第十七話 使い古しのおもちゃ
「世界にとって私一人が生きようが死のうが別にどうでもいい些細なことなのだと教えられました。
「死んだ人間は沈黙を続け、外れていく。ある程度影響を与えた人ですら徐々に忘れ去られていく。
「名を残した人間もその偉大な口を閉ざしてしまえばただの置物にすぎない。そして生き残ったものは彼らを遠い過去の人間だと切り離す。住む世界が違うから考え方も変わる。継承されずに繰り返す。歴史は繰り返すだけなのだと」
大人たちは私の二言三言を聞き終えた後、次々に質問し出した。色々答えていく途中、母からの強い介入があったが無視をした。既に彼女の発言権は無いに等しかった。私は自身の様々な傷を見せ、告発したことで彼女たちを倒したのだ。
もちろんここまで私の訴えを通せたのはクラスメイトの力が大きかっただろう。一人じゃ何もできないなら二人、三人、多ければ多いほど力は強くなる。
最終的に担任まで懐柔した段階で、次は学年主任、そして校長、教育委員会以外の全ての勢力を私の手中に収めることで形勢を逆転させた。
「これは立派な犯罪だよ」
母の肩に手を置かれたあの瞬間、私は解放されたのだ。
「とても興味深い話だけどね。僕らも事情聴取をしないといけないんだ。辛い出来事を思い出してしまうし、話をしたくないのかもしれないけど・・・・・・」
「わかってます。その話もしますよ」
隣で大柄な先輩警官に肘で脇腹を突かれながら若い警官は慌てて居直った。私は話を続けた。
「毎日写経しましたが手が疲れるだけでした。テストで良い点数を取っても褒められませんでした。少しでも間違った行動をとると激しく罵倒され檻に入れられました。しかしそれもこれも全て私にとってはとるに足らない出来事でした」
「そ、それはもっと酷いことをされていたから・・・・・・?」
「限界を感じたのは私を洗脳させようとしてきたからです。二人はとある宗教にのめり込んでいました。そして私にもそれを勧めてくるのです。もちろん拒否権はありません。私はその信者たちに多くの暴行を受け、無理やり信者にさせられました。奉仕活動を強要される毎日。もちろんその中にはあなたたちのような警察官も含まれていました。よって事件が明るみになることもない、完全犯罪。やりたい放題」
「それは、その。すまなかったと思っている。僕らもずっと口封じさせられていたんだ。もしこのことを世間にバラせばどうなるか分かっているのかって」
「上司に?」
「あ、ああ。警察は大きな組織だから。上の命令には従わないといけない。それが正しくても間違っていようとも」
「だから明るみにならなかったんですね」
私の顔を直視できない二人に、私は立て続けに二人の名前をあげた。
「一ノ瀬知也。神山蓮介。この二人が私に暴力を振るった。それは紛れもない事実です。抵抗できない私をヘラヘラと笑いながら何度も殴った。でも悪事が公になるとなるとすぐに逃げ出した、小心者です」
若い警官は目に見えるほどの大粒の汗が額から流れ出し、慌てて手で拭った。
「心ここに在らずといった感じですね。一ノ瀬刑事。まあ実の兄ですからね」
私の推理劇は既に決定づけられた事象をなぞるだけの簡単なものだった。既に彼らは逮捕され、真実は白日の元に晒されたのだから、今更振り返る必要もなかった。
「おかえり」
そう言ってくれたのは管理人の女、ここでは「沖田」という名前らしい。私が厄介な家族に振り回されている傍ら、彼はというと身辺整理という名の調査をしていた。私が家から離れられない間、強いストレスは私のいない環境をますます悪化させていたのだという。
「まだ迎えには早いんだけどね。まさか君がこんな大変なことになってるとは思ってなかったんだ」
「もう結構長くここにいた気がするけど」
「まあそう焦んなさいな。僕はまだまだこの世界を楽しみ切ってないんだ。今日は僕が『保護者』なんだし、どこかへ遊びに出かけようじゃないか」
強く手を引く彼女の手は一瞬別人を疑うほどに以前いた世界とは性格も所作も変わっている。これが生まれ変わりってことなのだろうか。記憶は受け継がれているのに不思議な感覚だ。
「いらっしゃいませ〜」
店内の景色は灰色の私にとっては眩しすぎるものばかりだった。彼女は受付の女に「十二時半に予約していた沖田です」と言った。受付はスムーズに済んだようで「あっちで座ってよっか」と身体が沈むほどふわふわなソファに腰をかけた。その隣に静かに座る。頭をわしゃわしゃと掻き乱し「伸びたよね、髪」という。
「髪を切るの?」
「僕じゃないよ、君の」
「え、嫌なんだけど」
「どうして」
「・・・・・・頭を守ってくれるから?」
そう言うと何かがおかしかったのか吹き出した。
「別につるっぱげにしろなんて言ってないでしょう。ほら、髪ボサボサだし、暑苦しいし。教育熱心な親は娘の身だしなみには興味がなかったの?」
そう言われて少しだけ思い出してみる。断ったのは私のほうだ。私が色々と注文をつけて、服装や髪型を地味なものにしたのだ。クラス内で浮くことは良くないと両親共に私の言うことに素直だった。
「私がこれで良いって言ったの」
「おしゃれしたくない?」
「この体はあんまり好きじゃないから」
先に髪を洗おうと女が私を連れて行こうとする。「まあ良いじゃん、お金私が払うし。さっぱりしてきなよ」と私の拒む理由を受け流しながら。雑誌を読み出した。
「どんな感じに切りたい?」
頭を洗われながらそう聞かれる。興味がなさすぎてとりあえずさっき沖田が言っていた「さっぱり、頭が痒くならない感じ。夏らしい感じ」とそれらしくなるようなことを並べた。
ボサボサ頭は今回に限った話じゃない。前もそうだったしその前も。なぜかこれだけは私が生まれ変わっても継承され続ける。少し落ち着いてる時もあったけど、どれだけ溶いてもストレートになることはなかった。そのせいでいつも先端が頬や目に当たり鬱陶しかったのだ。
「じゃあカットしていくね」
そのボサボサ頭は洗い終わった後、体積を増したかのように一回り大きくなっていた。あれやこれや解説を聞いた気がするが、特に興味がなかったのでお好きにどうぞという感じで彼女の勧めるカットを促した。
カットしている間も彼女は色々と喋っていた。最近あった嬉しかったこと、楽しかったこと。ちょっとショックだったこと、赤裸々に初対面の私に話してくる。私は「へえ」「そうなんですね」と相槌を打つだけ、そのほとんどは聞き流していたが、彼女はとても楽しそうにしていた。
何がそんなに楽しいんだろうと思った。
数十分後、口数が少なくなってきたところで、うとうとしかけていたら、突然大きな声で起こされた。目を開けると、さっきまでいたボサボサ頭の私はいなくなっていた。
「じゃーん、こんな感じになりました」
「あっはっは!かわいいかわいい」
小さな鏡で後ろ姿も見せられる。目を丸くした誰かさんは私だったらしい。
「どう?ちゃんと頭を守ってくれるでしょ」
「・・・・・・まあ」
「毛先が目とかにも入らないでしょ」
「うん」
「じゃあ良かったってことだ」
ありがとうございましたと店を出る。頭がずいぶん軽くなった気がする。
「次はどこに行こうか」
「どこでもいい」
「服を買おう」
「このくだり、どこかでもやったような」
「あなたはおしゃれに疎すぎる。毎回誰かに買ってもらわないと着ないんだから」
おしゃれに疎い、というより。多分自身の身体を大事に思っていないだけなのだと思う。生まれ変わるたびに身体は交換される。一生その身体を持てるわけがない。
だから興味がなくなった。
しかしよく考えてみれば、永遠の命を与えられた私が私自身を大切に扱うことがなくなるのはごく当たり前のことだったのかもしれない。親に買ってもらったおもちゃも、買ってもらった時はとても嬉しいのだろうけど、何度も遊んでいればいつかは飽きて捨てられる。私の身体もそんなものなのだ。
しかしそれを口に出したところで、管理人からはまたいつものように受け流されるだけだからこれ以上何も言わなかった。
「ここに入ろうか」
この人が満足するまで付き合ってあげるのが私の役目だ。相手に合わすことは人並み以上には自信があった。
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