第十五話 恐るべき真実
思ったよりも気持ちのいい目覚めで、土曜日の朝を迎えた。
カーテンを開けると眩しいくらいに青空が明るくて、昨日の出来事は夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。けれど、食べたご飯の食器が洗ってあるし、必死に走って風呂に入らなかったからか髪の毛がいつも以上に絡まっている。
何より、波夢が男を鞭で倒したこと、俺を抱きしめてくれたことなどが鮮明に思い出せる。
一夜明けた今となっては、気持ちはだいぶ落ち着いてきた。だからこそ、昨日の出来事が恥ずかしくて仕方がない。俺はベッドから上半身を起こした状態で、頭を抱えた。
何で俺は昨日、あんなに泣いてしまったんだ! 何であんな、不安そうな顔をしてしまったんだ!! かっこ悪すぎる……。
後ろに手をついた時、何か硬い物が手に触れた。持って顔の前に持ってくると、それは昨夜、波夢が俺にくれた物だった。防犯ブザーのような形をしていて、真ん中に一つだけボタンがついている。
これを押したらすぐに来るって言ってたけど、スマホに通知がいく仕組みなのかな。あ、そういえば、誰とも連絡先交換してないや。家政婦と連絡先って、交換してもいいものなのかな。
俺はボタンを見つめながら、またいつかこれを使わないといけないような状況になる時が来るんだろうかと、不安に包まれた。
その時、いつもはほとんど鳴らないインターホンが鳴り響いた。
びっくりして落としそうになったボタンを、あたふたしながらキャッチする。そして、そのまま真っすぐ玄関ドアの方を見た。
宅配は頼んでないし、今日は家政婦が来る予定もないはず。なら、誰だ?
知っている人を片っ端から頭に浮かべてみるが、今日来そうな人は誰もいない。昨日の今日なのもあり、心の内がざわついた。でも、確かめるしかない。
覗き穴から外を見ようと立ち上がった時、少し低めな女の子の声がした。
「琳太郎様、起きていらっしゃいますか?」
これは、貴奈子さんの声だ。月曜日に聞いた、冷静で真面目で少し固い、貴奈子さんの声に違いなかった。
「貴奈子さん?」
玄関扉の前まで行って聞くと、外からは、はい、と返事が帰ってきた。それと同時に、少しの笑い声も聞こえてくる。一胡と藍栖が笑っているみたいだ。
三人いる? どうしたんだろうと思って開けてみると、そこには五人の家政婦が勢ぞろいしていた。しかも、皆メイド服を着ている。
「貴奈子さんって……ふふ……」
「あっははは! 貴奈子さんだって~! 他人行儀すぎるでしょ!」
一胡は馬鹿にするように笑い、藍栖は思いっきり笑い飛ばしていた。
「じ、じゃあ、皆は何て呼ばれてるの!?」
「一胡」
「あ、空月……」
「藍栖~」
「波夢よ」
皆の言葉を聞いて、貴奈子さんは信じられないことを聞いたという顔をしてこちらを見た。少しだけ、ショックを受けているようにも見える。
「琳太郎様! 何故私だけ、さんをつけて他人行儀に呼ぶんですか!?」
貴奈子さんらしくないほど、慌てた様子で危機気迫るような雰囲気を感じる。けど、それに答えるよりまずは、この状況をどうにかしたかった。
「ま、待って! 答えるから、一旦皆中に入って!」
俺がそう言って中に入るように促すと、皆大人しく入ってくれた。
家政婦とはいえ、見た目はメイド姿だ。昨日、メイドがいることに嫉妬されて襲われたばかりなのに、その本人たちと家の前で堂々と話す余裕はない。
椅子が全員分ないため立って話そうとしたが、五人に座るように言われて、仕方なくベッドに腰を下ろす。
「まず、貴奈子さんをさん付けで呼ぶのは、話の流れというか貴奈子さんが真面目に見えたからというか。とりあえず、悪い意味ではないよ」
それを聞いた貴奈子さんは特に取り乱した様子もなく、口を開いた。
「先ほどは見苦しい姿をお見せてしまい、申し訳ありませんでした。それでしたら、私のことはお気になさらなくて結構ですので、呼び捨てで呼んでください。私だけ他人行儀というのは……その……悲しいので」
「うん、分かった。じゃあ、これからは貴奈子って呼ぶね」
「はい……!」
貴奈子は少しはにかんで、嬉しそうに返事をした。
「それで、今日は土曜日だけど、皆は何でここに来たの?」
やっと自分が聞きたかったことを聞ける。皆を代表するように、長女である貴奈子が説明してくれた。
「最初の一週間が終わりましたので、皆で挨拶に伺おうということになりまして……。アポイントを取っていなかったので私は止めたのですが、特に藍栖が言うことを聞かず――」
「だって、せっかくなら休日も琳太郎に会って、皆アピールしたいでしょ」
そこで俺は、ある言葉に引っかかった。
「アピールって、家政婦としての技術の? それなら、平日の一日だけでも十分に分かるほど皆優れてたから、大丈夫だけど……」
「違うよ~、女としてのスキル」
「それをアピールする必要があるのは、藍栖だけだろ?」
「鈍い、鈍いよ琳太郎……! ここにいる皆、琳太郎を狙ってるんだよ?」
またしても、理解が追いつかない事案が発生した。皆が俺を狙っている……? いやいや、そんなことがあるわけないじゃないか。貴奈子なんて、真面目に誠実に、仕事をこなしてくれたんだぞ。
信じられない気持ちで皆を見上げ、一人ずつ顔を見ていく。
皆と目が合った。誰一人として、俺から目を逸らそうとしない。空月だけはチラチラしていたけど、目を合わせようと頑張っているようだ。
そして、誰も藍栖が言ったことを否定しない。あの貴奈子でさえ。
え、もしかして、皆本気……?
「ええ!? いやいやいや、何でだよ!? 皆ここに、家政婦修行しに来たんだろ!? こんなどこの馬の骨ともしれない男と恋愛しに来た人なんて、いるわけないよな?」
助けを求めるように皆を見回すが、笑ったり、冗談だと言ってくれたりする人は誰もいなかった。まさか……本当の本当に、皆本気?
こうなったら腹をくくって、せめて理由を聞くことにした。
「じゃあ、俺のために、せめて理由を聞かせてくれ」
「家政婦になりたくないから~!」
「うん、藍栖は知ってる。貴奈子から順番に聞かせて」
陽気な藍栖に早くも慣れて冷静に対処してしまって、まるで面接みたいな空気になってしまった。こんなシリアスな場にする気はなかったため、少しだけ焦る。けれど、皆は時に気にしていないようだった。それだけ、この話が真剣なんだということがひしひしと伝わってくる。
「いえ、藍栖の言う通り、皆家政婦になりたくないからです」
「……え?」
「一胡は不特定多数に尽くすより、一人のために尽くしたいんです」
「お、おう……」
「ぼぼ、ぼくはこんなだから、そ、そもそも、ひひ人と関わる仕事は……ちょっと……」
「まあ、確かにそうだな」
「……飽きたので」
「何か、波夢だけ適当っぽいな」
理由は違えど、家政婦になりたくないのは皆本当らしかった。
「バレちゃいました? ふふ、本当は、琳太郎様を守りたくなったんです。隣で貴方を支えるのはわたしがいいと、昨日、そう感じました」
「昨日の今日で決めたのか!?」
「飽きたというのも、半分本当ですよ?」
妖艶に笑う波夢は、胸の内を悟らせてくれない。
戸惑う俺をよそに、貴奈子は説明を続けた。
「母が琳太郎様の下での修行を決めた時、私たちは猛反対いたしました。このまま何事もなくいれば、家政婦から自然と離れていけると思っていたからです。そこで初めて私たちの気持ちを知った母は、ある条件を設けました」
分かる。ここまで、たった一週間で様々な非日常を体感してきた俺には、その条件がとんでもなく俺によくないことが分かるぞ。
「その条件は、琳太郎様から一番好かれた者だけが、家政婦という仕事から離れられるというものです」
予想していたよりはマシだった。家政婦なのに我が子にメイド服を着せるような人だから、俺と結婚できるとか言い出すんじゃないかとハラハラしていたが、さすがにそこまではしないらしい。
「けど、好かれればいいだけなら、別に女としてのアピールしたり、恋愛ごとにもってく意味はなくないか?」
「家政婦としてのスキルでは、皆同じくらい出来がいいです。なので、今まで磨いて来なかった恋愛や、自分らしさで加点されるように勝負するしかないという判断です」
うーん、確かに今のところ全員同じくらい満足できる仕事ぶりだけど、そこまでするか?
それとも、知らない男に好かれてまで、家政婦よりもやりたいことがあるとか?
どちらにしても、さっきの理由を聞いていた感じ、他に絶対にやりたいことがあるっていうようには聞こえなかったけど。これから関わっていくうちに、もしかしたら変わるのかもしれない。
「ここまでは、琳太郎様のお母様にお伝えしたと、母から聞かされていましたが……。何か手違いがあったのでしょうか」
はあ……。確実に母さんが言い忘れただけだろう。勝手に結婚とか言って盛り上がってたし、十分ありえる。
「さらに後日、琳太郎様のお母様から連絡をいただき、一番気に入られた人が望めば、琳太郎様と結婚してもよいと伺っております」
「いいいやいやいや、言ってない!!!」
あんの野郎、伝え忘れた上にいい加減言いやがって! ……ふう、母親に向かって、あの野郎はよくなかったな。落ち着こう。いやでも、これはあの野郎って言いたくなるよな?
とにかく、勘違いしてそうな彼女たちに一つ、言っておかなければならない。
「あのな、俺は恋愛も結婚もする気ないからな」
「それは、『君とならどこまでも』が関係しているのでしょうか」
貴奈子の言葉で、俺は思わず天を仰いだ。
…………何だって?
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