第十五話 前世 (前編)
「それじゃあ弥尋ちゃんって前世の記憶とか分かるの?」
勉強をしていた傍ら、クラスメイトの話に耳を傾けつつ頭の中は空っぽにしていた。そのため突然私の名前が呼ばれた瞬間しまったと思った。皆んなが私に注目しているのを目で見なくとも感じ取る。
テレビでやっていた、「生まれ変わった男の子」という番組の話題が上がったタイミングで、子供たちの会話は弾むばかりだった。それに反比例するかのように宿題はみるみる手をつけられなくなっている。当然私も途中で放棄していた。手が痛くなるただの作業なのだと気づくと忽ちやる意義を見出せなくなり面倒になったのだ。
なぜ同じ漢字を何度も書かせるのか。
いや、これに似た作業をつい最近やっていた気がする。遡ること数ヶ月前、それは私の母親による訓戒であった。
「ここに書かれてあることを五回づつ写しなさい」
これもおそらくやる意味はなかった。しかし殴られる危機を回避するために私は素直に従ったのだ。右手の裏が真っ黒になるまで鉛筆を走らせること数時間。何の意味もない、ただ無為な時間を過ごした。
『嘘をついてはいけない』
『嘘をついてはいけない』
『嘘をついてはいけない』
『嘘をついてはいけない』
『嘘をついてはいけない』
「弥尋ちゃん?」
我に返ると全員が私を見ていた。そうだった、話を振られていたのをすっかり忘れていた。瞼を擦り「なんだっけ」と聞き返す。
「前世が分かるって話!前、図工の先生に言ってたよね、あなたはろくな人間じゃない、もちろん前世でも。だからあなたは先生を名乗る資格なんてないって」
「言ったっけそんなこと」
「言ってたよ!あの後PSAが動いてあの人先生辞めさせられたらしいぜ。前からムカつくやつだったから清々したよ。弥尋のおかげだよな」
「PSAじゃなくてPTAだよ須藤くん」
「それに弥尋の力っていうか弥尋の親の力だろ、あれって」
「なんかすごい大きな組織の役員らしいよ」
「なんだそれ、かっこいい」
話が脱線するならまたしばらくぼんやりしてようと思った矢先、鳳が声を上げた。
「でも最初にあの先生に立ち向かったのは弥尋ちゃん自身だよ。それまでみんなずっと言いなりだったじゃない」
「だって怒られたくも殴られたくもねえもん」
「弥尋だって殴られてたじゃんか」
「それ。まじで痛そうだった」
「目のところまだ怪我してるんでしょ?」
眼帯に手を伸ばそうとしてくる三谷から距離を取る。何かあればすぐに触ろうとして来るのは年相応のやんちゃさだと思った。睨みつけると「悪かったよ」と手を引っ込める。
この眼帯は図工の暴力先生による怪我だと思っているらしい。そういう風に処理したのもあの人らしいと言えばあの人らしいが。
「前世なんて知って良いことはないと思う。結局みんなは今を生きてるわけだし。前の経歴は持ってこれないから。せいぜいお茶の間の暇つぶしにネタにされる程度」
「知識は増えるんじゃないか?体験談とかもできるぞ」
「子供が体験談をしたとして、その話を誰が信じるの」
「私は信じる」
「子供は純粋な生き物だから、みんな信じてくれるよ。もちろん俺たちも信じる」
「そりゃあみんなは友達だし・・・・・・」
「お父さんお母さんとかも信じてくれるんじゃない?」
ドアをノックされる。私がどうぞと言うまでもなく扉が開く。母が菓子を持ってきたようだった。
「お喋りもいいけど勉強は捗ってるかしら?」
「今やってるとこです!お菓子ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
純粋無垢な子供はすぐに騙される。母は表面上優しく接しているが、その胸中は己の都合しか考えていない。
「18時になったらちゃんとキリをつけてね。暗くなるまでに帰らないと家の人たちが心配するでしょう」
「はーい!」
母はその優しげな仮面をつけたまま部屋を出ていった。母がいなくなったタイミングで鳳がさっきまでより音量を数段落として囁いた。
「信じてくれるかな」
「どうだろう」
そのまま話は私の前世の話で持ちきりだった。私も私で適当に言っていれば良かったのだが、子供だからと正直に話してしまった。時代背景まで細かく説明する私に全員が感心していた。
和田はノートの端に私が言ったことをメモし出した。残るものに書いて欲しくはなかったが、彼の字を見てその不安は杞憂になった。もはや誰にも読めないような乱雑な字だったからだ。そもそもその努力をもう少し宿題に充てればいいのにとすら思った。
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