毒に耐性のある魔王の手下が転生して聖女を目指したら

海坂依里

第1話「パーティを追放され、勇者に殺害されたのが私の前世でした」

 毒に耐性があると知ったのは、両親が私を毒沼に置き去りにしたとき。


「僕たちの仲間になってくれないかな?」


 毒沼に沈みつつあった私を引き上げてくれたのは、世界を救う勇者と呼ばれる存在の人でした。


「さっさと毒味してもらえる?」


 毒に耐性のある私ができることは、毒を感知すること。

 毒を中和すること。

 毒関連の魔法の盾になること。


「これは……大丈夫です……」


 魔王の手下との戦闘で、毒関連の魔法が使用されることはほとんどない。

 盾になる必要のない私は勇者のパーティで、勇者様が口にする食事の毒味係を任された。


「本当に愚図で鈍間なんだから」


 私は毒に耐性があるから、毒が混入されたご飯を食べても平気。

 けれど、勇者様は普通の人間。

 毒を、決して口にしてはいけない存在。


「今日もありがとう、アリアナ」


 勇者様の仲間からは気味悪がられた体質だけど、勇者様だけは私の体質を受け入れてくれた。

 どんなに過酷な戦闘の最中でも、勇者様は私に心配をかけないように気丈に振る舞った。

 私に対して笑いかけてくれる、そんな仲間想いの勇者様が私は大好きだった。


「あの……これ……毒が入って……」

「あなたって、毒を口にしても本当に死なないのね」

「…………」


 勇者様の仲間からは虐げられたけど、勇者様がいてくれたら頑張れると思った。

 でも……。


「ちゃんと毒味したんじゃなかったの!?」

「きちんと……しました……」


 毒味は、ちゃんとした。

 毒味が終わった食事を運ぶ途中で、勇者様が口にする食事に毒が盛られた。

 食事を運ぶ係が私だったら、そんなことは起こらなかったはず。

 でも、勇者様に食事を持っていく仕事だけはやらせてもらえなかった。

 私は勇者様の仲間たちの策略に、はめられたということ。


「じゃあ、なんで勇者様が昏睡状態に陥っているのよ!」

「申し訳ございません……」


 パーティメンバーの聖女様が懸命に治癒魔法を使うことで、勇者様は奇跡的に命を取り留めた。


「アリアナ」

「はい……」


 毒耐性を持っている私も、勇者様の体内から毒を抜くくらいのことはできる。

 けれど、勇者様の治療していいのは昔から聖女様か[[rb:治癒師 > ヒーラー]]の方だと決まっている。

 毒耐性を持つ私は、勇者様のパーティでは用なしだった。


「君を、僕たちのパーティから追放する」

「……はい」


 勇者様のパーティを追い出された私は途方に暮れた。

 両親に捨てられたこと。

 勇者様の仲間たちの策略に陥れられたこと。

 2つの出来事を受けて、これから始まる新しい人生に喜びなんてものを抱くことはできなかった。


「俺の元に来るか?」


 毒耐性という使えない体質を持つ私の前に現れた方。


「おまえのその毒耐性、俺たちのために役立てる気はないか?」


 それは、勇者様と敵対する存在。

 魔王様だった。


「アリアナ、スゴいね! 無敵だね!」

「でも……毒魔法の盾になることくらいしか……」

「それができるってところがスゴいんだよ!」


 魔王様の仲間たちは、とても良い人たちばかりだった。

 世界を滅ぼす存在なんて思えないくらい優しい人たちばかりで、私は新しく歩み始めた人生に喜びを抱くことができるようになった。


「アリアナ」

「はい、魔王様」

「あ……いや、その……確かに俺は魔王だが……」

「どうかなさいましたか?」


 魔王様と交わす言葉1つ1つが、私の心をいつも元気づけてくれた。


「俺の名前、分かるか?」

「デルバート・ルーサム様ですよね」


 私が所属していた……元仲間の勇者様パーティとの戦闘は長きに及び、決して楽しいことばかりの日々ではなかった。それでも魔王様と一緒に過ごす時間というものが、日々の戦闘で荒んでいくはずの心を癒してくれる。


「名前で呼んでくれないか」

「…………」


 私は次第に、私に優しさを与えてくださる魔王様に恋をした。


「っ、無理です!」

「どうして?」

「魔王様は魔王様だからです……」


 魔王様への恋心を自覚したからといって、魔王の配下である私が恋心を抱くなんて許されない。


「アリアナ、俺はおまえに名を呼んでほしい」

「何度頼まれても、無理なものは無理……」


 魔王様には、世界を滅ぼすという目的がある。

 色恋に溺れていい存在ではないことは、配下である私が十分理解をしていた。


「命令すれば、呼んでもらえるのか?」

「………それも、お断りします」


 結局私は、魔王様のことを名前で呼ぶことができなかった。

 最後の、最期まで。


「アリアナ、あのとき君を殺しておけば良かったね」


 私の人生の終わりは、勇者様の一撃だった。

 毒沼に浸かっていた私を拾ってくれた勇者様の剣に貫かれて、私は命を落とした。


「アリアナ! しっかりしろ!」

「魔王様……」


 いくら毒に耐性があっても、心臓を貫かれた私は命を保っていられない。


「次の人生では……魔王様の名前を……呼ばせて……」


 自分の身体から多くの血が溢れる様子を目にしながら、私は人生を終えた。

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