第22話
「やっぱりかー」
私用の田んぼに植えた種は、発芽しなかったり、発芽してもすぐ弱ったり。そして今日、とうとう最後の生き残りもまともに成長しないままダメになっちゃった。
「むずーい……」
もちろん、毎日ろ過魔法は使った。出来る限りのことはしたつもり。正直何がどう駄目だったのかすら分からないけど、反省点はある。
二種類の種を、一緒に試しちゃったことだ。それぞれの種類の性質も碌に分かってない上で調節が必要で……となるともう上手くいくはずがなかった。
どっちかが上手く行けば良いかなーって思って試していたんだけど、逆効果だったね。一種類ずつ本気で取り組む必要がある。
練習のために本当は全然いらない種もしっかり確保するようにしたので、早速植え直し。
今回植えたのはレタスっぽい葉を食べるタイプの植物だ。固いし苦いしなんかネチョっとしたガムみたいで美味しくはなかったけど、一番丈夫そうな植物。これを使って練習だ。
仮に慣れてきて種類を増やすことになっても、ミルスみたいに同じ田んぼなんて考えずに田んぼ自体を増やす方向が良い気がする。となると田んぼの大きさや形自体も考えて置かなきゃかな。こうして実験的に始めてて良かった。本格的に用意してたら埋めて掘り直さなきゃいけなくなってた。
種を一種類ずつ植えた普通の畑の方も、一つの植物が暴走とまではいかなくても暴れる感じになって台無しになっちゃった。でもその植物さえ無ければ上手く行きそうなものがあったから、それを植え直すことにした。小粒のグミみたいな、ブドウみたいな甘いやつ。
ただこれは種があんまりとれなかったやつで、今回失敗して種も無かったらそれで終わり。
種も少ないし空きスペースはかなりあるけど、また変な育ち方をされて荒らされちゃったら困るから今回は自重して他の種は植えないでおいた。多分田んぼの方に集中しちゃうし。
ラナの方は、未だに何にも持って来てない。ユフィ曰く樹木ってことだから、楽しみにしてるんだけど全然だ。ユフィに連れられ森に行くようになってからそこそこ経つし、そろそろ何か持ってくるようになっても良いと思うんだけどなー。
◇
――ことの起こりに、分かりやすい前兆があったりはしない。
突然引きおこるからこそ理不尽なのであり、だからこそ犠牲者が出る。もっとも、対策を講じていないなんてことも、当然ない。避けられないはずの最初の犠牲者すら発生させないために、様々な手段をとっている。
長く安全を保ち続けていたとしても、油断をしていたりはしない。この世界における、最低限の心構えだ。
『ユグカプローコ』
通称ユグロコ。この町の名は、かつてこの地に住んでいたモンスターに由来する名。
そしてこの町の安全性は、そのモンスターによる恩恵とも言える。
圧倒的な力。それによる暴虐、支配。
エルフとミルスがそれぞれ強大な勢力だとしても、このモンスターは個でもって一つの勢力だった。
それを冒険者が打倒した。
長くその地を支配し続けた者を討伐した存在。事情を知らない周りからすると、恐れるべき存在が代替わりしただけであり、特に影響をもたらすことはない。禁足地の範囲は今まで通り変わらないし、余計な刺激をするべきではない。モンスターたちは、そう考えていた。
この認識により、長く安全が保たれていたのだ。
「冒険者さんたちが前来たのって、いつだっけ」
「ミャー」
脅威がなければ、続かなければ。恐れていた側も代替わりを経て、認識が薄れる。
その日、ふもとの町から非常警報が鳴り響いた。
◇
自慢じゃないけど、私は耳が良い。ミルスの声を理解しようと頑張った成果。
だから、町の警報もすぐに気付いた。
私は町に所属していない判定になっていたりするから、本当は知らされる義理もない。その中途半端な立ち位置による恩恵を受けていた自覚もあるから、文句はない。早い話、私は税金を払っていないのだ。
それなのに、湿った地面を捲りあげながらすごい速さで即座に駆けつけてくれた。可愛い耳と尻尾の持ち主。
「リコっち、警報が鳴った!私たちは逃げるからね!!来るなら五分以内、じゃ!」
「分かった!ありがとう!」
周囲のミルスは、アイリスちゃんを睨みつけている。いつもは大人しい子たちも、殺気立っている。アイリスちゃんと面識があり、しかもミルス社会に疎いラナは困惑しきり。
こんな中に来てくれたアイリスちゃんには本当に感謝だ。
アイリスちゃんの立場は、とっても難しい。
人が魂を売って形を変え悪魔になったら、人はその人を悪魔としか認識しない。それと同じこと。
かつて私はイルちゃんにそう説得された。アイリスちゃんは、ミルスにとって裏切り者でしかない。そんな寂しいことを教わった。
「ミャミャ?」
アイリスちゃんのことを考えている場合じゃない。どうするのか。町の人たちは、既に逃げ始めている。
この世界において、町や村と言うのはモンスターによる襲撃で容易に破壊される。そうならないように守りを固めている場所ももちろんあるけど、全部がそうじゃない。この町も、人間にとって特別重要な拠点というわけじゃないし守りは固くない。
だから多くの場合は今回のように、とにかく逃げるのだ。
逃げた後の町がどうなるかは、その時次第。復興されることもあれば、そのまま放棄されることもある。小さな村なんかは、放棄してより安全な場所に立て直すのが当たり前みたい。こうした理由があるからこそ、継続的な農業は難しく私の農園が重用される面もある。
ユグロコのような町を守ったり、取り返したりするのは冒険者の気分次第になる。
襲い来る敵の強さや能力が分かるはずもなく、多少腕に自信があったところで戦う選択肢を選ぶことは難しい。確率もリスクもリターンも碌に分からないまま、命を賭けるわけにはいかないからだ。
多くの犠牲を出しながらモンスターを討伐したのに、村が毒塗れで結局意味がなかったという悲劇を聞いたことがある。
町を守るために手を尽くしたのに、実は内部には別のモンスターが地中から入り込んで外側で戦ってた人だけ残ったなんてことも聞いた。
アイリスちゃんとミサキさんもそこそこ戦えると聞いたことがあるけど、やっぱり逃げるしかないみたい。
必要な情報を集め、或いは何も気にせず、戦ってくれるのが冒険者。冒険者じゃない一般人は、逃げるだけだ。
「森からかな」
「ミミャ。ミミャーミャ」
町から西へ行くと異界のゲート発生地があるから、そこからかもしれない。森からならミルスは簡単に追い払える可能性があるかなって思ったけど、知らない相手だとすぐにどうこうできるか厳しいみたい。
私がとれる選択肢は三つ。町の人と逃げるか、森へ逃げるか、留まるか。
「ユフィが決めて」
もちろん、私はこの農園が好きだ。留まりたい。というか守りたい。
でも私にはそれを決める資格がない。何かあったとしても、私は戦力にならずユフィに守られることになる。農園を守るにしたって、私自身はいない方が良いかもしれないのだ。
ユフィは何も言わずに傍を離れる。ラナはどうすれば良いのか分からず私の周りをグルグル周ってる。と、次の瞬間――
――ピィイイイイイイ!!!
とんでもない、鼓膜が破れそうなほどのけたたましい鳴き声が響いた。
耳を塞ぎしゃがみ込んだ私は、立てるようになるまでちょっとかかった。耳がジンジンする。
鳴き声を発したのはモモだ。誰かを呼び出す時は大抵モモが声を上げてるから、そういう係なのかもしれない。よく通りそうな声だし。
ただ、今回の声は何の声なのか分からなかった。言葉じゃなくて、単に鳴き声みたい。
ユフィがモモとトロピ、カボグラを連れて戻って来たので、何だったのか聞いてみたけど「すぐに分かる……かも?」なんて言ったので、黙って待つことにする。と思った途端、気配を察した。すぐに腕の位置を目の目へ持って来て、突風や衝撃を傘魔法で防いだ。
「ひぃー!」
「ミャミャ」
ユフィから謝罪される。予想できたことだけど、失念していたらしい。
土埃が落ち着いたので目を開けてみると、ユフィの魔法の手が私の傘魔法の前にあって、私が何もしなくても平気なように守ってくれていた。
そしてユフィの後ろには、六人のミルスが集まっていた。
声を発したモモと近くにいたであろうトロピ、カボグラ。ちょこちょこ顔を出し丸太ネギも植えてくれた、ユフィよりもさらに一回り大きく白い狼みたいなミルス。農園を作った直後に一回だけ来てくれたことのある、象ほどの大きさでトゲトゲの鱗を持つアルマジロみたいな灰色のミルス。
最後は見たことのない、ユフィと同じくらいの大きさでフサフサの毛を持つ黒いミルス。毛の質は違うし模様も違うけど、ノクルのお兄さんかお父さんという印象を受ける。
「ノァアー」
「あ、ありがとうございます……」
黒いミルスにこちらを見ながら、低く響く声で「来てやったぞ」と言われ、どういう状況か分かってないけど思わずお礼を言う。
「ミャ、ミャミミャーミャミャ」
「ええと……分かった」
ユフィに言われ、近くに来ていたラナとノクルと一緒に家に入り、戸締りをする。鍵を掛けるのなんて初めてのことだ。気になって窓から外の様子を見る。声は聞こえないけど、集まった六人以外のミルスもユフィの傍を行き来している。
「何を話してるか分かるの?」
「ナー」
頷いたノクルは、教えてくれた。詳しく聞くことのなかったユフィの役割や、今やっていることを。
ユフィはもともと、ミルスに四つある戦闘部隊のリーダーの一人だった。仕事はこの地にいたモンスターの監視と牽制。
だけど、件のモンスターはユフィの代で討伐されてしまった。しかも部隊は引き続き南西の防衛ということになる予定だったみたいだけど、ユフィは人間との交流を計った。結果、部隊は解散ということになり隊員は思い思いの場所へ散って行った。
今、何らかの脅威が発生したために再び部隊を集めてくれているのだ。しかも、それは私の農園を守るため。一度解散したからには集める権限も何もなく、ユフィが勝手に行い、周りの好意に頼っている。ともすれば馬鹿にされてもおかしくない行為。
そこまでのことを、してくれている。
戦闘を行わず南西の平和を保つユフィは多くのミルスから英雄視されているけど、中には反発する者もいる。
ノクルは「結果的に平和は守られているし、時間が経って結構マシにはなってきたのよ。タダ飯も悪くないしね」と説明してくれたけど、実は反発派に属していたみたい。というかあの黒いミルスが反発派の上司だったみたいで、南西の様子を見るのがノクルの仕事だったと。
後から思ったことだけど、仕事ついでに人間にじゃんじゃか貢がせていた上に、ラナに恋しちゃって仕事を放棄したノクルは中々の図太さだと笑っちゃった。
結構上手くやり過ごしていたけど結局発覚して、ノクルはこっ酷く叱られユフィが雑用として引き取り庇護下に置かれる形で収まりを付けたということみたい。
もともとミルスには明確な仕事や役職がほとんど無いからこそ、自身の責任を果たさなければいけないし、役割を与えられたらしっかりと守らなければいけない。
ノクルは思っていた以上にやんちゃだったんだなぁと思う。何だかんだラナとは似た者同士かもしれない。
でもそうした流れの中で人間に対しての警戒が緩み、ユフィの信用を取り戻したという側面もあったみたいで、こうしてノクルの元上司も来てくれた。良いようにミルスに貢がされてた人たちのおかげでもある。何がどう繋がるか、分からないものだ。
家に篭ってろと言われた以上、下手なことはできない。窓から見える範囲にも限りがある。どのタイミングで何が起こるのか、何も分からない。
外が気になりはするけど、何も出来ずもどかしい。ラナもずっとそわそわしてる。ご飯を用意した方が良いのか、出来ることはないかとノクルにアドバイスを求めても、ノクルは「言われたらやればいい」とだけ。そもそもあまり心配してないみたい。ユフィや元上司を信用しているということでもなく「なるようになる」と雑な感じ。
最悪、王様がいる森に逃げれば何とでもなるという安心感だと思う。
まあ、その通りではある。
この農園が大切なのは私だ。ユフィもそう思ってくれているかもしれないけど、それでも二人だけ。この地が放棄され人間との関りも断たれることになったとしても、ミルスにとって大きな損害にはならない。いつ無くなってもあまり関係ない場所。
ラナにとってだって大事ではあるだろうけど、話している感じはどちらかというと私とユフィが大事だからという間接的な理由だ。
町の人たちだって住処を捨てて逃げ出している。
安全を確保するのが一番大事で、私たちは町の人より確実な逃げ場を持っている。ノクルが一番正しい反応なのかもしれない。
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