第3話

父の葬儀を済ませ、初七日が過ぎる頃、美寿々は思った。

お父さん、喧嘩だけは負けない人じゃなかったの?まだ、東電と喧嘩してないよ。喧嘩しないうちに自分だけ逃げてずるいよ。

 母は、父に死なれたショックから、少し恍惚としていた。救急車の呼び方がわからなかったので、美寿々は母のことも気になっていた。母は父を診てくれていた精神科医に通うことになり、しばらくして、その医者から、初期の認知症であることを告げられた。

「お父様を亡くされたショックも大きいです。その時に、今まで少し無理をして我慢して来たものが、たがが外れたように洪水のように、お母様の心の中に押し寄せて、一気に爆発したのでしょう。お母様は、明るい方ですが、内に秘めていらした悲しみや不安は、とてつもなく大きかったのだと思います。」

 ストレスが主因の認知症のようだ、ということだった。

「お母様のご病気も、難しいケースではありますが、原発事故に起因しているので、東京電力に訴訟を持ちかけられるのであれば、協力させていただきます。」

 医師はそう付け加えた。美寿々は、わずかに頷いたが、流石に母の認知症まで訴える気にはならなかった。


 その頃、新聞やテレビのニュースでは、脱原発というフレーズをよく耳にするようになった。フクシマから学べ、と脱原発に賛同する人々は口をそろえた。

 一方で、政府自民党は、再稼働の必要性を強く説き、避難経路もままならない休止中の原発の再稼働を、地域の住民の安全を省みることなく、小手先で法律を変えて、裁判で次々に勝訴し、再稼働に踏み切っていく動きが多く見られた。美寿々は強い憤りを感じた。この政府は福島原発事故から何も学んでいない。学ぼうともしない。なんと愚かなことか。

 ドイツのメルケル首相が来日したときに、安倍総理に脱原発を呼びかけたと言う。ドイツはフクシマの悲惨さを見て、そこから学び、脱原発にシフトを切ったのだった。自国で出た核のゴミは、自国の土地の地下五百メートルの深さまでトンネルを掘り、コンクリート詰めにして処理していた。それにかかる苦労も、膨大な金額も経験しているメルケル首相の日本への脱原発への勧めは、親切心からのものだった。再生エネルギーでゆこうと誘ったつもりだったのだろう。

 しかし、安倍総理は、そんなメルケル首相の親切心を鼻で笑って、耳を傾けようとしなかった。安倍総理は、国産の原子力発電施設の輸出を、政府主導のビジネスとして旗を振っており、国内の主要メーカーに呼びかけて、原発を作り、海外に売るように指示していた。そして。もちろん、国内の主要なエネルギー源として、原発はなくてはならないものだったのだ。

 この安倍総理の態度に美寿々は違和感を覚えた。フクシマで悲惨な思いをした原発を、どうして外国に売ろうとするのだろう。世界中に安倍総理こそが脱原発を勧める第一人者となっても良いはずなのに。そして、同じように、唯一の原子爆弾による被爆国である日本は、核禁止条約に賛成票を投じなくて、世界の国々から失望されていたのだった。フクシマのメッセージも生かせるチャンスだったのに。

 小泉元首相は、その頃、脱原発を訴えるようになった。もともとは原発推進派だった小泉氏だが、福島原発事故の教訓を生かし、脱原発こそが将来の子供たちのために、今の大人たちのするべきことだ、と訴えていた。小泉氏の言うとおりだと美寿々は思った。

 どうして日本人は懲りないんだろう。私たち福島県民の思いと、日本政府の方策とには、大きな乖離がある。美寿々は悲しかった。父の無念を思うと、今の自分には何もできないことが悔しかった。


 母の認知症は、日に日に症状が著しいものになっていった。今では、せっかくできた友達に会うこともなく、一日中マンションに引きこもっていた。そして、物忘れも激しくなり、朝食を食べたすぐ後に、また同じようにもう一度食事をしたり、掃除もあまりできなくなり、買い物も億劫で出かけなくなっていった。

 そして、ある時、失禁してしまい、本人も精神的に参ってしまった。美寿々は勤めを辞めるわけにもいかず、母を昼間、一人で家に置いていくのが不安になってきた。介護の入所施設を探すことにした。精神科医も施設への入所を勧めた。

 マンションから車で二十分ほどの距離にある、グループホームに空きが見つかった。美寿々は早速入所の手続きを取った。

 母はグループホームに入所した、原発事故から五年が経っていた。


 原発事故は、福島県の美味しい米、牛肉、桃、野菜。魚介、キノコその他、主要な農作物をことごとく風評被害で痛めつけた。実際に放射能の数値は高く、美寿々たち福島県民も、県外で作られた農作物、採れた魚介などを買い求めていたし、県内の農家や漁師は転業する者も多くいた。東電や国からの補償は、十分とは言えなかった。

「あの事故さえなければ。両親も今頃幸せに牛を育てていただろうに。」

美寿々は重苦しい思いに苛まされていた。原発の再稼働を推進する自民党って一体なんだろうか。福島県民の思いを踏みにじってはいないか。

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