そいつ黒木くんに結構懐いてるよ

「うわー、黒木くん、持ってきちゃったかぁ」

 その日、外出から戻った黒木が1004号室に入るなり、リビングから出てきた志朗が、あきれたような口調でそう言った。


「志朗さん、何のことですか?」

 と一応尋ねつつも、黒木にもどういう系統の話か、なんとなく見当はつく。

 志朗に頼まれて荷物を届けにいった先、そこを出たあたりから妙に左腕が重かった。肩でも凝ってるんだろうかと半ば自分をごまかしながらマンションに入ると、「あっ、黒木さ……」と声をかけてきた二階堂が、「げっ」という声をあげて、管理人室の中に逃げ込んだ。

「黒木さん、この後すぐシロさんに会いますか!? 会いますね!? じゃオッケー! お疲れーす!」

 管理人室の小窓越しにそう言われた。厭だなぁと思いながら、とりあえず事務所に戻ってきたのだ。

 なにか察するところがあったのか、1004号室の玄関を開けた志朗は、すでに手に巻物を持っていた。

「大丈夫だと思ったんだけどなぁ。いやぁ、だまされた。ごめんね黒木くん」

 謝られた。が、黒木には何のことか、まだわからない。

「あの、一体何の話ですか? 確かに何かあったらしくはあるんですが……」

「黒木くん、本当に気づいてない?」

 志朗はなぜかニヤニヤしながら尋ねる。はぁ、と答えた黒木の左腕を、志朗が右手の指先でとんとんと叩いた。

「ほんっとーに気づいてない?」

「いや、何のことやら……あれっ!?」

 志朗につつかれた辺りに視線を移して、黒木は思わず大きな声をあげた。

 いつの間にか左腕に人形を抱えている。体調は60センチほど、子供がままごとにでも使うような、赤ん坊を象った布製のものだ。かなり古いものらしく、ところどころにシミがある。

 もちろん、黒木はこの人形を知っている。つい先ほど「預かってたものが、ようやく処分できるようになったっぽい」と志朗がいうので、人形供養を行っている寺に持って行った。まさにその人形なのである。

「先方から連絡があったんよ。おたくの助手さん、お人形抱っこしたまま帰っちゃいましたよーって」

「確かにご住職にお渡ししたはずなんですが……」

「そこが面倒なとこでねぇ。うーん、なんとかしたはずなんだけど、こいつ隠れるのが上手いなぁ」

 ぶつぶつ言いながら、志朗は黒木の手から人形を取り上げた。そこそこ大きなものだ。どうしてこんなものを持っていることに気づかなかったのか――

「……あの、ていうことは俺、寺からその人形を剥き身で抱っこしてきたってことですか?」

 色々前科のある人形のこと、万が一輸送中に車で事故など起こさないよう、徒歩で行くように指示されていたのだ。寺からこの事務所まで片道約三十分……そういえばすれ違う人が、やけにこちらをじろじろ見たり、振り返ったりしていたような気がする。強面の巨漢が白昼堂々、使用感のある赤ちゃん人形を抱っこして歩く光景は、なかなか異様だったのではないか。

「そういうことじゃなぁ」

 と、志朗がこともなげに言う。

「……道理で道中ひとに見られると思った……」

「心中お察しする……でもそいつ、黒木くんのこと結構好きみたいよ」

「やめてくださいよ!」


 なおこの数時間後、帰宅しようとした黒木は志朗に「黒木くん、また気づいてなくない?」と半笑いで問われて、もう一度気味の悪い思いをすることになる。

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