山でキャンプ動画を撮影していた癒し系の底辺配信者、切り忘れた配信で特級呪霊をぶっとばしたらバズってしまった
ラチム
第1話 癒し系配信者
「それでは今日はこの辺でライブを終了したいと思います! おやすみなさいっ!」
軽快な挨拶をしてライブを終了した。
今日の同時接続人数は2人。
コメントはなし。
私、西園寺ミオは山の中で膝をついて絶望していた。
私はスローライフ動画の配信者だ。
主に山や海でキャンプをする様子なんかを撮影している。
なんでこんな配信をしようと思ったのか?
それは子どもの頃にテレビでスローライフ系の生活を送ってる人を見て憧れたからだ。
決して便利とはいえない山の中で時には苦労しながらも自然の中で暮らす。
ある人は古民家を買い取って田舎へ移住して、ある人は軽トラや車をキャンピングカーに改造していた。
そんな人達に憧れていた私は16歳にして念願の配信者デビューを果たす。
スローライフ系の動画は大体大人が多いから、私みたいな小娘の需要があるのかどうか。
そんなことを考えながらもワンチャンあるよねなんて考えていた。
はい、微塵もありませんでした。
満を持してチャンネル開設したものの平均再生数は一桁。
チャンネル登録者が最後に増えたのは二ヵ月前。
「アーカイブ動画の再生数が4……」
しかも半分は私だからね。
コメント通知もこないのに実際に動画を開いて確認してたからね。
そしてチャンネル登録者数は5、これが私の一念発起した結果だ。
うん、なんていうかね。
少し調べてみると最近はこういうスローライフ系の動画は超下火みたい。
一時期はアニメなんかの影響でスローライフブームが到来した。
キャンプ用品なんかが飛ぶように売れたけどすぐにブームが過ぎちゃう。
終わってみればモラルのないミーハー層がキャンプ場を荒らしただけだった。
世の中には自分で出したゴミを持ち帰らない人が多いみたい。
そんな人達を生み出すために私が憧れた人達が活動していたわけじゃないはずだ。
そんなあの人達もいつの間にかチャンネルの更新が止まったり削除している。
そのたびに私はため息をついた。
改めて自分のチャンネルを確認してもやっぱり再生数が微動だにしてない。
「惨い」
自分で言うのも悲しくなるけど、まるで伸びしろがない。
これじゃ収益化なんて夢のまた夢だ。
やっぱり私じゃダメなのかな。
世の中甘くない。
わかりきっていたことだ。
と、スマホを閉じようとした時だった。
「え!? なんか通知がきてる!」
コメント通知が!
ついに! ついにきた!
初のチャンネルファンがきた!
名前:unkomoresou 3秒前
ぶりぶりぶり
「んー……」
これは何かのネットスラングかな?
ぶりぶりぶりはお魚のブリよね?
違うね。泣きそう。
「泣いてる場合じゃない。今日のところは普通にキャンプを楽しんで明日帰ろう」
といってもさっきの過疎配信で料理を作って食べたから後は寝るだけ。
でもソロキャンプってランプの明かりをつけて夜を楽しむのがいいんだ。
こうしていると余計な情報が入ってこないし雑念も生まれない。
私はこの時間が一番好きだ。
誰にも邪魔されずに虫の声を聞きながら心を落ち着ける。
熱いコーヒーを沸かして一人静かに飲む。
こういう時は読書をしてもいい。
ここまで静かなんだから、ここは天然の図書室だ。
よし、読書をしよう。
――おーい
「……なんか聞こえた」
なんかの動物の鳴き声かな?
でも熊でもないし鹿でもない?
どう聞いても人の呼び声だよね?
気のせいかと思って本を開きかけた時だった。
――おーーい
気のせいじゃないレベルの声量だ。
どこから発せられているのかと思ったけど音の発生源がまったくわからない。
――オ¨ォーーーイ!
どこからとかじゃない。
まるで至る所から吠えているみたいだ。
もっと突き詰めるなら空間全体に響き渡っている。
「……うるさいな」
私のシンプルな感想だ。
ただでさえ配信が過疎すぎて傷心中、今日は一人静かに過ごそうと思ったのに。
どこの何様か知らないけどこれ以上私を怒らせないでほしい。
――オ¨オォォオ¨オ¨ォォイ!
その途端、地面がかなり揺れた。
それが一回、二回、三回。
規則的に響いている理由はすぐにわかる。
これは暗闇の向こうから歩き進めている音だ。
とんでもなく大きいのか知らないけど、それは間違いなく猛獣の類じゃない。
少なくとも科学的に認知されていないもの、そう。
「呪霊」
私に応えるかのようにそれは姿を現した。
長い黒髪を生やした能面、二足歩行の人とも獣とも似つかない体。
足の部分は人間に近くてすね毛を生やしているけど太ももは獣のそれだ。
尻の辺りは完全に獣で猫みたいな尻尾をちゃっかり生やしている。
それが頭をカクカクと左右に揺らしながら一歩踏み出す。
私はこう考えることがある。
スローライフ系の動画が減った原因の一つはこれなんじゃないか、と。
こんなのがいたらスローライフどころじゃない。
更新停止した好きな配信者が被害にあっていたとしたら?
そう考えると一気に頭が沸騰する。
「オオォイ……おぉ、お嬢ちゃん。こんなところでキャンプかい?」
私は呼吸を整えて構えた。
こうなったら子どもの頃に強引に叩き込まれた武術を使うしかない。
代々伝わっているこの武術はかつて日本を事実上支配していたという。
「な、お嬢ちゃん。なんか食えるモンねぇかなぁ?」
能面から声だけが漏れている。
それから口元が三日月に割れて、ニチャアと唾液が音を立てた。
「オィイ、お嬢ちゃん。退魔師じゃねぇよなぁ……。そうは見えねぇもンなぁ。でもうまそうなンだよなぁ」
能面が両手を鞭のほうに細くして戦闘態勢だ。
やるというなら仕方ない。
「退魔師ならおいしくいただけたんだけどなァ! 最低でも匠の位以上がよかったンだけどなァァァ! オォォォイ!」
呪霊が齧りかかってくる。
思わぬスピードだけど私は余裕をもって回避、呪霊の背後に立った。
「あァ!? なンだ、意外とヤるじゃねェか!」
格闘術でありながら体内に巡る霊力を引き出して破壊の力とする。
人智を超えた格闘術は魔術とまで呼ばれていたこともあった。
戦国時代ではこの格闘術の使い手一人で戦を終わらせたこともあると言い伝えられている。
歴史の中でその脅威を脈々と刻んできたその格闘術の名前は――
「覇界拳……!」
覇界拳の使い手を恐れた武将達はあの手この手で殺害を試みたけど成功したという記録はない。
あまりの強さに覇界拳を歴史の闇に葬り去ろうとした時代もあったみたいだけど今に至る。
ある時は皇族暗殺、ある時は皇族警護。
敵に回すよりも味方につけたほうが得策と考えるようになったのは割と近代だとか。
こうして覇界拳は日本と仲良くなりましたとさ。
「甲雷掌ッ!」
呪霊に放った雷のごとく撃ち抜く掌底、それはいかなる装甲だろうと内部まで衝撃を浸透させる。
限りなく鋭く強固な一本鎗のごとく突き刺せばどんな装甲だろうと関係ない。
「オ、ォォ……な、なん、ダ、こ、れぇ……」
大昔、なんとか天皇っていう呪霊に朝廷が悩まされた際には覇界拳の使い手が討伐してしまったらしい。
そう、覇界拳は相手が呪霊だろうと関係ない。
「お、オレが、祓われるってぇの、かぁ……ウソ、だ……ウソオオォォ……ォ…ァッ!」
呪霊が叫ぶと同時にその体が内側から爆散した。
呪霊の消滅を確認すると私は構えを解いて息を大きく吐く。
「まったく……せっかくのソロキャンプに水を差さないでよ」
私は椅子に座り直して今度こそコーヒーを淹れた。
熱いコーヒーをすすりながら私は自分の拳をまじまじと観察する。
「最強の拳法だの言うけど私は7歳の時にお父さんを倒しちゃってるんだよねぇ……」
お父さんの修行はあまりに厳しくて、このままじゃ自由がないと思った。
だから修行をがんばってお父さんを倒せばいいと意気込んで頑張ったな。
それ以来、お父さんは私が何をしようと一切何も言わない。
おかげでソロキャンプを満喫できているんだけどね。
「ハッ! いけない! 私は癒し系……配信中じゃなくてよかったぁ」
目指すからには配信外だろうとキャラを保たないとね。
どこの癒し系が訳の分からない拳法なんか使うっての。
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