第十話 月を目指す理由

 管理者はこの世界は無数に分裂していると言った。


 なぜ僕らが君たちの世界に行くことが難しいのかと、そんな暇つぶしに聞いた僕への答えだった。家に帰って夕飯を作って、ふと一人になって手持ち無沙汰になっていた。僕の方から管理者に話しかけたのは久しぶりのことだった。ずっと静まり返っていた頭の中で雑音のようなものが聞こえだす。


「イツキたちのいる世界にも特別なことはある」


「たとえば」


「能力者がいる」


「他の世界にはいないっていうのか」


「いない。いや、正確には解明されていないと言ったほうがいいかもしれない。見かけだけ平等な社会を築き上げている世界がたくさんある」


「いいなそれ。平和そう」


「平等だと平和だと考えるのか。浅はかだな」


 知識の上では常に優位に立っている管理者からの言葉には棘があった。僕はムッとして「じゃあ僕らの世界よりもその世界は平和じゃないというのか」と反論してみる。管理者はまたもや曖昧に答えた。


「何をもって平和とするのかは微妙だがこの世界より平和な世界もあればそうでもない世界もある。その時代や技術によって左右される」


 作り置きしていたカレーをレンジで温める。弥尋の分は既に平らげられたのか流しに器が置かれてあった。今は部屋の隅っこでスマホを触っている。


「文明の発達度合いによって追い求めるものは様々だ。もしこの世界から能力者がいなくなったらどう変わっていると思う」


「無能力者だらけだったら、色んなめんどくさい雑務が山ほど押し付けられそうだな」


「効率が悪い。能力があれば瞬時に終わらせられるタスクもすぐに終わらない。そうなれば文明の発達もより遅れることになる」


「じゃあまだ縄文時代をやってる世界もあるっていうのか」


「ある。いや、あるかな・・・・・・」


「なんでそこ曖昧なんだよ」


「興味がなさすぎて、あってもスルーしている」


「観測者ー?」


「管理者だ」


 博識なだけで中身はただの子供だということを忘れていた。カレーを口に運んでいる間、そういえば今日のカレーは辛口だったことを思い出した。そこまで熱くないはずなのに舌がヒリヒリしている。


 興味のある世界ならと、管理者は僕が何も言わずともベラベラと喋り出した。


「未来からやってきたロボットが過去の出来事を改変していたり・・・・・・一度見た記憶を生まれ変わってもずっと保持し続ける驚異的な人間がいて・・・・・・人間を養分にする機械が支配する世界もあって・・・・・・」


 BGM代わりに聞くにしては興味深い話が多かった。


「とある世界では月を目指していた。未開拓な宇宙に対する関心は高かったから、人類はその未知のベールを剥がしたかったのだろう」


「ということは既に自分たちの星は開拓し尽くしたと」


「いや、そういうわけでもない」


「?」


 頭の隅っこではカレーを置く位置で揉めているテレビ番組を思い出していた。ライス側を右にするか左にするか、僕は右に置くことが多いが、テレビでは左に置くほうが多数を占めていた。曰く、ルーを右から左へとすくって左のライスにかけたほうがルーが広がらず綺麗に食べやすいというのだ。別にライスが右にあっても同じではないだろうかと、僕はその意見に納得できなかった。


 月を見て綺麗だと思ったことのない僕には彼らが月を目指す理由も納得できるものではないのだろうと思い込んでいた。けれど管理者は月の魅力を語るでもなく別の切り口から理由を説明してきた。


「その世界は国同士でバチバチに技術競争をしていた。技術が高いそれ即ち国力になるからな。特に二つの強い国はお互い戦争こそしないものの根底にはどちらの方が上かという競争心があった。『こっちが先にこんなすごいことをやった』といえたら相手側には相当なプレッシャーを与えられる」


「市場競争みたいな感じか」


「宇宙開拓が技術的指標を図る上で最適だったといえる。だから彼らは財を投入した」


「力の見せつけあいか?好奇心からくるものもあったんじゃないか?まだ誰も知らない未知な世界を探索するとなったらワクワクする人もいそうだけど」


 最もらしい理由をつけて、僕は自分で自分を納得させたかった。真実がどうあろうと納得できたらそれで満足なのだ。


 管理者もそんな僕の性格を把握したのだろう、ため息混じりに僕の意見を肯定した。


「その側面もあるだろうな。こっちでは誰も宇宙なんて興味持ってなさそうだが」


「何にもない真っ黒な空間だよ。既に開拓し尽くされてる」


「夢のない話だ」


「現実を見たんだよ」


「現実といえば」


 カレーを食べ終え、腹が満たされ少しほっとする。一ノ瀬が失踪してからというもの、常に緊張感が学校にいる時は漂い始めていた。失踪前、最後に学校で会って話をしたのが僕だったからだ。幸い弥尋がフォローをしてくれたおかげで僕と一ノ瀬との関わりを疑われず済んだものの、それでも疑いの目は生徒側からも先生側からも向けられていた。


「イツキが316を研究室から連れ出したのがバレた世界もある」


「やめろよ現実になりそうなこと」


「だから現実で起こったんだって。その世界だと316はイツキに非協力的でこの生活に興味を持っていなかった。だから再び研究室に戻ろうとしていた」


「分岐してるのか」


「そう。ハンバーガーを買いに行ったときに指名手配の写真をニュースで見ていた店員にバレる。通報。即捕まる。まるで使い物にならないイツキは滑稽だったぞ」


「胃が痛くなってきた」


「さっきカレーを食べたばかりだが」


「だから痛いんだよ。辛かったし」


 結局のところ僕らの話も全部弥尋には筒抜けになってるにも関わらず彼女のほうは僕らの話にまるで興味がなさそうだった。いや、今の話を聞いてからだとこの状況は放置しておいていいものではなさそうだ。そのことを指摘すると管理者はまるで他人事だと言わんばかりに問題視しなかった。


「その心配は無いだろうな」


「なぜ」


「一ノ瀬とかいう生徒が失踪したからだ」


「一ノ瀬の失踪と何か関係があるのか」


「あいつは316を研究室へ戻そうとしていた。もし316に研究室へ戻る気があるのなら一ノ瀬が消える必要がない」


 弥尋はゆっくりと立ち上がって冷蔵庫の方へと歩いて行った。牛乳を取り出しグラスへ注ぐ。犯行がバレた犯人とは思えないような堂々さだ。


 本人は僕が問いただすより先に切り出した。


「一ノ瀬さんは失踪したよ」


「どこに行ったんだあいつは」


「・・・・・・お空?」


 僕らの間で沈黙が流れる傍ら、管理者は笑い出した。



 月を目指したところで何になるのか、それは彼女に対しても同じことが言える。動物と話せたところで何になるのか。当然納得できる答えは得られない。


 彼女は自らの力を自らの為だけに使う。その点で彼女の力は神的でも神にはなれない。自分勝手な神など誰も信仰しない。信仰されない神はいないも同然だ。


「お前は何がしたいんだ?」


「みんなが私にそう聞く。その度に私は『旅に出たい』って言う」


「旅?」


「能力があるから私は縛られる。でもできるなら縛られたくない。私に価値を見出さない人に会いにいく。そこで生活をする。それって許されないこと?」


 扉が突然開かれる。僕らが振り返るとそこには黒いスーツを着た人間が複数いるのが見えた。


「どちら様?」


 管理者の笑みは消えていた。なんなら舌打ちまで聞こえてきた。


「迎えに来た。β-316、直ちに戻れ」


「お断りします」


 屈強な大人が複数現れ弥尋を取り押さえる。おまけで僕も拘束される。扉が開かれるまで全く気配がなかった。向こうも何かしらのプロなのかもしれない。


「そろそろ潮時か」


 管理者がポツリとそう呟いた。手錠をかけられ拘束された僕はなす術なく外へと連れ出される。辛口のカレーの味がまだ口の中に残っていた。


「この世界ももう終わりなのか?」


「少なくともこの先明るいものではないだろうな」


「僕は、どうすればいい」


 車に乗せられ、目隠しをされた僕らはそのまま男たちに連れ去られていく。


「祈るしかないな、神に」


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