える。ゆっくりと引く。カチッという音と同時に、機体が小刻みに震えた。白い煙の尾を引いてミサイルが飛んでいく。敵機が散開する。


「赤い尾翼、お前の6時だ!」


北園の警告。HMDの端に赤い点。確かにいる。


「見えてる!」


でも不思議だ。敵機の動きが、まるでコマ送りみたいに見える。3秒先の位置が頭の中に描かれる。


「左に来る。信じろ」


「は? お前、エスパーにでもなったのか?」


「かもな」


操縦桿を右に倒す。機体が傾き始める。水平線が45度に傾く。予想通り、敵機が左に旋回してきた。すれ違う瞬間、敵パイロットの驚いた顔が見えた。


「マジで当たった! お前すげーな!」


「自分でも分からん。たぶん勘だ」


北園俊介——士官学校からの相棒。最初は要領の良さにイラッとしたが、今では一番信頼できる相手だ。彼の軽口なしには戦場で正気を保てない。


北園の機体が太陽を背に急上昇していく。見事な機動だ。


「今から華麗にダイブするから見ててくれよ!」


「見てる暇ないだろ」


「冷たいなぁ」


急降下の風切り音が無線越しに届く。


「雪山01、華麗に一機撃墜!」


「調子に乗るな」


「いいじゃん、たまには俺も活躍させてくれよ」


***


僚機からの通信が割り込んでくる。


「敵編隊、なんか動きが変だ!」


「電子戦機がいないのにジャミング受けてる!」


右側の視界が真っ白に染まった。閃光。次の瞬間、オレンジ色の火球が空間に広がる。


「佐世保04、被弾!」


黒煙を吐きながら機体が落ちていく。コックピットから脱出シートが飛び出す。白いパラシュートが開く。よかった、間に合った。


「各機、レーダー攪乱開始!」


その瞬間、暗号化された特別回線が開いた。


「軍神01、※3量子レーダーを最大出力で」


一条院美樹。電子戦士官で、俺の婚約者。いつもの落ち着いた声だが、語尾がわずかに震えている。


「了解、魔眼起動」


「気をつけて」


小さな声。でもしっかり聞こえた。


「心配すんな、美樹さん」


「……うん」


量子レーダーが起動する。HMDに青いホログラムが重なって表示される。敵機の輪郭が青い光で縁取られる。装甲の厚さ、エンジンの熱分布、武装の配置。全部が丸見えだ。


「すげー、敵が丸見えだ!」


北園が興奮した声を上げる。


「だろ? これが最新技術ってやつだ」


「まるでチートだな」


「チートじゃない、技術だ」


深呼吸。敵リーダー機を十字線の中心に入れる。予測軌道が青い線で表示される。3秒後の位置に向けて——引く。


発射。1秒、2秒、3秒——オレンジ色の爆炎が空に咲いた。


「やったぜ!」


「確認中——撃墜確認!」


HMDの端に小さな文字が浮かぶ。『死なないでね』美樹からのプライベートメッセージ。軍規違反のリスクを冒してまで。胸の奥が熱くなる。守らなきゃいけない人がいる。それは戦う理由として十分だ。


「なに笑ってんだ、軍神01」


「別に。笑ってない」


「嘘つけ、声に出てるぞ」


「……残敵を片付けるぞ」


「お、珍しくやる気じゃん」


操縦桿を倒す。旋回が始まる。9Gがかかる。体が重い。耐Gスーツが作動して、血液を強制的に上半身に押し戻す。苦しいが、もう慣れた。


量子レーダーが次の標的を捉える。敵機の3秒先の位置が見える。いや、分かる。確信に近い何か。これが新時代の戦い方なんだろう。


「なんか今日の俺、冴えてるな」


「調子に乗るなよ」


雲の中に突入する。視界が真っ白になる。水滴がキャノピーを叩く。そして——突き抜けた。青い空が広がる。真下に敵機。ロックオン。トリガーを引く。また一機。オレンジの火球が生まれる。


「さすがエース様!」


「うるさい、集中しろ」


でも北園の軽口が心地いい。死と隣り合わせの空で、こうやって笑い合える。それが俺たちの絆だ。


***


空母への帰路。V字編隊を組んで飛行中。戦闘の興奮が冷めていく。アドレナリンが分解されて、代わりに疲労感が押し寄せる。全身が鉛のように重い。


「軍神01、今日で何機撃墜した?」


「4機だ」


「通算だと?」


「12機かな」


「おお、ダブルエースじゃん! 21世紀最初の記録だぞ」


「そんな大したことじゃない」


「謙遜すんなよ。今夜は祝杯だな! 俺の奢りで——」


「え、マジで?」


「——と言いたいところだが、お前の奢りで」


「なんでだよ!」


ダブルエース——10機以上撃墜したパイロットの称号。名誉なことだ。でも胸の奥がざわめく。この戦いの先に、もっと重要な何かが待っている気がする。


また、あの声が聞こえた。『助けて』という少女の声。どこかで聞いた覚えがある。でも思い出せない。もどかしい。


***


帰投後、格納庫に入る。エンジンを切って、コックピットのハッチを開ける。外の空気が流れ込んでくる。機械油と燃料の匂い。嫌いじゃない。生きて帰った証だから。


「お疲れ様でした、中尉」


ベテラン整備士が敬礼する。


「ああ、機体の点検、頼む」


「了解です。何か異常は?」


「右旋回時に少し重かった気がする」


「確認します」


梯子を降りる。地面に足をつけた瞬間、安堵感が全身を包む。機体を見上げる。弾痕が3つ。かすり傷程度。でも、もう少しずれていたら——生きて帰れた。それで十分だ。


デブリーフィング室へ向かう。廊下を歩きながら、コーヒーの匂いが漂ってきた。インスタントの焦げ臭い匂い。でも今は、それすら愛おしい。


「新型機の性能について報告を」


上官が書類から目を上げずに言う。


「従来機を凌駕する機動性でした。6機が完全にシンクロしていました」


「量子レーダーは?」


「効果的でした。ステルス性能を完全に無効化できました」


「そうか。詳細は報告書に」


「了解です」


会議が終わり、廊下に出ると若い伝令が走ってきた。


「中尉! お嬢様からです」


一条院家の紋章入りの白い封筒。金色の封蝋が光を反射している。


「ありがとう」


封筒はまだ温かい。美樹さんはいつも手紙を選ぶ。メールじゃなくて、手紙。それが彼女らしい。


自室に戻る。ベッドに腰を下ろすとスプリングが軋んだ。封筒を開ける。薄いピンク色の便箋から、ほのかに桜の香りがする。


『今日も無事で良かった。モニターで見ていて、心臓が止まりそうでした。週末、時間があったら会えませんか? 新しいカフェを見つけたんです。あなたの好きなチョコレートケーキもあるみたい』


シンプルな内容。でも行間から彼女の気持ちが伝わってくる。心配、安堵、そして愛情。


ベッドに横になる。天井を見上げると、夕日がオレンジ色の模様を作っている。疲れているはずなのに、なぜか眠れない。


目を閉じると、また映像が浮かぶ。駅のホーム。女子中学生が線路に向かって落ちていく。紺色の制服が翻る。俺は迷わず飛び込んだ。彼女を抱きかかえて——そして列車が——


これは夢? それとも記憶? 手のひらに、彼女の制服の感触が残っている。体温も覚えている。震えていた彼女の、小さな体。


うとうとしていると、誰かが囁く。


「まだ終わらないよ」


「君が始めた物語は、まだ続いてる」


「今度は、君が救われる番」


若い女の声。懐かしい声。でも顔が思い出せない。大切な人だったはずなのに。


ただ一つ確かなこと——俺は、この世界の人間じゃない気がする。華族制度が残り、立憲君主制が続く世界。量子コンピュータは実用化されたけど、UCAVは存在しない。ここは、俺の知っている世界とは違う。


なぜ俺はここにいる? なぜあの少女の声が聞こえる? 答えはまだ分からない。でも、いつか分かる時が来る。その予感だけが、静かに胸の中で脈打っていた。


窓の外を見る。夕焼け空を戦闘機が飛んでいく。銀色の機体がオレンジ色に染まっている。明日も飛ぶ。北園と一緒に。美樹さんが待ってる空を。そして、まだ見ぬ誰かを救うために。


それが俺の使命なんだろう。きっと、もうすぐ本当の使命が明らかになる。その時まで、俺は空を飛び続ける。


***


### 脚注

※1 UCAV(Unmanned Combat Aerial Vehicle):無人戦闘機。遠隔操作や自律制御で戦闘任務を遂行

※2 HMD(ヘッドマウントディスプレイ):パイロットのヘルメットに装着される情報表示装置

※3 量子レーダー:量子もつれを利用してステルス機も探知可能な次世代レーダーシステム

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