第二十六話 ピザより話

 無事に運び終えた俺は、皆と一緒に椅子を組み立てていた。けど、こういうことにも慣れているのか家政婦として練習したのか、皆の方が手際がいい。俺はほとんど役に立てないまま、椅子が二つ完成してしまった。

 その時、改めて一胡と波夢の私服姿をしっかりと見た。一胡はピンクと黒の肩が出たミニスカートの地雷服で、今日はツインテールの根元に黒のリボンもついている。波夢は左肩だけ出た白の服に、膝らへんで細くなって足元でまた広がっている独特な黒のスカートを穿いていた。見たことないけど、もしかして最近の流行だったりするんだろうか。

 ていうか、二人ともこんなお洒落な格好であんな荷物を持ってきていたなんて、本当に信じられないな……。


「それで、何で椅子とピザを買ってきたの?」


 まだ状況が把握できない俺は、いつもの食卓の周りに椅子を並べる皆に聞いた。皆は顔を見合わせて、それからこういう時の説明役はお前だと言わんばかりに貴奈子に視線が集まった。

 貴奈子もそれを承知しているのか、すぐに俺に向き直る。


「実は、琳太郎様に呼び出された理由を私たちなりに考えまして、何かお話があるのではないかという結論に至りました。その間、ずっと立っていても上から見下ろしてしまうようになってしまうと思い、それなら椅子を増やそうということになったんです。ピザは、その……、皆で食べながらの方が話しやすいだろうというのを、ネットで見まして……」


 そういえば、呼び出した理由を言ってなかったな。でも、理由は当たってるし、それでも、本当に話があるのか分からないのにこんなに用意してくれるなんて、皆の優しさに感極まってしまう。

 多分、菊谷と話していた後に俺が言ったから、そういうのもあって何か話があるんじゃないかと思ったんだろう。皆の推理力に感服する。


「そういうことだったのか。目的を言ってなくてごめん。けど、それで合ってるよ」


 そう言うと、皆の背筋が少し伸びた気がした。もしかして、話を切り出すなら、今がチャンスか?


「話したいことがあるから、皆一旦座ろう」


 いつもご飯を食べている食卓を囲んで、皆で座った。新しい椅子は元々ある椅子に似たものを選んでくれたようで、色が濃い木材で縁や脚が作られていて、背もたれや座る部分は黒のクッションがついていた。

 長方形の食卓の周りを、長い面を二つずつ、短い面を一つずつの計六つの椅子で囲む。俺は壁際の短い面にある一つの新しい椅子に腰を下ろし、正面のベッド側の新しい椅子には貴奈子が座った。向かって右に、手前から藍栖と波夢、左に一胡と空月がそれぞれ座る。


「じゃあ、まずは、俺が話そうとしていることが何かなんだけど……」


 そこで一旦区切って皆を見ると、全員こちらを向いていた。話しているんだから当然と言えば当然だが、ちゃんと聞いてくれてるんだと安心できた。内気な空月でさえ、目が合ったら逸らされるけどちゃんと見てくれてる。


「俺の恋愛事情について……何で、彼女はいらないと思うようになったかを話す」


 鼻で深く息を吸って、ゆっくりと口から吐き出した。軽いトラウマでもあるけど、でも、この原因を解明するために、俺は今から皆に打ち明けるんだ。大丈夫、菊谷と話してた時、皆は俺に直接話を聞くことにするって言ってくれてたんだ。

 心を落ち着けると、一つずつ話し始めた。


「まず、他の人が言うに俺は容姿がいいらしいから、高校生の時は割とモテた。だから、知らない人から告白されることも、多々あったんだ。それでとりあえず一人と付き合ってみることにしたんだけど、付き合って初めてのデートで振られたんだよ。かっこ悪いっていう、よく分からない理由で」


 貴奈子と藍栖が、眉間に皺を寄せていた。俺の話し方が気に食わなかったのか、それとも振られた理由がよく分からないことに同情してくれたのか。そこで、俺はようやく、過去の恋愛で自分に自信がなくなっていたんだと気づいた。

 この五人の誰かが俺を貶めるようなことを言うはずがないのに、言うかもしれないと思ってしまっている。信じたいのに、俺が自信がないせいで、皆が好意や敬意を見せてくれるほど、警戒してしまう。


「それから高校の時はもう二人と付き合ったけど、かっこ悪いってのと、悪い意味じゃないけど印象と違ってよく喋るし明るい、ってのが理由らしい」


 そこで、貴奈子と一胡と藍栖が、少し目を見開いたような気がした。特に、一胡が分かりやすい。何か、驚くようなことでもあったか?

 とりあえず、全部話してから聞こう。


「それを聞いて俺は、大学で付き合った人の前では冷静でクールな感じにしてみたんだ。その人は最初の方、かっこいいとかよく言ってくれてたけど、一か月も経ったら振られたよ。今度は、全然笑わないし話さないから、感じ悪いって。これで俺は恋愛の仕方とか、自分がどうしたらいいのかが分からなくなって、もう彼女はいらないってなったんだ」


 無事に話し終えて、一息吐いてから皆の反応を伺う。

 この話を聞いてどう思ったか、実は俺に何か悪いところがあったのか、彼女たちが悪かったのか、それとも誰も悪くなかったのか。誰も悪くないのが、一番困るところだ。

 

「なんか意外と簡単に解決できそうだから、ピザ食べながら話そ」


 誰かが何かを言うのを待っていたら、藍栖が一言、短く言った。

 え、どういうこと? 解決できそう? それも、簡単に?

 俺は彼女はいらないと思い始めてから三年間、いや、それ以前から問題はあったからもっと長く、このことについて悩んでいたのに。


「そうだね」


 一胡も藍栖に賛成して、ピザに向かって手を伸ばした。


「いや、じゃあ、先に解決しとこうよ。てか、原因が分かったなら、教えてくれ。頼む」


 俺はピザを取ろうとする二人の手を、そっと掴んだ。


「ちょっ、何触ってるんですか!」


 そしたら、一胡に怒られた。藍栖は何も言わないが、若干気まずそうに斜め下を向いている。もちろん、俺じゃない方に。

 あれ、手を掴むって、結構まずいことなのか……?

 すぐさま手を離すと、俺は二人に謝った。


「別に気にしてない」

「い、嫌だったわけじゃないですからね……?」


 藍栖はそっけなく答え、一胡はデレが発動していた。何だか藍栖らしくなくて心配になるが、一胡は通常運転だ。


「それで、何か気づいたのか……?」


 これで今までの悩みの種が分かると思うと、途端に心拍数が上がった気がした。それくらい、俺は今、過去一番の悩みを解決できるかもしれないということを期待している。

 話してくれたのは、言い出した藍栖だった。

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