なんか擬態語でバーッて話すやつ

 小早川まりあが志朗貞明に弟子入りした頃、黒木はあることを気にしていた。

 よみごの修行内容について、自分が聞いてしまっていいのか――ということである。勝手なイメージではあるが、そういったことは部外者には伏せておくものではないのだろうか? 従業員とはいえ、よみごとは関係のない自分が事務所内をうろうろしていていいのだろうか。

 志朗に尋ねると、

「あー、ええよ全然。今のうちは大丈夫だいじょぶ」

 とかなり軽いノリの返答があった。

 あまりに軽いので懸念は今ひとつ払拭されなかったのだが、それから二年が経った現在、確かにあれはいらない心配だったという実感がある。


「まりちゃんさー、よんでるとき、サーッて感じになった?」

「です。前はザーッだったんですけど、今はけっこうサーッて感じです。あとは時々ピッてなるけど」

「それそれ。ピッがわかったら優秀ですよ」

「でもすぐニャッてなっちゃうんですよ」

 志朗とまりあの話を聞いていても、黒木には何のことかさっぱりわからないのである。まりあが自分の巻物で「よむ」訓練を始めてから、こういった会話が急に増えた。

「でも今ピッがわかるんだったら十分すごいって。焦らなくても、体力ついたらニャッてならなくなるから大丈夫」

「わたし体力自信ないです……筋トレですか?」

「筋トレっていうか、運動と食事と睡眠です」

 応接室のソファに座って、ローテーブルの上に巻物を広げながら、だんだん生活習慣の話をしているみたいになっていく。

「でも一回、ちょっとだけですけど何だろ……ズボッてなったんですけど」

 巻物の上で左右に両掌を動かしながらまりあが言う。その途端、例によって例のごとくニコニコしていた志朗から、サッと笑顔が消えた。

「えっマジか、ズボッてなった?」

「一回だけですよ? 昨日るりちゃんさんが持ってきた、このくらいの刺繍のやつ……」

「えーっ、嘘嘘あれでズボッてしたか……まぁ古いやつではあったなぁ。まりちゃん、ズボッてきてどうした?」

「怖くなったからすぐによむの止めたんですけど、あれ何ですか?」

「あれね~、まだ触っちゃ駄目だよ。あれに触ると『縦』ができるんだけど、まだ『縦』はまずいね……」

「体力ですか?」

「体力ですね。まりちゃん、教えてないのにズボッに辿りついちゃったか……天才かもしれん……」

「えへへへ」

「あのねまりちゃん、あともう一個大事なこと言っとくけど、ズボッのときね、もしかしたら上の方にファ~ってなるかもしれん。滅多にないけどね」

「はぁ」

「そしたらそれ、本当の本当に触ったら駄目だからね! 誇張じゃのーて死ぬからね。ていうかボク一回それで死にかけたけぇな」

「えっ」

「えっ」

 思わず黒木も声を上げてしまう。

「まだ修行中の頃ね。師匠が強制終了してくれたから大したことなくて済んだけど、それでもなんだかんだひと月くらい入院したけぇな」

「わかりました! ファ~には絶対さわりません!」

 まりあが大声で宣言した。「あっ、ズボッもまださわりません!」

「よし! ズボッの方はいずれ慎重にやりましょう! あと気づかなくてごめんね! あっ黒木くん」

 急に話を振られて、黒木はギョッとした。自分にも「ズボッ」や「ファ~」で説明されたらどうしよう……とやや身構えたが、

「念のためだけどさ、今度このマンションの、AEDがある位置確認しといてくれる?」

 と頼まれた。それはそれで恐い。

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