どうか、叶いませんように

紗那

それは、呪いにも似た・・・

どうか、この想いが、届きませんように。どうか、この願いが叶いませんように。私が少しでも期待してしまいそうになるようなことがありませんように。ちゃんと、この恋が終わりますように。


出勤するたびに繰り返し自分に呪詛をかけている気分だった。相手の薬指の光が,私を咎めているようにすら見える。私の上司は先月結婚したばかりだ。好きだと気づいた時には、もう婚約が発表されていた。


遅すぎたのだ。なにもかも。


それでも、目は彼を追ってしまうし,目の前にすると心の声が口から飛び出しそうだった。好きです。だなんて、言えない…でも、この恋はなんとか終わりにしなければ。


そんなことを毎日ぐるぐる考えてしまっていて、油断していた。次回のミーティングの資料作りを会議室で、彼と2人で作るはめになっていた。うっかりしていた。いつもなら巧みに他の人に譲れるのに。


彼は,優しい声とその人柄から、社内でも好かれていて、間違いなく他に一緒にやりたい人いたはずなのに。


観念して、黙々と資料を作る。これが終わったら出られる。さっさと終わらせちゃえば…


「あの、さ、」


急に声をかけられた。思わずビクッとしてそちらを見る。


「田尻さんて、俺のこと、嫌い?」


私が、彼のこと,嫌い?ありえない。


「え、なんで、ですか」


「ほら、なんか、目を合わせてくれないし、俺のこと、避けてるでしょ?なんか、ハラスメントなこととかしちゃったのかなって,思って。」


少し目を伏せて話す彼のまつ毛が長かった。色白な彼の耳が赤くなっていて,結構勇気出してます!というのが伝わる。

これは、曖昧に濁らせるべきじゃない。


「好きでした。」


思わず言ってしまって、動揺する。言ってどうするんだ。いや、今がこの恋を終わらせるチャンスなんだ。


「え?」


「だから、私,近藤主任のこと、好きでした。」


「そうなの?」


「はい」


資料を持つ手が震える。近藤主任の方を見るといつの間にか隣にいた。


「ご結婚されたばかりの方にこんなこと言って迷惑かけることは重々承知で、だから、終わらせようと思って、意識しないように意識していたんですけど、不快な思いをさせてしまって…あの、な…」


顎をすくわれて主任の顔が近づいてきて…

思わず裏拳で頬を思い切りはたいていた。


「…!なに、してんですか!?」


「いってぇ…なにって、俺のこと好きなんでしょ?だから…」


「好きだけどあなたはもうご結婚されたばかりでしょう?!なに血迷ってんですか!ここは、主任が、私を振るところでしょう!その薬指の指輪は飾りですか!ばか!」


「…ばか」


最後の言葉だけ繰り返して,はたかれた頬に手をやりながら近藤主任は笑った。


「まさか、ばかとまでいわれるとは」


「ばかです!あんっっなかわいい奥さんもらっといて尽くしてもらって裏切るなんて、ばかです。ばかの100乗です。こんな展開私は望んでいません!」


未遂に終わった唇だけど、思わず袖で拭ってブラウスに口紅が付く。お気に入りのブラウスなのに……っ!


「こんっっな最低な人だとは思ってませんでした。もう好きでもなんでもありません。ただの上司です。ご安心ください。」


言いながらめらめらと怒りが湧き上がってくる。胸までムカムカする。


「あはは。そんなに怒るなんて」


急に近藤主任が笑いだした。


「田尻さんて、真面目だな、真面目だな,と思ってたけど、ここまでとは。もはや天然記念物級だな」


「そこらのど底辺と一緒にしないでもらえますか」


「おまけにこんなに口が悪いなんて」


「笑いすぎです」


もうこんな上司ほっといてさっさと資料作って終わらせてやる。自分が今までどれだけの思いでこの気持ちを抑えていたと思ってるのだろう.今までの悩んでいた時間すら無駄になった。


ぷんぷんしながらPCに向かう私をしばらく眺めて、主任は、ふっ、と息をついた。


「こんな最低男なんて、もう好きになりようがないでしょ」


資料作り頑張ろうな、といいながら大きな手が私の頭を2回軽く叩いた。


あれ?もしかして、ワザと、だったのかな。

わたしの恋が終わるように、してくれたの、かな。

でも、こんなの確かめるなんて,野暮だよね。

再びPCに向き合って、資料をにらむ。

もう、頭の中の呪詛は消えていた。私の願いは叶わなかったけど叶った。それで十分じゃないか。


そういえば、最初話しかけてきた時、彼の耳は赤くなってたよね。ちらり、と横に目をやると、やっぱり赤い近藤主任の赤い耳が見えた。

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どうか、叶いませんように 紗那 @Mrsummer_sky1120

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