第二十二話 最高の友人
会社での仕事は変わりなく、そして、休憩室での菊谷とのやり取りも続いていた。いつものカウンター席で、横並びに座って話しながら弁当を食べる。
愛妻弁当と言っていたが、それは言葉だけで中身はまともな内容だった。
「もう木曜日だけど、何か進展とかないの?」
「質問に質問で返して悪いけど、何でそんなに興味深々なの?」
以前から思っていたが、五つ子の家政婦が来たことを話した時から、菊谷はこの話題に前のめりだ。別に、菊谷が女の子に囲まれるわけじゃないから、どちらかというと話をしたがらない人が多いと思うのに。
「まあ純粋に、非現実的すぎて面白い」
「人が楽しみながらも悩んでることを面白がるな」
「楽しんでるんじゃん」
菊谷は笑った。
確かに楽しいよ。楽しいけど、一年後には俺の評価で、あの子たちの将来が決まるんだ。悩まないわけがない。時間はあるようで一瞬で過ぎていく。二十五年生きていれば、そんなことは知っていた。
だからこそ、まだ始まったばかりでも、色々な責任を感じて俺なりに悩んでいた。
「あとは、また彼女が欲しいって思えるようになったかなって」
予想外の理由が飛んできた。菊谷は俺が彼女はいらないと言っていることを理解して受け入れてくれているから、そんなことを言うなんて思わなかった。
「そう思えた方がいいの?」
菊谷は顎に手を当てて少し考え込み、やがて答えを出したようだ。机の上で両手を組み、話し始めた。
「人って、一人で生きていくんだって思っても、なかなか本当に一人で生きている人っていないだろ? 一人で生きていくってことは、その人の人生に誰も関与しないってことだと、おれは思ってる。でも、世界に自分以外の人間が無数にいるこの時代じゃ、それはありえない」
俺は一人で生きている様子を、頭の中で浮かべてみた。買い物に行けば客や店員、なんなら、それまでの道に通行人がいる。配達を頼めば配達員が来る。置き配も想像したけど、取りに出たら隣人や通行人と顔を合わせるかもしれない。
そもそも、買い物ができるのはそれを作ってくれる人がいるからで、通販が利用できるのは、それを管理している人と配達してくれる人がいるからだ。
極論かもしれないけど、でも、本当に一人で生きていくって、自給自足して電気やガスを使わずに山で暮らすようなものだ。いるかもしれないが、極稀だろう。
「でも俺は、別に一人で生きていくって言ってるわけじゃない」
「そうだな。だからこれは、これから話すことの前提だ。これを前提として、琳太郎がこの先パートナーを作らずに、一人で生きていくとする。そうした場合、老衰した時は誰が看取ってくれる? 急に倒れた場合、誰が見つけてくれる? おれはずっと琳太郎と友達でいる気だけど、同時に家庭も持つ気でいるし、他の人にしてもそういう人が多いだろうな。そう考えた時、琳太郎のことを一番に考えてくれる人は、きっといないよ」
徹底的に、現実を叩きつけられた気がした。もちろん、俺だって今まで、今後のことを考えなかったわけではない。でも、今までの経験からすると、恋愛をしても、彼女はいらないと言い続けても、自分が傷つく未来しか見えなかった。
だからしばらく問題から目を背けて、必死に見ない振りをしていた。なのに、菊谷は目ざとい。
でも、こういうことをはっきり言ってくれる友達がいるのは、きっと当り前じゃない。俺は幸せ者だと、場違いに思った。
現状維持じゃ駄目だ、そんなこと分かってる。それでも、どうすればいいか分からないから進めなくて目を逸らしたのに、問題を目の前に出されたから俺は聞いてみることにした。
「じゃあ、菊谷だったらどうする?」
「まず、振られる原因を見つける」
「でも、今まで俺を振った人に聞いても、曖昧な感じで根本の原因が分からなかった。これ以上、どうしろって――」
「デートするんだよ」
食い気味に、菊谷は言った。体が前のめりになっていて、カウンターに肩肘をついてこちらを見てくる。
「多分、琳太郎が思っている以上に、今はチャンスだ。家政婦の皆も、デートがしたいって言ってくれてるんだろ? だったら、たくさんデートして、その中で何が原因なのか研究してくんだよ」
「デートしたって、自覚がないんだから、どうしようもないだろ」
「だから、信頼できる人に頼むんだよ。おれでもいいし、デートしてくれる家政婦でもいいかもしれない。デートをするまで振られないんだから、デートの中に原因があるのは間違いないだろ? だから、いつもと違うところはないか、印象と違って驚いたことはないか聞いてみればいいんだ」
さすが菊谷。考えなしに言ったわけじゃなくて、ちゃんと具体的な策も持っていた。
本人である俺は現状に甘えてだらだらとギャルゲーをしていたのに、当事者じゃない菊谷がこんなにも真剣に考えてくれている。申し訳ないと思うと同時に、友達の気持ちに報いれる人でいたいと思った。
今まで、すぐ振られるというのがダサくて恥ずかしくて、わざわざ人に言わないようにしてきた。でも、そんなことを言っている場合ではない。俺は、前に進みたい。
五つ子の皆が俺を通して家政婦から離れようとしてるなら、俺は皆を通して振られる原因を見つけてやる。利用するんじゃない、協力し合うんだ。
「菊谷はすごいな、本当にすごいよ。俺、菊谷と友達でよかった」
「おれも、琳太郎と友達でよかったよ。おかげで今、珍しいもの見れてるしな」
そう言うと、菊谷は歯を見せて笑ったから、俺も笑った。
悩みなんてなさそうだけど、そんな人はきっといない。
いつか相談してくれたら、俺も全力で菊谷に貢献しようと心の中で誓った。
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