第四十八話 新たなミッション

「それで、何でこんな朝から急に来たの?」


 ダイニングテーブルについて、皆で詩龍さんへの尋問が始まっていた。

 ちなみに、椅子は元々六つしかなくて最初は議論していたが、急に来た詩龍さんが悪いという結論になり、 詩龍さんだけ誕生日席で立って話すことになった。

 皆に囲まれて座っている俺は、もちろん終始睨まれている。

 俺の前にいる、机に肘をついた一胡が聞くと、詩龍さんは何故か得意げな顔をした。


「そりゃ、用事があったから――」

「もったいぶらずに、結論から早く」


 藍栖が言葉を遮って、ズバッと聞く。もしかして、詩龍さんは家庭内立場が低いのか? 殺し屋っていうとんでもない職業で、しかもとんでもなく強いのに、身内の女性には尻に敷かれるタイプなのか?

 まあ、前から薄々思っていたけど……。


「娘たちからチョコをもらってる奴がいると思ったら、いてもたってもいられなくなりましたー」


 まるで反省していない子どものように、語尾を適当に伸ばして言った。それで、朝俺を襲おうとしていたのか。とんでもない親だな。


「だからって、前もそうだけど琳太郎は一般人なんだから、殺し屋が手を出していい相手じゃないでしょ」

「だから、手は出してないじゃんー。そいつ、まだ無傷だし」

「トラウマとかになったらどうするの」

「そんなやわな男いるの?」


 そういうなり、詩龍さんはこちらを見て、鼻で笑った。ひと様の親だけど、ちょっとイラっとくる。だからか、少し反抗したくなった。


「いるかもしれないけど、俺はそんなやわじゃないです」

「ふん、俺に勝てねえくせに、でけぇ口叩きやがって。その生意気な口、裂いてやろうか?」

「そんなことしてもあなたに得はないので、しないのは分かってます」

「……なんだ、急に食えねえガキだな」

「ガっ……!?」


 ガキ!? 俺は二十五だぞ!?

 ガキっていうのは、もっと子どもで幼稚な人のことを言うんじゃないのか!?


「まあ、それくらい威勢がいい方が、俺も楽しめそうだ」

「え?」


 どういうことか分からず、詩龍さんを見つめたまま乾いた声が漏れる。

 他の皆も何のことか分からないのか、怪訝そうな顔をして次の言葉を待っていた。


「今回俺が来たのは、真知子からの伝言を伝えるためだ」

「母からの伝言?」


 貴奈子は眉間に軽く皺を寄せて、怪しむように問い返す。


「メールで言わないってことは、この家政婦修行についてってことでしょ。てことは、お父さんが嫌いな琳太郎に関わることでもある伝言なのに、何でわざわざ承諾してのこのこ来てるの?」

「伝えてきたら、デートしてあげるって言われたから」


 けろっと答えているが、何もかっこよくはない。やっぱり、尻に敷かれているんだなと、軽い笑みを浮かべた。


「それで、伝言って何?」


 波夢が気になるという雰囲気で、先を促した。


「それがなあ、時々皆を見守ってるらしいけど、それぞれ素をさらけ出せてない感じがするから、毎週末二人だけで出かけろだってさ。ああ、想像しただけで鳥肌が立つ。うっかり、お前にナイフを投げそうになるぜ……」

「笑えないのでやめてください」


 てか、見守ってるって、何? 監視してるってこと? 怖っ。

 真知子さんはただの家政婦のはずなのに、何でそんなことしてるんだ。でも、愛が重い人が好きだから、案外ストーカー気質なのかもしれない。なんて、憶測でこんなこと思うのは、さすがに失礼か。


「別に、デートできるのは嬉しいけど、外に出ても家で一緒にいても、そんな変わらないんじゃない?」


 藍栖が言うと、詩龍さんは片方だけ口角を上げ、フッフッフッ、とわざとらしく笑った。


「まだまだお子ちゃまだなあ」

「はあ!?」


 子どもだと言われたからか、顔を真っ赤にする藍栖を尻目に、詩龍さんは言葉を続けた。


「見えてる世界が狭いとさ、自然とその人との話す内容とか関係性とかも狭くなるもんだよ。そうなったらさ、さらけ出せるもんも、さらけ出せないじゃん? だから、俺たちは定期的に出かけて、人と話す必要があるんだ」


 そこで皆が少しの間、沈黙を貫いて俯いていた。多分、言葉の意味を考えているんだろう。

 最初に話したのは、一胡だった。


「お父さんにしては、まともなこと言うじゃん?」

「"にしては"は余計だ。一応な、お前らより十六年は長く生きてるんだぞ?」

「そんなの関係ないよ。問題は中身と、その発言だからね」

「うぐっ」


 思うところがあったのか、詩龍さんは唸り声を上げて渋い顔をした。割とかっこいいことを言ったと思うのに、殺し屋だからかあんな性格だからか、最後まで格好がつかない人だ。


「そういうことだから、気に食わないけど真知子の意向だし、毎週末ちゃんと出かけろよ」


 詩龍さんは皆にそう言ってから、俺の方を見て再び口を開いた。


「俺の娘たちに変なことしたら……分かってるだろうな?」


 冗談なんかじゃない、マジの顔だ。声のトーンも、ありえないくらい低い。それに、何をされるかより、"分かってるだろうな"って言われるだけの方が、想像が膨らんで何倍も恐ろしかった。


「……はい」


 皆から来る分には、不可抗力だよな!?

 あと、いざとなったら、皆守ってくれるよな!?

 男として情けないが、殺し屋に脅されている以上、男としてのかっこよさを気にしている余裕はなかった。

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