息子が断罪劇の真っ最中なんだけど、これからどうすればいい?

藍田ひびき

息子が断罪劇の真っ最中なんだけど、これからどうすればいい?

「ヴィオラ!お前のジェシカに対する悪行の数々、もはや看過できない。お前との婚約は破棄させてもらう!そして、俺は新たにジェシカと婚約する」


 貴族学院の大講堂に響きわたる大声の主は、この国の王太子クリフォードだ。傍らにはピンクブロンドな髪の女生徒を伴っている。


 あー、卒業パーティの断罪ね。

 悪役令嬢ものってやつ?


 よくあるよくある。


 そんで断罪劇を眺める転生者、すなわち俺。

 これもよくある。


 ただし――俺があそこでアホなことを叫んでいるバカ王子の父親、つまり国王であることを除けば。


 息子のあまりの愚行に、一瞬頭が真っ白になって。

 俺は突然、転生者であることを思い出した。ちなみに前世はただの会社員。なんか特殊技能とか、そういうものは別にない。


 でもさあ。普通、断罪王子の弟とか隣国の王子とかモブ令息とかに転生するのがセオリーじゃない?そんで悪役令嬢を華麗に助けてラブラブするの。

 いや俺、乙女ゲームとか詳しくないけど。異世界ものアニメは結構観てるからね、オタクの嗜みとして。


 

「悪行と仰いますが、私は全く身に覚えがありません」と、毅然とした態度で応えるヴィオラ嬢。

 表情は強張っているけれど、彼女の凛とした美しさは少しも変わらない。


 息子よ。

 彼女のどこが不満だったんだ?


 ヴィオラ・グランヴィル侯爵令嬢は身分良し頭良し器量良しで文句のない淑女。さらに楚々とした佇まいでありながら、出るとこは出てる。

 見た目清楚なのにボンキュッボン。ソレ=ナンテ=エ=ロゲ。


 ジェシカとかいう娘も可愛らしい容姿はしているが、細すぎる。どう見てもAカップじゃん。

 俺なら迷わずヴィオラたんを選ぶね。

 


「貴方」


 隣に立つ王妃から声を掛けられ、俺はあわてて我に返った。

 

 (どうなさいますの、アレ)

 (んー。流石に王太子のままってわけにもいかないね。処す?処す?)

 (お任せしますわ)


 なんてことを目で会話する。

 とりあえず、ここは国王としてその場を収めないとなあ。はあ、面倒だ。バカ息子のせいで。


 

「え、普通に嫌ですけど!」


 と、ここでピンクブロンドヒロインことジェシカ嬢が叫んだ。彼女はじりじりと後ずさり、クリフォードから距離を取ろうとしている。


「ジェシカ?遠慮しなくていいんだぞ。ヴィオラとの婚約を破棄したのだから、もう俺たちの間を阻むものはない」

「ヴィオラ様に虐められたことなんか、ありません!むしろ私に嫌がらせをしていた令嬢から庇って下さいました。何度もそう話したじゃないですかっ」

「そうか、ヴィオラが怖くて本当のことが言えないんだな。安心しろ。侯爵令嬢といえど、俺の婚約者となったお前に手は出せない。そうだ!ヴィオラは国外追放の刑にしよう」


 おめーにそんな権限ねぇから。

 ていうか振られてんじゃん。かっこわる。


「だから違うってばー!!」「ばー!」「ばー!」

 

 ジェシカ嬢の叫びが講堂中に木霊こだました。



 ◇ ◇ ◇

 

 「このバカ息子がっ!!」

 

 収拾がつかなくなったので、俺は衛兵に命じてクリフォードと令嬢二人を退出させた。息子はまだ真実の愛ガ―とか叫んでたけど。

 王宮へ連れ帰って雷を落としたものの、クリフォードは不満げな顔をしている。こやつ、全然事態を理解してないな。


「お前は政略結婚というものを理解しておらんのか?」

「ジェシカに嫌がらせをするような女を、国母にするわけにはいかないでしょう。それに比べてジェシカは明るくて優しくて、いつだって俺を癒してくれる。俺たちは真実の愛で結ばれているのです」

「ジェシカ嬢は嫌がっているようだが」

「それは王太子たる俺の求婚に対して、恐れ多くて遠慮しているのでしょう。彼女は慎ましい性格ですから」

 

 うちの子、こんなに話の通じない奴だったかな。物語の強制力だとしても、ポンコツ化が激し過ぎない?

 

「もういい。お前は廃嫡とし、アレックスを王太子とする」

 

 アレックスは俺の二人目の息子、つまりクリフォードの弟ね。

 

「そ、そんな!おかしいでしょう。父上の第一子である俺が、次の国王となってしかるべきで」

「黙れ。お前の愚行のせいで、どれだけ王家が被害を受けたと思っておる。お前のような奴を国王にしたら、国内中の貴族が離反するわ」


 貴族学院の生徒やその父兄の前であれだけの醜態を晒したんだ。王家は当然批判に晒される。息子がこんな風に育ってしまったのは親の責任だが、今はクリフォードに全ての罪を被らせるしかない。

 親としては少々忍びないが、王家を守るためだ。



「二人とも、愚息のせいで迷惑を掛けた。特にヴィオラにはあのような場で恥をかかせてしまったこと、何と詫びればよいか」

「陛下、ご尊顔をお上げください。そのようなお言葉は勿体のうございます」

「えっ、あっ、私は気にしておりませんので」


 頭を下げた俺に慌てるヴィオラとジェシカ。

 うんうん。ヴィオラたんの回答は百点満点だね。出来た娘だよ、ホントに。


 いてっ。

 妻が俺の腕をつねった。イヤらしい視線投げてたのがバレてたようだ。

 

 ちなみに妻も巨乳である。そりゃもうボンキュッボンである。

 性癖にブレが無い。


 子供を二人産んだ後も妻は変わらず美しい。むしろ妖艶さに磨きがかかっている。今でもちゃんと愛してますよ。

 ヴィオラたんは推してるだけです。断じて浮気ではないですよ、断じて。


「迷惑を重ねるようだが、王家としてグランヴィル侯爵家との縁を切るわけにはいかない。そこで、だ。ヴィオラにはアレックスと婚約して欲しい。君より二歳年下ではあるが、親の欲目を差し引いても優秀な奴だと思っとる」

「アレックス様と、ですか……」

「ホイホイと婚約者を代えられるのは不本意だろうが、国を纏めるためだ。分かってくれ」


 いくらヴィオラ嬢に瑕疵が無いとはいえ、婚約解消という傷は残る。父親のグランヴィル侯爵は激怒するだろう。

 侯爵が王家へ離反したら、間違いなく貴族の半分はあちらにつく。そうなったら内戦状態になってもおかしくはない。


 アレックスと結婚させるのなら、彼女が次代の王妃となることに変わりはない。これでグランヴィル侯爵が矛を収めてくれればいいんだが……。怖いんだよ、あのおっさん。

 

「そんなこと、許されるわけがない!ヴィオラは俺の婚約者だ!」

「そもそもお前が婚約の破棄を言い出したんだろうが」


 捨てた女はずっと自分を想ってなきゃ嫌だとか、そういうヤツ?十年くらい引きずって欲しいとか言う?

 お父さんそういう考えはどうかと思うよ。


「分かりました。父の意向次第ですが、アレックス様との婚約を前向きに考えたいと思います」

「よくぞ聞き分けてくれた。その代わり、望みがあれば出来うる限り叶える。せめてもの償いだ」

「望み……」


 バカ息子は放っといて話を進める。ヴィオラは思案顔だ。うんうん、思案顔もイイね!

 

「それでは一つだけ、お願いがあります」

「うむ、何なりと言ってくれ」

「この場でクリフォード様を、思いっきり殴らせてほしいのです」


 Oh……ワイルド。だがそのギャップがいい。

 

「分かった。許そう」

「父上!?」


 内戦が防げるのなら、息子の顔の形がちょっと変わるくらい安いモンだ。好きなだけヤッちゃってくれ。

 王妃もうんうんと頷いている。愚息を見捨てる気満々だ。それでこそ我が妻。

 

「今から私がどんな暴言を吐いても、聞き逃していただけますか?」

「うむ。聞かなかったことにする」

「それと……ジェシカ様」

「はい?」

 

 黙って聞いていたジェシカ嬢がびくっと身体を震わせた。まさか、彼女も殴らせろとか……?

 流石に女性への暴力は気が引けるなあ。


「あなたも、彼には色々と言いたい事があるのではなくて?」

「あ、はい……それは、まあ」

「陛下。彼女にも、私と同じ権利を」

「うむ、認める。……ああ、少し待て」


 俺は側近に指示を出した。

 暫くして戻って来た側近が、トレイに載せたソレを恭しく差し出す。


「素手で殴っては、手に傷がつくであろう。これを使いなさい」

「これは?」

「手に装着する武具だ」


 ウッドナックルである。

 美少女の白魚のような手を傷つけるなんて、俺には耐えられない。


「なっ……まさか、それで!?」

「この程度で済ませてくれるのだから、ヴィオラ嬢に感謝したほうがいいぞ」


 アイアンではなくウッドにしたのは父の優しさだ。


「ご配慮ありがとうございます」


 ヴィオラは指にナックルを装着し、クリフォードの前に立ちはだかる。


「なあ、ヴィオラ。じょ、冗談だよな?悪かった、謝るから……お前が望むなら側妃に迎えても」

「貴様の側妃なんぞ、誰が望むかああああああ!!!」


 ボディブローが見事に決まった。

 

「ぐふっ……」と腹を押さえて蹲るクリフォード。

 ヴィオラはそれに臆することなく彼の襟を掴み、容赦なく顔を殴りつける。


「こっちだって、脳内お子様王子との婚約なんて望んでなかったのよ!陛下の命だから仕方なく従ってたのに、やれ可愛げがないとか成績が良いのを鼻にかけてるとか言いたい放題言って。女に負けるのがそんなに悔しいんなら、遊んでばかりいないで勉強すりゃいいでしょうが!」

 

 ぼっこぼこ殴りながらのシャウト。

 よっぽど鬱憤溜まってたんだなあ。ゴメンね。


「しかも公務を私に押し付けてさあ!お前、王太子の自覚あんの?しかも胸元に手突っ込んだり足触ろうとしたり……そういう方面だけ大人になってんじゃないわよ!!」

 

 クリフォードお前、何してんの??


 手を離したヴィオラに、ようやく気が済んだのかと安堵したのも束の間。

 彼女が足を振り上げた。見えそうで見えない絶妙な角度で。

 そして綺麗な回転蹴りをぶち込まれ、クリフォードの身体は綺麗な弧を描いて吹っ飛んだ。


  秋空や カーブを描く 息子かな(心の俳句)

 

「ふう。お次どうぞ?」

「ありがとうございます」

 

 ナックルを受け取ったジェシカ嬢は倒れこんだクリフォードを掴むと、これまたボコボコと殴り始めた。華奢な見た目なのに、意外とパワフルね。

 

「あんたのせいで、どんだけ迷惑したと思ってんの!?何度も付き纏わないでくれって言ったのに!おかげでクラスメートからは遠巻きにされるし、ご令嬢からは妬まれて嫌がらせされるし。私の平穏な学院生活を返せってのよ!!」

「しかも二人っきりになったら尻触ったり胸触ろうとしてさあ。このエロ王子!!」

 

 ホントにお前、何してんの!?



 存分に殴り終わったジェシカ嬢とヴィオラ嬢は、拳を突き合わせて微笑みあった。

 二人ともなんて漢らしいんだ。惚れちゃいそう。


「あ、これお返ししますね。ありがとうございました!」

「うわぁ……」


 超爽やかな笑顔で血だらけのナックルをトレイに返却するジェシカ嬢。

 俺は側近に(捨てとけ)と目配せで命じた。

 

 ちなみに妻は「私も殴りたかったけど、あのたちにボコられてるのを見たらすっきりしたからもういいわ」だって。

 女って怖い。知ってたけど。

 


 ◇ ◇ ◇

 

 その後、無事にアレックスとヴィオラは婚約した。今は二人仲良く公務に勤しんでいる。

 ジェシカは商家の跡取りと婚約し、商売の勉強をしているらしい。「貴族夫人より、こっち方が性に合ってるみたい!」とイキイキしているとか。


 めでたしめでたし。



 ん?クリフォード?


 バカ息子は断種の上、北の辺境に押し込めた。顔の形はちょっと変わってたけど、人より獣の方が多い土地なんだから問題ないだろう。

 最低限の生活費は出してやってるから、何とか生きていけるでしょ。後は知らん。

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