何故また新たな異世界
秋柚 吉柄
邪神の類いなのかと勘繰ってしまっても
目に映る驚愕の光景に、一人の男は呆然と立ち竦んでいた。
見渡す限りが草原。
だがその先には森が見えている。
それらは何処にでも存在するだろう。
だがそう言うことではない。
女神アリーシャに異世界へと召喚されて、現地の者たちとパーティーを組んで魔王を討伐した直後だったのだ。
剣の構えは解かずに、滅んだ振りをしているのではと残心にて警戒していた。
だが仲間から討伐を成し遂げたと聞かされて、使命を果たせたのだと安堵したところであったのだ。
その後は街へと帰りパーティーを解散する。
そしてアリーシャと事前に決めていた報酬を貰って、自分が生まれた帰属世界へと送還されるはずだった。
だが男は気が付くと、魔王城とは異なるどんよりとした空模様の別の場所に立っていた。
しかも手の中は空っぽである。
「……何処だよ、ここは?」
思わず呟いた直後、神を名乗る者からの言葉が、頭へと響いた。
『儂は、神ヴィゴール。異なる世界の勇者リクトよ。お主は儂が管理する世界へと、召喚されたのじゃ』
アリーシャではない。
爺臭そうな男の声だった。
この世界では魔人が存在し、魔王が作り出しているのか生み出していると考えられていた。
二本の角を付けた体長二メートルほどの猿人類のような風貌をしており、人間を真似てか奪った服を着ている。
体力や腕力に敏捷は人間には有り得ないほどに高く、特殊な魔術も含めて火属性を除く三番目の魔術まで使える個体が多くて魔力も高い。
キャッキャッ、ウホウホ等と鳴き、魔王や魔人同士では会話が出来るだろうと分析されている。
人間の言葉は無視しているだけかもしれないが理解は出来ないとされる。
しかし表情や態度から、人間の感情は理解できていると考えられていた。
飲み食いはせず、魔人は人間を甚振っては泣き叫ぶのを見て喜ぶ。
感情を理解できていると考えると、それは人間にとって恐怖以外のなにものでもないのだ。
以前、王国の最西端にあるエッカート砦から山岳を越え軍隊が魔王討伐に動いたことがある。
だが山岳には
『これらは人間の考えじゃが、儂も同様に思っておる。ただちょっと見た感じ、魔人は泣き叫んでいた様子を
リクトは何の返答もせずに黙って聞いていた。
今までの話しから何を期待しているのか理解は出来た。
だが何を望んでいるのか、はっきりと聞き出さなければならない。
早合点での迂闊なことなど慎まなければならないのだ。
『我々神々は、管理する世界と言えど直接的な干渉はしてはならない決まりがあってのう。また全ての神には実体がなく、儂は魔力体であるゆえ干渉しようとしても出来んのだがな』
聞いているとの意思表示で、短く「ああ」とだけ相槌を打つ。
『一人の男を勇者に選定した。攻撃や補助の魔術に適性が高く、剣との相性も良い。だが儂が直々に神託を下しても懸念でもあるのか動かないのじゃ。この世界にはお主の得意な光の属性はないが水属性はある。勇者に剣術を教え、動けるように願いを叶えてやって欲しいのじゃ』
神ヴィゴールからの、はっきりとした望みがリクトの頭へと響いた。
●
中学生で一三歳だった鈴木陸人は、女神アリーシャの召喚によって長い間学校を無断欠席することになった。
卒業できなくなる。
中学中退である。
官僚への夢が絶たれてしまったのだ。
そこで報酬として一千億の金額を貰って送還され、悠々自適に暮らしていくはずだった。
タワーマンションの最上階の部屋を購入して社会の成功者となる。
窓際で葡萄ジュースを片手に、あくせく働く人々を見下ろす。
夕食は毎晩のように国産A5ランクのステーキだ。
だが出所不明な金がそんなに出回ったらハイパーインフレに陥ると、陸人が帰属する世界の神クオルトが反対した。
結局一〇〇億なら良いとなり、魔王討伐の成功報酬として送還のときにと落ち着いたのだ。
だが違う世界で更に年月を重ねろとはどう言うことなのか。
約束通り魔王を討伐したのに、帰らせる約束を守らずに違う世界に放り込むなら、神々とは邪神の類いなのかと勘繰ってしまっても仕方がないだろう。
「つい先ほどの、魔王討伐の報酬である一〇〇億をまだ貰っていないが。送還のときとの約束だが、帰らせる気など無くて払う気もないのか? んん? 如何なんだ? 断固、拒否する!」
はっきりと拒絶を口に出した。
だがヴィゴールは一切の妥協もなく譲らなかった。
『それはアリーシャが悪いのであって、儂に言われても困るわ! そんなことよりも、勇者を導いて神託を叶えてやるのじゃ!』
魔王を討伐した直後の召喚なら、女神アリーシャが報酬を渡す前にこの神が再召喚した可能性もあった。
それを一方的な要求だけを突き付けてアリーシャが悪い等と、この神だけが邪神なのかもしれないと思い直した。
そうすると拒絶を続けて放り出されるのも不味いと判断しなければならない。
邪神ならば、何をしでかすか分からないのである。
「……俺が、この世界で使える能力は何なんだ?」
『おお、やってくれるか? お主ならそう言ってくれると、儂は信じておったぞ!』
「…………」
やりたい訳ではない。
だから無言で答える。
『クールな奴じゃのう。儂の世界でも女に持てるじゃろうなぁ。……まあ良い。お主はアリーシャの管理する世界で鍛えた、剣の腕が健在である。光の属性はないが、もう一つ得意だった水種はこの世界にも水属性としてある。それが全て使えるじゃろう』
前の異世界では、
だがこの異世界では、
ヴィゴールの言葉が途切れたのでそれだけかと考えながら、仲間の使っていた亜空間に収納できる闇種に相当する魔術がないのは不便だと思う。
だがそれよりも勇者への神託とは何なのか、魔王討伐なのだろうとは思う。
しかしはっきりと言わないのは、勇者以外には言うつもりがないのだろうか。
それならば別に構わない。
でも当然だが、願いを叶える報酬は要求することにした。
「報酬として一〇〇億の他に、俺の帰る帰属世界で小さくても構わないが、首都に近い位置で緑豊かな島を用意して欲しい。一〇〇億はアリーシャに言ってくれても良い」
『ふむ。……まあ、良いじゃろう』
「それと、この世界での活動資金や必要な物資を、
直接的な干渉はしてはならない決まりはあるようだが、人を送り込んでいる時点で今更である。
間接的なら構わないだろうと、抜け道のようなことで交渉した。
『……何が欲しいのじゃ?』
少しの間があったが、知らない振りをして要求する。
「この世界の一般的な長剣と短剣。後はテントにランタン、大型布と火打ち石、鍋に調味料に食器、そのくらいかな? ああ、ロープも欲しいな」
『……そのくらい、まあ良いじゃろう。受け取るが良い』
不機嫌そうに尊大に言うと、目の前に大量の金貨や銀貨それに背嚢が現れた。
貨幣の単位や価値は分からないが、背嚢は六〇リットル位ありそうである。
言ってみるものであった。
それなら可能ならばと追加で要求する。
「この世界で、更に行方不明の時間が積み重なると死亡届を出されてしまいかねない。それは非常に困ったことになる。社会的に抹殺されると、帰るに帰れなくなってしまうだろう?」
ヴィゴールがどのような反応を返すのか、間を置いて様子を確認する。
だが何も言ってこないので、早く終わらせたいのは一緒だろうと、こう言った術が欲しいと伝えた。
最初は渋っていた。
だが終わらせたくはないのかと、協力は気持ち程度で良いのかと匂わせる発言をすると、儂に危害が及ぶはずもないし、やむを得ないと別格な術を貰った。
「それとぉ……」
一方的に連れて来られて協力させられるのである。
他にも何か便利グッズでも貰えないかと背嚢を見た。
『かっ、金を盗まれる危険があるわぁ! 金だけを胸中にしまえる、ゴッドストレージを言う亜空間もくれてやろうじゃないかぁ! これで仕舞いじゃぁ。北東の方向にある、ロビン村に勇者はおる。早うぅ、行けぇぇぇい!』
開き直ったのかブチ切れたのか、特別じゃあと言いながら、金だけの限定だが便利なものをサービスして貰ったのだった。
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