第六話 マリオネット

 今の高校に入学するほんの数ヶ月前の話である。


 私は人の心を見透かせる能力を持っている微能力者だった。だった、というのは能力そのものが自律神経に影響するものらしく、強いストレスや体調不良の時しかその能力を引き出すことができないからだ。


 能力を自在に使えないという点において私は能力者とカウントされず、一般人と同じように生活ができる権利を得た。しかし、それでも私に能力を使えることには変わりない。社会の目は常に私を斜めに見てくる。


 そんな厳しい社会の目は私の能力を発動させる。そして私の身の回りの人間に危害が及ぶ。人に話したくない、秘密にしていたことが全て筒抜けだったり、人が嘘をついた時もすぐに分かったり。中には知ってはいけないことを知ってしまったり。


 だから私の周りではすぐに人間関係が壊れてしまう。


 気づいた時には私は一人ぼっちになっていた。中学二年の頃だ。


 学校には行けなくなった。クラスメイト、先生、それら私を知る人間から向けられる憎悪が怖かったからだ。


 逃げ出した先で私は一人の男に出会った。最初は見た目が好みだったから近づいたのだと言っていた。


 逃げた私が行く当てもなく、ホテル裏に群がる人たちを尻目に「自分もああなるのだろう」と半ば諦めていたところ、あの男が現れたのだ。それは運命の出会いだった。豪奢で煌びやかな衣装に身を包んだ、明らかに「お金持ち」な相手を見て、ほんの少しだけ愛想を振りまいたのである。


 そして相手は「へぇ」と品定めをするように目を動かすと、まるで心を見透かしているかのように喋りかけてきた。


「お嬢ちゃん、人を殺したろ」


 心臓が脈打つのと同時に足がすくんで動けなくなった私にゆっくり距離を詰めてくる。


「俺ぁ好きだよ、罪悪感に塗れたその顔。唆るねぇ」


 私はその男に肩を叩かれ、そのまま誘導されるままに繁華街の中に消えていった。


 男は何も持ってない状態から、時間をかけて武器を揃えていく。女はすでに武器を揃えていて、歳を重ねるたびにその武器を失っていく。


 だから私はいつまで経っても使い捨てだったのだろう。それは血の繋がりがあってもなくても同じことだ。現に私を産んだ本当の親は私を捨てて雲隠れしたのだから。私の人に対する期待度などすでにあってないようなものなのだ。

 

 確かに私は能力以外にも武器を持っていたのかもしれない。新婚夫婦の目に留まり、養子として迎え入れられた時でも、「見た目が良かったんだろうな」と思ったけど、それが私の持っている唯一の「使える」武器だったのだとすれば納得だった。


 「義理の母」はストレスから私に強くあたり、「義理の父」はお小遣いを渡す見返りに身体を要求した。私が能力を発動させるのにそれほど時間はかからなかった。


 金持ちの男は従順な女という武器を手に入れて満足気だった。私にとって物扱いされるその感覚は以前の環境となんら変わりはなかったが、生きていくためには仕方がないのだと割り切った。というのも前の環境とは別に男は私に快適な生活を提供してくれたからだ。


「この金はお前の心を癒すために使え、そしてこの金はお前を美しくするために使うんだ」


 そう言われ、気がついた時には、真っ黒に閉ざされていた心はほんの少しだけ開き、目にも光りが宿り始めていた。


「これ、どうした」


 だから少しだけ気が緩んでしまったんだろう。背中にあるキズを指摘された時、しまったと思った。どこかで擦りむいただけだと釈明したが、次の日に元凶の二人が身ぐるみを剥がされた状態で土下座していた。顔は腫れ上がっており、これが元凶の二人だと知らなかったら誰か分からなかっただろう。


 彼女たちは男の持つ金に惹かれて近づいてきた女たち。私が男から気に入られ、自分たちが蔑ろにされていることに立腹したのだろう。私のことを執拗に嫌がらせしていた。私にとってそれは至極当然のことだと思って半ば仕方のないものだと割り切っていた。たまたま元の顔が良かっただけで、その顔は彼女たちがどれだけ欲しても得られなかったものなのだから。気持ちは分かっているつもりだったのだ。

 

 美しさを妬んで得られたのは腫れ上がった顔だったのは皮肉なものだ。メンタルをズタズタに引き裂かれた彼女たちはもうこの世界では生きていけないまま消えていくのだろう。


 そしてそれは私も例外じゃない。彼女たちと同じように私もいつかはこの世界から追い出される。そう感じていた。


 名前を変え、顔を変え、心も入れ替え、出来上がった今の私を果たして愛してくれるものはいるのだろうか。


 きっとこの男は時間が経つにつれ、いつかは愛想をつかせて私を捨てるのだろう。だから私は私だけの生活ができる、お金稼ぎを始めたのだった。


「こんにちは〜!今日も観に来てくれてありがと〜!」


 画面に向かって手を振っている私。それを迎えてくれるリスナーたち。今日もこのつくられた世界で生きている。夢のような時間、少しだけ本物の私を忘れられる、現実逃避できる。最高の時間。


「このやろ、俺に内緒でシノギしやがって」


 いつかはバレると思っていた。しかしそれは配信業を始めてすでに半年以上が経った後だった。


「私、愛されたかったんだ」


「あ?」


「誰からも愛されたことないから」


「じゃあ『これ』はなんなんだよ」


 ベッドに押し付ける男の手を払いのけて、私は「『これ』が?」と睨みつけた。


「お前は誰からも愛されねえよ。俺以外からはな」


 男は勢いよく私の首を握った。私が苦しむ姿を見てニヤリと笑う。それはもはや愛とはもっとも遠い邪悪そのものだった。


「人を殺してんだもんな、お前」

 

 男は私の身体に纏わりついてくる。この人肌の温もりに私は何度騙されてきたんだろう。私の反抗的な態度を見て男は「今日はゴム無しだ」とそのまま挿入してくる。


「お前は俺のモノなんだからよ、情なんて持つなや」


 手を力強く押さえつけられ、顔をこちらに向けさせられる。お腹の中で生温い何かが出される感覚、その後男はゆっくりと顔を近づけていき私の口の中に舌を入れてくる。支配欲の塊なのだ。


 やっぱりこの人も違うんだな。


 薄々気が付いてはいた。配信をやっている時も、これが束の間の幸せであると。たまに暴言を吐いてくる人もいたけどそれが霞んで見えなくなるくらい、温かいコメントで溢れていた。


 でもリスナーは配信中の私しか見てくれていない。本当の私を理解してくれる人はいないんだって。


 あの「義理の母」と「義理の父」もそうだ。あの二人は世間の目をとても気にする人たちだった。職業も胸を張って言えるようなそれで着飾っている。唯一欠けていたのは人間性だった。


「お前が黙っていれば職を追われずに済んだのだ!」


「夫をたぶらかすなんて!許せない!」


 気が付いた時には二人とも私の目の前で倒れていた。私の手には鈍く光るカッターナイフが握りしめられていた。大人しくしていればこんなことにならなかったのかもしれない。いつも私は余計なことをしてその環境を壊してしまう。


 その日だって私が配信していなかったら、男に気づかれることもなかった。機材を壊されることもなければこうして襲われることもなかった。余計なことをするのはいつも私。私・・・・・・。



 結局私の悪行は警察にバレることになった。例の男が死んだからだ。ある意味あの男は私を守っていたのかもしれない。それでもそこが住みにくくなるのだったら警察に捕まるほうがいくらかマシだと思えた。


 男の死因が何かは抗争なのかケジメなのか詳しく知らされていない。急に警察が私が住んでいた場所に上がり込んできて逮捕された。元々私はすでに警察からマークされていたのだった。


 抵抗する理由も見当たらず、私はただ誘導されるままいろんな施設へ移りに移され、少年院に入った。


 少年院の生活はあまり快適なものではなかった。元々階級が高い(級が高いほど在院年数が増える)のもあって周りの人は私を常に白い目で見ている。

 

 しかし私は元々孤児だ。帰る家も無い。地位名声も無い。もちろん私のことを愛してくれる人も誰も。そういう目を向けられることには慣れっこである。


「なら何で、子供を産んだんだ」


 警察官は私にそう尋ねてきた。取り調べを受けている間、私は敢えて無礼な態度を取り続けていた。結局私が愛されなかったように、子供を産んでも愛情は生まれなかった。きっとその子を通じてあの男のことを思い出すからだろうか。これじゃあ私も実の親と同じじゃないか。


 私は適当に答えた。


「・・・・・・家族が欲しくて」


「母親がこのザマじゃあ、将来が浮かばれないなぁまったく」


 歪んだ顔をこちらに向けてくる警察官。きっとこの人にもそれなりに温かい家庭があるのだろう。そう思うと余計見下した態度を取りたくなる。私のことを理解できるわけがない。


 服院中、私たちは引き離されてしまうため、向こうにとっても母親に愛着が湧く出産直後の一年を無くしたまま成長していくことになる。私がここを出てようやく会いに行った頃には、向こうは他人のような反応を示すだろう。身から出た錆だと言われたらそれまでなのだが。


 休憩中、貸し出し用のノートパソコンを開きながら、そういえばあの配信業を途中で辞めてしまっていたことを思い出した。何も言わずに辞めてしまったため、きっと罵詈雑言で埋め尽くされていることだろうと、半ば自暴自棄になって配信チャンネルにアクセスする。


 最後の配信、既に二年も前だ。あの日に男に機材を壊され、配信ができなくなった。妊娠が発覚して毎日泣いていたのを思い出す。甘い言葉で騙されていた、金で操られていたただけのマリオネット。きっとこの現実逃避と同様浮かれていたのだ、あの頃の私は。


 案の定コメントは私が失踪したことに対して咎めたものが大半を占めていた。しかしスクロールしていくと少しずつ私の帰りを待っている人のコメントも増えていった。


『色々抱え込んでるんだと思うけど、僕らはずっと味方だよ』


『いつでも戻ってきて!』


『またあなたの声が聴きたいです』


 この人たちは配信中の私しか見ていない。暇つぶし程度にしか見ていない人ももちろん多いだろう。けれどこうして私のことを気遣ってくれるリスナーもいたんじゃないのか。


 これが愛なんだろうか。私がここから出るための希望になり得るものなんだろうか。ここから私が出るまで数年はかかる。その頃にはもうこの人たちは私のことなんて忘れてるかもしれないけど、もう少し生き続けてもいいのだろうか。


 その日の私は赤子のようにノートパソコンを抱き抱えて自室へと戻った。



 しかし私は想像していたよりも早く少年院を出るチャンスを得ることになる。政府直属の研究者を名乗る者に呼び出され、あることを条件に私の刑は執行猶予にすると告げられたのだ。


「もちろん断ってくれてもいい。罪を受け止めて少年院で過ごす、更生するという選択肢も残っている。けれど君にしかできない仕事もある」

 

 私にしかできない仕事。あの能力が頭によぎる。


 差し出されたのは一枚の写真だった。


「研究室で飼っていた実験体が逃げてしまってね。捕まえてきてほしいんだ」


 写真に写った、真っ白い髪の少女の背中からは大きな鳥のような白い羽が生えていた。正真正銘、能力者だ。


「捕まえるって、私が能力者に勝てるわけが・・・・・・」


「もちろん君が直接捕まえる必要はない。ただ捕まえられる状況を作ってほしいというだけだ」


 今度はクラス名簿のような、私と同い年くらいの生徒の顔がずらっと並べられたものを見せられる。そこにはなぜか撮ったはずのない私の写真が含まれていた。名前は・・・・・・。


「君は一ノ瀬真として、この学校に通ってもらいたい」

 

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