拝啓、滅びの故郷より

刈穂結希

拝啓、滅びの故郷より

 王国の辺境、エスマエリヤ。

 長きに渡る戦争の末、ようやく帰還が可能となった。


 俺こと、エヴェンス=グラートの故郷である。

 緑豊かな、美しい町であった。


 しかし、戦争により町の98%が破壊された。

 父のケーリー、母のグレディは、そこで行方不明となっている。


 ある人は、今の時点で行方不明になっている人は、すでにこの世にはいないと言う。

 行ってもショックを受けるだけで無駄だ、と宣う人もいる。


 そんなことはどうでも良い。


 俺がしたいのは、ただ両親を見つけ出し、行方不明という曖昧あいまいな状態から解放することだけだ。


 俺は教師をしている。普段は仕事以外でもフォーマルな服装であるが、今回は違う。

 できるだけ身軽な姿で、自宅を出た。


 …おそらく、最後の帰省となるだろう。

 そう思いながら。




 帰還のための一番列車は、俺の住んでいる町を早朝に出て、昼過ぎ頃終点に着く予定だった。


 戦争の前なら3時間ほどだったのだが、今では倍以上かかる。


 しかも、終点からは山道を歩かなければならない。

 エスマエリヤまでの鉄路は、戦争で破壊されているからだ。


 一番列車は、すぐ満員となった。

 乗客が多すぎたために、緊急で増結したぐらいだ。

 この後すぐに、二番、三番と列車があるにも関わらず。

 長年帰れなかった故郷を、一刻も早く訪れたいのだろう。

 そして、続く不安な気持ちにけりをつけたいのだろう。


 列車はあまりの人の多さに、時折速度を落としながら走行した。

 そのため、終点に着いた時にはもう夕方近くになっていた。


 駅からは5kmほどの道を歩いた。

 人どころか生き物の気配もなき森を、しばらくたどって。


 ようやく、視界が開けた。


 そこにあったのは、モノクロの廃墟はいきょだった。


 もとあった緑も、美しい町並みも、すべて消え失せていた。


 想像はしていたのだろうが、唖然あぜんとする人間は多数いた。


 俺は彼らを置いて、真っ先に自宅に向かった。


 市内の98%が破壊されていたとしても、俺の家はそうではない2%なのだと信じて。


 道に散らばる98%を、響くすすり泣きを、未だ煙る焼け跡を越えて。


 平時は5分とかからぬ家路を、その4倍は要して、たどり着いた。


 そこにあったのは。


 周りと変わらぬ黒ずんだ残骸だった。


 周りとは違う緑の屋根の破片で、辛うじて、自宅だと分かった。


 多分、砲弾が近くで炸裂さくれつしたのだろう。


 俺は積み上がった瓦礫がれきを手でかき分ける。


 スコップなんかなくても。協力者がいなくても。


 それでも、無心で掘り続ける。


 コンクリートやガラスで身体が傷付いても。照り付ける西日に体力を奪われても。


 それでも、手を止めない。


 行方不明となっている両親を、政府や軍なんかによってではなく、息子たる自分によって見つけてあげるために。



 ふと、俺の指先に妙な感触があった。


 柔らかくて、冷たい感触。


 明らかに瓦礫とは違う。


 俺は急いで「それ」を掘り起こした。


 それは。

 二体のむくろだった。


 偶然か、二体は抱き合っているように見えた。


 その姿を見た時、涙が溢れた。


 絶望の涙ではない。

 悲哀の涙でもない。


 ただ。


 両親を見つけ出してあげられたことへの安堵の涙だった。


 看取ることはできなかったけど。

 葬ってあげることはできる。


 この場所と、俺を最期まで見守ってくれた父よ。母よ。

 安らかにお眠りください。

 そして、今までありがとう。


 感謝と祈りを込めて、二人を送った。




 でも。

 やっぱりちょっとだけ。

 いや、とても。

 …悲しいよ。お父さん、お母さん。







 後日、復旧したエスマエリヤの郵便局から、俺に手紙が届いた。

 差出人は、俺の両親だった。


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拝啓


エヴェンスへ。


この町の命運も尽きようとしています。


これが最後の手紙です。


届くかどうかに関わらず、貴方が読む頃には、私たちも町と運命を共にしているでしょう。


貴方に見守られて逝けないことだけが心残りです。


ですが、いつか読んでもらえるように、僅かな可能性にかけて、この手紙を書きます。



貴方が都会の大学に行った頃、俺は立派な学者になる、と言って出ていきましたね。


惜しくもその夢は叶わず、自分には価値なんてない、と貴方は言っていましたが、その後、教師として苦しみながらも、腐らず立派に働いている貴方を、私たち親は誇りに思います。


親にとって子は、何より価値のある存在なのです。


社会的に成功するよりも、元気に生きてくれている方が親としては嬉しいものです。


どうか、自分を大切にしてあげてください。



最後に。


貧乏で、欲しがるものも何も買ってやれず。

無学で、知りたいことも何も教えてやれず。


そんな何もできない親でしたが。


私たちの子として生まれてくれて、ありがとう。

どうか、貴方が幸せでありますように。


敬具


ケーリー

グレディ


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拝啓、滅びの故郷より 刈穂結希 @knigisky2313

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