第二十五話 繋がる

「イツキさん、イツキさーん」


 そう呼びかけられ、目を覚ますと知らない人がこちらに手を振っている。


「見えますかー?」


 そう言って手をブンブンと振っている。それに応えようとして声が掠れた。長い間眠っていた弊害か、久しぶりに使う声帯はどうもしっくりこない。しかしその素ぶりだけで相手は理解したのか、注射針をうつ準備をしていた。


「少しチクっとしますよ」


 そういって僕の右腕にアルコールを塗る。目で見ていたわけではないが、何かを打たれている感覚はあった。しかし驚くほど痛みは感じなかった。


「ここは・・・・・・」


 乾いた声でそう聞くと「きょうせいしせつですよ」と返ってきた。共生施設?と疑問に思っていると、医者らしき人は怪訝そうな顔をした。


「ちゃんと記憶はありますよね?自分の名前言えますか?」


「はい、えっと・・・・・・米原、一己です」


「そうですね。職業は?」


「教師をしています」


「そうでしたね」


 一通り質問をして僕の記憶が「まともな」ことを確認したその人は最後に「ではなぜあなたがここにいるのかわかりますか」と聞いた。


「・・・・・・」


「答えられないということはないでしょう。あなたはイヤイヤながらもここへ来た。矯正施設、あなたは捕まったのです」


 最後の記憶を思いだした。警察からの電話、逃げようとするも時すでに遅く、家の前にはパトカーが止まっている。確かに僕は捕まったのだ。


 しかし逃げだした。自分はここで逃げないといけない、己の身の危険を感じて体が勝手に動き出した。しかし今ここにいるということは逃げきれなかったということなのだろう。


 身体が思うように動かない。川に飛び込んだ衝撃は思いの外大きく死んだと思っていた。


「死ねなかったということか」


「死ねなかった、じゃないだろ」


 さっきまでの落ち着いた声色はどこへやら、相手は語気を荒げた。


「あなたは私利私欲に二人の命を奪った。とても許されないことをした。分かっていないのか?」


「さあ・・・・・・記憶にないですね」


 本当に記憶にないかと言えば嘘になる。女子生徒二人。僕の記憶からは「無かったこと」になった二人。指摘される前までは忘れていた。彼女たちから慕われていた教師時代が遠い昔のように感じる。


 なぜ殺したのか、僕にもよく分かっていなかった。腹が立ったからか、悪癖がバレてそれを隠蔽したかったからか、何にしろその行動は衝動的で、僕自身自分の行動原理がいまいち把握できていない。もしかすれば僕とは違うもう一つの人格が起こした暴走だったのではないかとすら感じられた。


 それをそのままこの人に言っても激昂されるだけだと思い、すっかり上がりきっていた瞼を再び閉じた。瞼を閉じることで外界からも心を閉ざしたかった。自由になりたかった。


 

 僕の身体は川に飛び込んだ衝撃で脊髄をやられたらしく、左半分が全く動かない半身不随の状態となっていた。そのため留置所に入れられることさえなくとも、病院送りでベッドに縛られたまま羞恥を晒し続けた。これが自殺に失敗した先に待つ生き地獄というやつだ。


 目を閉じて目を開ける。口を動かしてご飯を食べる。それだけの生活。


 このまま老衰して死ぬのかと諦観していたある日のこと、誰かが面会の申請をしたらしく、面会室へと移された。もちろん寝たきりだ。こんな生き恥晒しに会いたいというやつが果たしているのかどうか。亡くなった二人の親族だったら嫌だななどと考えていた。


「藤田といいます」


 そういって差し出してきた名刺を受け取れず警官に読み上げてもらう。長ったらしい肩書きだったが、要するに政府直属の生理科学研究をしている研究者らしかった。てっきり弁護士を期待した僕は聞く耳を持つのをやめようかと思っていた。


「半身不随と聞きました。お気の毒に」


「自業自得の間違いでは」


「あなたがそう自覚されてるのでしたら話が早い。実はあなたが処分した実験体の新たな転移先を探しておりまして」


「実験体・・・・・・」


 聞き覚えがあった。いや、知っていた。僕の家に泊まりこんでいたあの子、みひろだ。研究室から逃げ出してきた事情もよく知っている。しかしそれを僕は決して他人へ口外していない。


 全てお見通しですといった具合に藤田はニッコリと笑った。


「あれは記憶を保持したまま転生できる厄介なものなのです。しかもそれが現れる場所はランダム。どの時間軸にも存在しているとか。とにかく我々は実験体の回収を急いでいるわけなのですが、あなたもそれに協力していただきたい」


「僕はその実験体を処分した戦犯なのですが、それでも協力を求めるのですか」


「もちろん捜索は我々が行いますが、あなたは何ヶ月もあの実験体と一緒にいた記憶があるのでね。それと照らし合わせながら本人の特定をしていかねばならないのです」


 どうせ半身不随で動けないのだから拘束具など不要だろうと思ったが僕の両手には手錠がかけられていた。


「つまりは『記憶を差し出せ』ということです。それ以上をあなたに求めておりません。記憶を取り出すのにも役所の手続きが必要で本人の了承を得ないといけないのです。犯罪者でも一応人権はありますから」


 そう言ったあと手をあげて看守に合図をした。面会時間は速攻で打ち切られた。

 


 ベッドで眠る間、なぜ僕は二人を殺してしまったのかを考えていた。よく考えてみれば、二人を殺したことは自覚しているが、どうやって殺したのかが全く思い出せないのだ。


 この記憶すら誰かが操作したものではないのか?暇を持て余した僕の脳内回路はそんな超オカルトめいたもので埋め尽くされていった。


「うわぁ、これが人間の成れの果てかぁ」


 そんな少年の声が聞こえて目を開いた。マスコット的なウサギのようなものが僕の身体の上に乗っかっていた。よりによって感覚がない部分に乗っている。


「イツキ、久しぶり。あ、ここでは初めましてか」


 変なウサギは僕に流暢な日本語で話しかけてくる。夢でも見ているのか?


「手伝ってもらいたくてここまで来たんだけど、大丈夫?」


「お前も手伝ってほしいのか。半身不随の役立たずでも、色々手伝えることはあるんだな」


「誰でも生きてるなら役に立つでしょ。そんなことより来て欲しい時間があって、今から一緒に500年前に飛んでいってほしいの」


 

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ハマナスの花 大和弥尋 @mihiroyamato

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