戦艦いわみ〜異世界戦想譚〜
広瀬妟子
プロローグ~独白~
わたしは、北の海を覆う氷が少なくなる、春の初めに生まれた。
始まりは、一人の男の決断だった。大きな宮殿から巨大な故郷を思うがままにしていた男は、会議でこう言った。
「我々には、巨大な戦艦が必要だ」
わたしが生まれる前に始まった戦争は、多くの船が沈んだ。故郷の船たちも戦争の中で戦い、傷つき、そして沈んでいった。
ある時、多くの船が南の海の底へ消えていった戦いがあった。そこでは1隻の巨大な戦艦が暴れ回り、何隻もの船を沈めていった。宮殿の男はその話を聞き、同じ力を求めた。
故郷はこの頃、同じ敵を持つ同盟国に助けを求めていた。同盟国の大統領は敵を滅ぼすために、故郷へ手を貸す事を躊躇わなかった。
新しい造船所は北の海に面した、巨大な湾の奥底に造られた。そこでわたしは生まれた。建物や、道具を作るために必要な鉄が、破壊された街を建て直すための人手が、わたしを生み出すために使われていった。
鉄を叩き、焼いて繋げる音がわたしにとっての子守唄だった。造船所が動き始めて三年の月日が経った頃、わたしは初めて海の上に
「素晴らしい。我が祖国の偉大さが形になった様だ」
故郷を一人占めしている男はそう言い、造船所で働かされた人たちを褒め称えた。彼らにはほんの僅かに豪華な食事が与えられ、そして造船所の周りに築き上げられた街から出られなくされた。敵にもう
海に出て一年と少し。わたしは正式に故郷の海軍の仲間となった。遠く離れたバルト海では、ビルを建て直すための鉄鋼も使って生まれた姉が錨を降ろし、その姿を堂々と見せびらかしていた。モロトフスクで先に生まれていた
わたしの出来の良さに満足していた男は、モロトフスクに閉じ込めていた人々を使って、黒海の港町でわたしの妹を育てていた。爆撃で破壊された街並みが未だに瓦礫の山のままなのに対し、造船所は随分と景気よく動いていた。
遠い東の海で、故郷の陸軍と空軍はひどく痛めつけられ、港もこっぴどく破壊された。二度とこの様なことにならないためにわたしたちが必要なのだと、あの男は強く訴えたからだ。
地中海を抜けて運河を渡り、暑い海でイルカと共に東へ向かって二ヶ月。わたしたちはウラジオストクに錨を降ろしていた。
わたしが生まれるきっかけとなった、1隻の化け物の戦艦を造った東の島国。今は二つの国に分かれ、うち北の方の国を手助けするのがわたしたちの最初の任務となった。
島国の南側には、かつては同盟相手だった国が大きな艦隊を置いて、故郷と敵対していた。わたしは姉と共に戦争に加わり、敵と撃ち合った。
わたしの『武器』は強く、そしてわたしの『身体』は硬かった。島国の化け物との戦いを生き延びた敵も強かったが、わたしはそんな相手と十分に渡り合えることができた。
戦争は三年続いた。島国の北側に味方するためにやって来た五
そして姉は、装甲に適さない材料で無理やり完成させられたことが仇となった。かつて敵とわたしの先輩たちを広い海の底へ引きずり落とした島国の化け物はもういないが、敵にはその化け物と渡り合うために生まれた若き化け物たちがいた。
その頃のわたしには、敵の言葉など分からなかった。けれども、もしも戦いの中で話せるとしたら、同志たちが『傷だらけの巨人』と呼んでいたあの船はわたしに向かってこう言っただろう。
『お前たちソビエトの腐った16インチ砲弾など、オキナワで嵐に乗ってやって来たヤマトの18インチ砲弾に比べたら豆鉄砲だ』と。
あの戦争が終わる前に生まれた姉妹の中で唯一の生き残りであるミズーリは、姉ソユーズを海上から叩き落とした。ただの分厚い鉄板を、生産が間に合わなかった装甲の代わりに使った部分を食い破られ、多くの同志とともに水面に消えた。
戦争が終わり、わたしはずっとウラジオストクにいることとなった。わたしを生み出すために多くを犠牲にしたあの男はもういない。ずっと後で知った事だが、誰も信用しなかったあの男は自室で病に全身を痛めつけられながら、一人寂しく息絶えたという。
あの男の跡を継いだ指導者は、新しく開発された『爆弾』を魅力的に思っていた。浮かんでいるだけで大量のルーブルを食い潰す存在を疎ましく思っていたが、島国の北側を帝国主義から解放した者たちの生き残りはわたしたちをずっと擁護してくれた。
故郷の花形である地上軍は、浜辺で多くの同志と戦車が洋上からの暴力で吹き飛ばされた。空軍も『爆弾』との相性がいい爆撃機を、大量の対空砲を背負った敵に叩き落されていた。多くの同志は『爆弾』だけで戦争が決まることは絶対に無いことを思い知らされていた。
そしてわたしは生き残った。わたしと、妹のウクライナと、同じモロトフスクで生まれた姉のロシア。姉ソユーズと共にサハリンの海に消えた同志パンテレーエフの名を背負った大型巡洋艦とその妹たち。わたしたち六
それから四十年は過ぎたか。わたしは島国の北側に移っていた。わたしを動かす燃料や、わたしとともに海を進む同志たちを養うための金を使い切った故郷は、使い勝手のいい工業製品と傭兵稼業で大儲けしていた国々にあらゆるものを売りさばいた。
大泊の大きな港に錨を降ろし、わたしは一人の男と出会った。その男は島国の北側で空軍を率いる将軍であり、故郷でもとりわけ有名だった。彼は空軍のみならず陸軍と海軍の整備に関しても大きな発言力を持ち、今の強大な人民軍を造り上げた英雄だった。
その『英雄』はわたしの全ての場所を見回ると、一人艦橋に佇んだ。そして指揮官席に座り、誰も聞いていない筈なのに語り始めた。まるで、わたしに聞かせる様に。
「…僕の父は、かつて海軍の船乗りだった。僕は50年前は飛行機乗りだったが、本心を言えば父さんと同じく船乗りになりたかった」
それは『英雄』の、かつて帝国主義者の兵士だった頃の話だった。彼は自身と南側にいる親族を不幸に陥れ、島国に悲しき定めを押し付けた故郷を恨んでいた。党とその指導者に対する忠誠も、わたしを含む兵器の大量購入を含む軍の近代化さえも。心の奥底で静かに、そして激しく煮え滾っている復讐心を隠し通すための詭弁であり、敵の息の根を完全に止める手段でしかなかった。
「僕にはこの日本を引き裂き、多くの人々を悲しませた二つの国…アメリカとソビエト連邦に復讐する権利がある。そしてその手段も。僕は、この国最後の戦争でアメリカとソ連に致命傷を与え、日本人自らの手であるべき姿を取り戻す…そのためならば僕は鬼にでもなってみせる…君には、汚れ仕事を押し付けることになるだろう。だが、それが兵器というものだろう?」
そう語る『英雄』の表情は、ひどく悲しそうに見えた。
わたしが新たな艦隊に来て6年近くの月日が経ったとき。『英雄』のいう通り、戦争が始まった。ウラジオストクはモスクワでのクーデター騒ぎに便乗する形で離反し、太平洋艦隊そのものがわたしたちの味方となった。
『英雄』は、実に強かだった。東アジアで故郷と関わりのある国すべてに不幸が訪れる様に、『事故』を装って全ての『爆弾』が被害を与える様に仕組んでいた。そのうえでわずかに残された手札で、島国が再び一つになるための障害となる存在を叩き潰した。
わたしは、クナシリ島から逃げ出す艦隊の攻撃を命じられた。これまで我が物顔で睨みを利かせてきた原子力空母とその護衛艦は、『爆弾』のもたらす呪いによって身動きが取れなくなっていた。わたしを時代遅れの存在にし、島国の海を好き勝手に浮かんでいたものを獲物として狩る権利。この戦争にて万単位の犠牲者を生み出す汚れ仕事を引き受けたわたしに対する、『英雄』からの餞別だった。
空母1隻と護衛艦6隻を『武器』で切り刻み、艦載機で炙り出した潜水艦を二度と浮かび上がれなくしたわたしは、一万の命を北の冷たい海へ蹴落とした。わたしのわたしであるための栄誉を果たし、『英雄』は新たな命令を下した。
『最後の命令を出す。生き延びろ』
それが、『英雄』の最後の言葉だった。彼は少数の賛同者と共に立てこもった弾道ミサイル基地で、島国の歴史に大きな汚点となるだろう施設と共にこの世から去った。わたしと相まみえるはずだったものたちの砲撃で破壊されたのだった。
戦争が終わり、島国は再び一つになった。妹のウクライナが中国へと『嫁入り』する中、一万人の命をクナシリ島沖合で踏みにじった罪人であるわたしの扱いについて、長い議論が行われた。
結局のところ、わたしはまた『英雄』に生かされた。過去の存在となった太平洋艦隊の次に脅威となったのは、海軍増強に勤しむ中国と、太平洋艦隊の生き残りと巡航ミサイルで瓦礫の山となったウラジオストクを飲み込んだ人民朝鮮、そして東南アジアそのものを飲み込もうとしているインドネシアだった。アメリカは『爆弾』によって太平洋に手を出す余裕を失い、代わって島国にその力を持つことが求められた。
そして戦争が終わって30年近くが経った今。わたしは新たな国の下で錨を下ろしている。日本国海上自衛隊3隻目の大型護衛艦、80年前のソビエトの大地で生まれた戦艦の生き残りとして。
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