第19話 □ 再戦と迷い子

□ 再戦と迷い子



「…イヤダ……」







「………コナイで………」





「………………コワイ…………コワい……」




「……こわい……………こなイデ……………コナイデ………怖い………」


「ハイジョ……データ……イジョウナスウチ、カクニン……ハイジョ……」


夜の街中を走り回る。


警察官が追いかけてくる。


その人数は段々と増えていった。


交番の横を取ると、また一人二人とゾロゾロと………。




「ハイジョ……データ……イジョウナスウチ、カクニン……ハイジョ……」


「ハイジョノ……ターゲットトシテ……ニンシキ……タダチニハイジョシマス……」




《エラーです》


《データが読み込めません》


《エラーの問題解析不可能》


《修復不可能》


《データが読み込めません》


《生命反応感知》


   ◇◇◇




「……」



「……う………」


「おっ……起きたか、大丈夫か⁉ 急に倒れたからビックリしたよ」


「あれ……私……」


 霧咲はベッドから体を起こすと右手で目を擦り始めた。


「あれ……私何で寝てたの……そうだ敵は⁉ 敵はどこ‼」


 その言葉を聞いた神夜はベッドの横で胡座をかいていた。


「あぁ~敵ね~……敵は全部霧咲が倒してくれたじゃないか! 何言ってるんだ~」


「えっ! 私が一人で⁉」


「その後疲れて寝ちまったじゃん……憶えてないのか?」


 神夜は事の顛末を霧咲に話したのだが、霧咲の様子がおかしい。


どうやら自分があの後どうしたのか覚えていない様子だった。


「うん……」


 霧咲が全ての敵を全滅させたのにも関わらず、そのことを自分では覚えていなかったみたいだ。


――やっぱり、あの時の霧咲は、今話している霧咲とは別の人格なのか……―――。


霧咲の顔をまじまじと見ながらの考え事だった。


「……何よ……何か顔にでも付いてるの……」


 何のためらいも無く霧咲は顔を近づけながら首を傾げ、神夜を見る。


「あっ、いや……何でもないよ……何でも……あはは~」


 神夜はそう言うと胡坐を止め立ち上がり、次元転送ドアの前まで足を運んだ。


「え~と……トイレって、どの番号の部屋にあるのかな~……」


「トイレは~え~と、確か17番だったよ」


「17番……17番とっ……これか」


 17番のボタンを押し神夜は次元転送ドアの中に入っていった。


 神夜が入った所は部屋がいくつもあった。


一人しか歩けない狭い廊下の奥にトイレがあり、両端には交互に部屋がいくつも並んでいた。


 用を済ませてさっき見たいくつかの部屋、その中の一つの部屋を開けて見た。


「何だこれは……でも何となく………こうじゃないかと……予想はしてたけど………」


 その中は宇宙の様な広大な闇が広がっていた。


その闇はひたすら続いているようで、あらゆる物を飲み込みそうな暗い闇に見えた。


 気を許すとここが仮想世界だということを忘れてしまいそうだが、こういった確実に非現実的な空間を見てしまうと、嫌でも思い出す。


 ここが現実世界ではなく仮想世界(データワールド)などということを……。


恐らく次元を無理やり繋げたことによって、それ以外の場所は全てこんな感じになっているのだろう。


神夜はその部屋以外にも部屋を開けてみることにした。


ほとんどの部屋は最初に見た部屋と同じようなものだったが、最後の部屋だけは違っていた。


この部屋だけは人が普通に入れそうな部屋であったため、その部屋に踏み込んでみた。


ガラクタの山がある。だが、よく見るとどれもまだ動くようだ。


その部屋の中には山のように積まれていたガラクタ達。


恐らく、霧咲の開発したものなのであろう。これらのガラクタの作者がなぜ霧咲なのかとわかった理由は見れば分かる。


なぜなら、どのガラクタにも開発者の名前が刻まれていたのだから。


―――やっぱり研究者の遺伝子を引き継いでいるんだなぁ~―――。


次元転送ドアのような斬新な発明品が数多く積まれている部屋。


発明品の部屋だった。


「……これはデータチップか……こっちは何だ……懐中時計……これもあるのか……」


 神夜はそのガラクタから使えそうなものをあさり何か作り始めた。


「神夜くん遅いな~トイレに行くって言ってから時間がかかりすぎだよ~30分もかかってるじゃない……」


「ガチャ! ガチャ!」


 


次元転送ドアの向こうから銃弾を装填する音が聞こえた。


「何、敵………」


 霧咲はすぐさまベッドから降りると戦闘姿勢になり謎の光を待ち構えた。


黒光りするガンブレードが目に入る。それをもっていたのは神夜だった。


「霧咲、何やってんだ⁉」


「神夜くん……だったの……あれ……」


霧咲の蹴りは神夜の顔面すれすれで止まった。


「何で神夜くんが、ガンブレード……持っているの………」


神夜がもっていたのは、どんな物でも撃ち抜く鉄の塊を高速で打ち出し、ターゲットを狙い撃つ、拳銃と鋭い刃が付いている武器だった。


「このガンブレードか? これ落ちてたから拾ってきたんだよ!」


「それにそのガンブレード……データ人間の持ってた武器だよね……」


 神夜の手にあったのガンブレードはシルバーとホワイトで構成されたカラー武器。


 このガンブレードはデータワールドの武器としてデータ人間が持っている武器だ。


「そうだよ、外に落ちてたから持ってきたんだ」


「そうだよって………持ってこれたの……」


霧咲は真剣な顔をして神夜に問いかけた。


「えっ……まぁ……」


「ガンブレードは私たちが持つとエラーを起こし消滅してしまうの、なぜならその武器が私達に渡った時、ウイルスと認識されて自動的に消滅するようになっているのよ……。要するに情報で作られたデータの武器……」


「そんなことないよ……誰が持ってもエラーしたり、消滅したり、なんてしないよ。だってこのガンブレードはデータで作ってないから消滅しないよ。現に今俺が持っていられる事が証拠だよ……」


「何で……何で神夜くんがそんなこと知ってるの……」


「あっ……それは……」


「あと神夜くん……その制服どうしたの……」


「制服がどうしたの⁉ 霧咲とあった時からずっとこの服じゃないか!」


神夜の制服はこの世界に来たばかりのものだった。


つまり、仲間の証として新しい制服に着替えているはずの神夜ではなく、初めてであった時の制服のままだった。


「やっぱり……」


 神夜の持っているガンブレードを叩き落とした後、体を横に倒しスライドしてガンブレードを神夜から奪った。


「霧咲! 何の真似だよ、霧咲‼」


「何の真似だって……それはこっちの台詞よ……ねぇ……夜魅……」


「……何言ってんだよ……俺が夜魅なはず無いだろ……」


「いいわ……説明してあげる……まず貴方が持ってきたこのガンブレード……私がデータ人間の持ってる武器だと言うと、ためらわずそうだと言った……まず本物の神夜くんだったら、敵の武器かなんてわからないはずよ……。少なくとも私と出会った時からは知らないはず」


「そんなの霧咲に合う前に襲われたから知ってただけだよ……」


「そうね………それじゃあ……私がデータの銃と言った時貴方は、それは違う………データでは作られていないと言ったわね……。何で襲われただけなのにそんなことまで分ったの……」


 つまり、霧咲は、偽物の神夜だと思い、嘘の情報を伝えたのだ。そして、見事その罠に引っかかったということだ。


「それは……」


「最後に言うけど……神夜くんの制服は今、その服じゃないのよ、新しくしたの……多分あなたはそうも知らずに神夜くんをどこかの部屋に閉じ込めて神夜くんに化けたって所ね」


「…………ふっ…………ふっ……ふっふっふっハッハッハッハグッ」


神夜の姿から段々と変化し夜魅になった。


「何がそんなに可笑しいの……」


「だってさ……面白そうだから化けて出てきただけなのに……そんな得意げな顔して推理されてもさ~……。何で私があんなクズの人間を閉じ込める必要があるのよ~………それに分った所で何になるのよ…………あなた一人で………………」


見破られた途端に奇妙な笑い声とともに、神夜の姿のまま声だけが夜魅に変化していく。


 声が変化した後足元から段々と夜魅の姿に変化していく。


 その変貌の最中は青白い粒子が放たれたところから変化していった。


 こういった事ができるのがこの仮想世界の常識だ。


 そんな時だった、次元転送ドアの向こうから本物の神夜蒼麻が出てきた。


「霧咲~トイレに行ったついでに、霧咲の発明品の山見つけてさ~でもその後、ドアが閉まっちゃって、なかなか出れなかったんだけど………もしかして他のドアも同じ感じで立て付け悪い⁉」


 夜魅は神夜を凝視して目を大きく開けながら言葉を発した。


「来たか……あのドアに鍵をかけたのにもう出てこれたのかぁ……ハッハッハッハグッ」


「お前は……夜…魅……‼ ドアが開かなくなったと思ったら、夜魅‼ お前が鍵をしめたのか‼」


 つまり、神夜が入った部屋のドアをしめて、こっそり鍵をかけ閉じ込めたというわけだ。


 それをどうにか発明品でこじ開けたといった状態であろう。


 神夜の目に映るのは、黒いマフラーを首に巻いた黒髪ロング姿の夜魅だった。


「あの少女をどこに隠したの⁉ 教えなさい……教えてくれないなら死んだ後データを確認するまでよ……フフ」


 夜魅は神夜を見るやいなや攻撃の準備を初めた。


「神夜くん‼ 逃げて‼」


 霧咲の声が小さい部屋の中に響き渡る。


「シャドーボール……行け‼」


夜魅の両手には黒い塊の球体(シャドーボール)が形成され、夜魅の言葉に反応したようにシャドーボールが二つ神夜の方へと飛んでいく。


 すかさず、霧咲が青白い光を放ち駆け寄ろうとしたが、とうてい黒い塊の球体(シャドーボール)のスピードには勝てない。


 夜魅のシャドーボールが神夜にヒットした。


「ドカーン‼」


「シャドーボールが2二つヒットして、助かる奴などいないよ……。ハッハッハグッ……ッ……諦めろ」


「……」


 黒煙が部屋の中でドンドン充満していく、ドア、窓、あらゆる隙間から煙が少しずつ漏れて外の空へと吸い込まれるように天へと昇っていく。


「神夜……くん……」


煙が充満している部屋は何も見えなかった。


神夜の姿は黒い煙で見えない。


「次はお前だよ……霧咲」


「夜魅……」


「ふっ……カスの一匹が死んだ事でもう戦えないとか思ってんのか……弱いな……お前も…さっきのクズも……弱い……弱いぞ‼ ただの人間は‼」


夜魅は両手を上に持っていき手を広げ、その中にシャド―ボールを形成した。


そのシャドーボールは今までのシャドーボールとは違い今までの三倍の大きいさは軽々と越えていてこの家は軽々吹っ飛ぶ位の威力にはなると思われた。


 そんな時、夜魅の背後に人影が見えた。


「……誰が……クズだって……」


「……まさか……!」


「そのまさかだよ……夜魅……」


「神夜くん‼」


夜魅の背後を取った神夜。


 だが夜魅にはそんな事よりもどうして生きているのかの方が気になる。


「お前どうして…………生きてるんだ! なぜ……なぜだ‼」


 夜魅はそう言い放つと背後の神夜を振り払い何倍ものシャドーボールで刀を形成し、神夜の頭部目掛けて振り下ろした。


「神夜くん‼」


 神夜はその釜を受け止めた。


「ふ~危ない所だった~」


 神夜は謎の粒子のシールドを展開し、そのシールドで夜魅の構築した釜をあっけなく止めた。


「なっ……なんだ……それは……」


「これか……これは霧咲の失敗作だよ……」


「失敗作だと……次元転送ドア以外にもこんなものを作っていたのか……」


「神夜くん、それって……」


「霧咲の血……やはり……あの男の血が流れていることはある……。今のうちにやらないと……危険ね……」


 そんな事を一人で呟いた。


「あの男の血……その男って……まさか……」


 霧咲だけではない。


神夜もその時あの男が誰なのかが解ってしまった。


 神夜は夜魅に問いただした。


「霧咲の父親とお前はどういう関係だ……」


「関係か~あえて言うなら……私の今の主って言うのかな~。私は下に付くのはあまり乗らないのだけど………。私と目的が少し似ているのよ~まぁ……。用が済んだら主も消すつもりだけどね~………」


 夜魅は神夜の問いに軽々しく答えると、夜魅はその場でしゃがみ込んでしまった。


「会って……どうするつもりだ……お前……」


 夜魅はまだ何か言いたそうな顔で神夜を睨みつけた。


「そ……それは……その……」


 神夜は夜魅から目をそらすと、じっと下を見てうつむいてしまった。


「まぁ~お前が主に何しようと、ただの人間には何もできないからね~でも……こっちの子はそうは行かないみたいだから……ここで消そう……かな」


 夜魅はそう言うとゆっくり立ち上がりシャドーボールを構築して、霧咲に投げつけた。


「わっ‼」


 霧咲は慌てて左側にジャンプしてシャドーボールを避けた。


 途端にもう一個のシャドーボールが迫ってきた。


 そのことを予想していたのか霧咲は先ほどとは違い華麗に回転しながら、シャドーボールを避けて見せた。


「やるな~といいたいけど……次は避けれるかな……ハハッハグッ」


「何⁉」


 霧咲の読みは外れたと言わんばかりのもう一つのシャドーボール。シャドーボールは二つだけではなかったのだ。


そのシャドーボールはもう霧咲の目の前までに迫っていたのだ。


「クッ!」


 霧咲はシャドーボールの流れに従い体を仰け反り地面に付いた。


「あれ……もしかしてそれだけで避けた気になってんの……霧咲……」


 夜魅の攻撃は確かに避けきったはずなのに、何だか夜魅の言葉が頭に残る。


 その言葉の意味は神夜にはしっかり認識出来たようだ。


「マジかよ……!」


 いつこんなものを作り上げたのかは分からないが、周辺には小さいシャドーボール達が霧咲の周りにだけばら撒かれていた。


 そう、青い鬼の仮面を被っていた時の攻撃にとても似ている。


「……!」


「バーン‼」


その爆発音は小さな部屋に響きわたり、天井の屋根や壁、あらゆるそこにあったものが無残にもバラバラになった。


気づくとそこには夜魅ただ一人だけ立っていた。


夜魅は爆発の直前に自分の黒い球の塊(シャドーボール)を自分の周りに展開させ自分の身を守っていた。


「……これで終わりか……。やはり……アイツもバラバラに吹き飛んでしまったのか……面白くない……無駄足だった……」


 そう言うと夜魅は外のデータで作られたであろう草原へと脚を運ぼうとした。


「……待てよ……誰がバラバラに吹っ飛んだ、だって………」


「……⁉」


 夜魅はなんとなく解っていたのであろう、神夜の声を聞いたとたん、顔色が変わった。


「……ハハッ……」


「神夜くん……!」


「……面白い……無駄足じゃなかったようだ……」


夜魅は凄く楽しいものを見つけた目のように、目が輝きわくわくしているように見えた。


「それじゃあ……もっと面白いものをぶつけてみようかな……」


 そう言うと夜魅の背中に青黒い粒子が生成され始め、背中の肩甲骨あたりから、みるみるうちに翼が生成される。


「ちゃんと避けなきゃ……今度こそ死んじゃうよ……」


「何だ……」


 その夜魅の翼からは邪気のような威圧感や恐怖感が視覚からでも伝わってくる。


 神夜と霧咲は絶句した。


 その翼を生成中に、夜魅本体にも変化が起きていたのだ。


 髪の毛の色が根元から段々と黒色に染まっていくではないか……。


霧咲の変化とは真逆で幼くなっていく。


みるみるうちに、高校生ぐらいの姿から、中学生のような姿に変化していく。


変化の最終段階として、黒髪の先端から、青色に髪の毛が染まっていく。


その姿は、もう一人の霧咲を見ているようだった。


「これはね……もう一人の私なの……」


「これって……もしかして夜魅……お前も二重人格か……」


「はぁ~⁉ 二重人格だって……まぁ~表の本性は裏に出てくるもんだけど、合いにく、私は裏も表も無いのよ……だからこの姿でもまったく同じ人格……。二重人格じゃないわ……コイツと同じにしないでよ……フフッ」


――二重人格じゃない……⁉―――。


それを聞いた神夜は夜魅と霧咲を重ね合わせて考え始めた。


―――じゃあもう一人の霧咲は何者なんだ……もしかして、弱いと自分を決め付けているのか……だから力がある霧咲が出てきて、もう一人の霧咲の人格が生み出されたのか……そしてその意識が別の霧咲、いわゆる二重人格になってしまったってことか……一体……どういうことなんだ⁉?……―――。


神夜は悩みに悩むが考えている答えは一向に出ない。


 そんな事を考えているうちに、夜魅は自分の翼から刀を作り、凄まじい邪気を漂わせて飛び掛って来た。


 翼から、引き抜いた羽はみるみるうちに刀に形を変えていき、鋭い刃と化す。


「速い!」


 霧咲は神夜の手を掴むと高く飛び上がり後ろに引いた。


「霧咲……大丈夫か……!」


「クッ……」


 さっきの夜魅の攻撃で霧咲の足にかすり傷が付いて、血が流れ出ていた。


「まだこないのかしら……来ないのなら……やりたくなる状況にしてあげるわ……フフ」


 そう言うと夜魅は刀を振り始めた。


「シャドーカッター‼」


 その《鋭い邪気の刃(シャドーカッター)》は神夜に向けられたものであった。


「クッ……アァッ……」


 神夜は霧咲の失敗作から作り出したシールドを展開して攻撃を防ぐ。


「それさ~……もう持たないんじゃない‼」


 夜魅はそう言い放つとどんどんと、シャド―カッターを刀から放ちぶつけてきた。


夜魅の宣告通りシールドに段々とひびが入り始めてきていた。


「このままじゃ……」


 その時だった、霧咲が神夜の背後からジャンプし、背中についていた拳銃を奪った。


夜魅から奪った拳銃を使い夜魅が放ったシャドーカッターを打ち消していく。


「……!」


「案外やるね……」


「タァ――‼」


 霧咲は再度ジャンプし、夜魅の上を取り拳銃で夜魅目掛けて光の弾丸を放った。


「でも……この刀は触れた光を全て吸収しちゃうんだよね……」


「クッ……」


 拳銃の光は三秒ほどで邪気を放つ刀に吸収されて消えてしまった。


 そう、この拳銃は予備で夜魅が装備していた武器だが、こんなふうに敵の手に渡った時を想定も可能性があるため、自分にダメージが喰らいにくい銃を装備していたのだ。




――まずい‼。




「霧咲‼」


気づくのが遅かった。


シャドーカッターを打ち消せている時点で気づけなかった自分に悔いる霧咲。


なぜなら、普通ならシャドーカッターを打ち消すことなどできず、弾丸がすり抜けて攻撃が貫通するのが普通だ。


だが、特殊な光の弾丸を放つことができる銃だ。


つまり、光の攻撃を打ち消す能力を持っている夜魅が作り出した刀ということは、当然光を打ち消す事など容易いと想定できる。


霧咲の所まで行き、シールドを展開できる距離ではない。


そして、そんな時間もなかった。


 なぜならそんな数秒の行動ですら、間に合わないほどにまで、夜魅の刀が振り下げられ霧咲にあたる直前だったからである。


「キャ―‼」


 霧咲は地面に叩きつけられた。


 だが霧咲には夜魅の切り裂いた後や、血、傷跡すらなかった。


「なっ……これは……」


 霧咲と夜魅の振り下ろした刀の間には神夜が使っていたシールドがあった。


「ふう~間に合った……」


 だがそれだけでも霧咲のダメージは酷く動ける状態ではなかった。


 霧咲はその場からピクリともせず倒れたままだった。


「またお前か……邪魔しないでくれるかな~……何回も助けちゃって……邪魔なんだよね……先にこっちからやっぱ……霧咲……その後……やるか……フフッ」


「あっ……」


「これで死ねることを……誇りなさい……」


 夜魅は大きく翼を広げ、目を閉じ数秒してから目を開いた。


「……摩天楼(まてんろう)……」


そこにあったであろう物は愚か、少し遠くの木々まで異様な邪気で枯れ腐り始めた。


 夜魅はその翼で空高く上がり急浮上しそのまま急降下、刀を体に密着させて凄まじい邪気とスピードで神夜に落下してきた。


「惨殺(ざんさつ)‼」


「ビュ―――ン‼」


 神夜は絶体絶命のピンチだった。電車の時もそうだが、神夜は悪運が強いらしい。


 とっさに両手を上げてその腕をクロスさせガード体制に入ったが、恐らく、腕は軽々切られ、顔に刀の攻撃が到達するだろう。


 その時だ。


「―――これは―――桜―――!」


神夜の頭上に風が吹いた。


 それもただの風じゃない、強風……いや…激風……そう…まさに……嵐


「春嵐‼」


 その風は神夜の浮上まで、迫りゆく夜魅を空中で止めるぐらい強い強風。


 その風は風の壁となって、夜魅の攻撃をそらしながらも、そのあまりにも強い風で逆に吹き飛ばしてしまったのだ。


「……チッ」


「風絶軌‼」


 風で構築された風の刀、その刃から繰り出されるのは風の鋭い攻撃。


風の強さ、風の向き、風の鋭さが変わり、風達は鋭くすばやい風になって夜魅を対象として切り裂いて行く。


「ガアァァ―――‼ ……グハッ」


 傷口はほとんど浅くそこまで酷くはない。


 だが夜魅の体は風の刃でボロボロになり、青黒い粒子が傷口から出ていた。


「やってくれたわね……ハァ……ハァ……霧咲」


 夜魅はかなり力を使ったからなのか息が荒く少しふらついていた。


「神夜、ケガわないか!」


 霧咲の姿はもう一人の霧咲。


 神夜に意識が向いていた間にもうもう一人の霧咲に変化していたようだ。


「ありがとう、助かったよ……霧咲」


 神夜と霧咲は、お互いの安否が無事なのを確かめ合うと、神夜は夜魅に言葉を掛けた。


「夜魅……お前は何のためにその男の下について何をやろうとしているんだ⁉」


「そんな事を聞いて、どうしようと……」


 夜魅は少し気持ちを揺らいだらしい、この言葉だけはいつもの憎しみの想いよりお前は何をしたいといわんばかりの女の子に見えた。


「友達になりたい」


 神夜の発現は誰が予想できたのだろう、夜魅はその言葉を聴くとまた自我をなくした獣のように怒り狂い始めた。


「お前、いや……クズだったな……そのクズが私と慣れ親しもうだと、フッ、フフッ……」


 過去にトラウマがあるかのように馴れ合いを嫌う夜魅。


 夜魅はそう言うと翼からもう一つの刀を構成し、神夜の前まで瞬間的に現われた。


「わっ!」


 その瞬間、夜魅の目の前に立ちふさがるものがいた。


「霧咲‼」


 霧咲は風の刀、夜魅は邪気の刀、二人はぶつかり合うと激しく切りあった。


「神夜には手を出させん‼」


「霧咲‼ 危ない‼」


 夜魅は巧みにもう一方の刀で霧咲を切り付けた。


「……クッ‼」


 まさに二刀流と一刀流の勝負だった。


「キーン‼ キーン‼」


 二人の戦いはほぼ互角に見えた。


 鋭い剣先の動きをお互いに読み合い防ぎ攻めている。


 夜魅と霧咲の戦いは神夜からして見た時、何かのアクション映画のワンシーンにも見えるくらいお互い一歩も譲らなかった。


「ハァー‼」


「ヤァー‼」


「キーン‼」


「バーン‼」


 夜魅は邪悪な力で風の力を打ち消し、霧咲は風の力で邪悪な力を打ち消す、その連鎖でお互いの力を打ち消し合い、力を消耗していく。


「この二人……互角に戦ってる……ガードも攻撃もお互いに見切りながら判断してろのか⁉」


 神夜はついつい口に出して分析してしまった。


 しばらくすると夜魅の髪の毛が黒髪毛先青色から銀髪色に変化してきた。


 身長もだんだん成長していき、高校生ぐらいの背に戻っていく。


 よる身は、自分の気を圧縮して身体強化をしているようだが、霧咲は、その逆で、気を開放することで、一時的に成長している様に真逆だが、どちらも身体強化として、有効的な強化方法らしい。


「チッ……あの時に無駄に消耗したか……」


 急に動きが鈍くなる。夜魅は攻めを止めひたすらガード体勢に入った。


「もう、おしまいか、夜魅……もしもこの力で終わりだとしたら、次の攻撃で命取りになるぞ……」


 もう一人の霧咲はそう言うと、夜魅の左手で持ってた刀を切り飛ばした。


「……クッ……」


 夜魅は一歩下がると、慌てて近くに居た神夜に刀を向けた。


「フフ……それ以上動いたらコイツを殺すぞ………。お前はコイツの事となるとなぜか隙ができる……。だったらコイツさえこうして捕まえておけば…………手は出せないだろう……フフ」


 夜魅はそう言いながら神夜の後ろに歩み寄り、首元に刀を突き付けた。


「……」


 もう一人の霧咲は何も言わず、ただ涼しそうな顔で夜魅を見ている。


「……」


 夜魅もまた霧咲の姿を見て沈黙した。


「夜魅……私の力を忘れたとしか思えない行動を取ったな…………私は風の力を使うものだ。風なら自由に使える……それがどういうことか解るな……失敗したな…………夜魅」


 夜魅は霧咲の言葉を聞き、その意味をすぐさま理解した。


(ヤバイ……霧咲は風使いだ……風がある所……いや、空気がある所なら風を起こすことだってできるはずだ………)


「……空風……乱れ桜……」


 霧咲の言葉に風が反応した。夜魅の背後には風が起きどこからともなく、桜の花びらが舞い始めた。


 その桜の花びらは乱れながら高速で回り始め、夜魅の背を切り裂いた。


「ギァァァ―――――――――――――――‼」


 その悲鳴とともに神夜は夜魅の拘束から解放された。


「夜魅……悪いがここでお前の命、絶たせてもらう…………お前を生かしとくのはあまりにも危険すぎるようだ……」


 霧咲はそう言い放つと夜魅に刀の先を突き付けた。


「…………夜魅……。最後に言い残す事はあるか……」


 夜魅はその言葉を聞くとなぜか笑い始めた。


「アッハッハッハッハッハッハッハッハグッ…………可笑しなこと言うじゃないか……この世界の私は、不死身なのだぞ。そんなことも知らずに戦っていたのか……そう言えば…………知らなかったのか……もう一人の霧咲というお前は……フフ」


 もう一人の霧咲はその事を知らなかったのは本当だった。


「……フフ……フフ」


 もう一人の霧咲はそう言うと、刀を高く上げて目を閉じると、言葉を言いながら夜魅の目を見た。


「不風……死眼‼」


その瞳は真っ赤に光り輝き目の中には死の証と思われる紋章が浮かび上がっていた。


 振り上げた刀からは白い霧が糸のように一本ふわりと出てきて夜魅の瞳の中へとゆっくり入っていった。


「まず一回目――――――――――死の痛みを味わってみるか……」


 もう一人の霧咲は平然とした態度で夜魅の返答を待った。


「……殺せるものなら…………やってみな……フフ」


「その台詞、一度死んでから、もう一度聞かせてもらおう…………」


 もう一人の霧咲はそう言うと高く掲げていた刀を斜めに傾けながら下ろし、真っ赤な瞳を閉じた。それと同時に夜魅が叫び始めた。


「ギャアアァアァアァアァアアァ――――――――――――――――――――――‼」


 夜魅の叫びは突然始まり突然すぐにおさまった。


「ハァ……ァァァ……クゥ…………」


 夜魅は今まで見せたことの無い弱弱しい声で霧咲に告げた。


「ハハァ……殺せてもこの程度なの…………この程度なら……フッ」


 夜魅が無理をしているのは見え見えだった。なのにまだ見栄を張ろうとしている夜魅にもう一人の霧咲は問いかけた。


「夜魅……お前は私が言ったことが理解できなかったのか? 私はその痛みを一辺にと言ったのだぞ……次はその二倍だ」


「‼」


「まぁ、それを知っていたととらえていいのだな……そしてまだいけると……よしよし、解った。次はやはり10回の死の痛みを受けてもらうとするか……それでもまだそんなことが言えるか試してみよう……いゃ、喋ることすらできないかも知れないな……」


「や……やめろ……よせ……よせ……やめてくれ…………頼む‼ お願い、止めて‼」


 夜魅はそれを聞いたとたんもういじやプライドは微塵も感じられず、ただのか弱い女の子に見えた。


 だがそんな事には目もくれずもう一人の霧咲は10回分の死を呼ぶ言葉を口ずさんだ。


「不風……増減死眼」


 先をほどと、同じ体制になり目を開く、真っ赤な目が夜魅の目を捕らえる。ここまでは同じだ。


 その後の刀から出る白い霧が10本に変わっていた。


「これで次は……あるか……夜魅」


そう口ずさむと刀を斜めに傾け、ゆっくりと下した。


「ギャァァァァァァァァぁぁぁぁぁああ――――――――――――――‼ グはぁッ………………ッ」


夜魅の叫びは先ほどとは変わり者にならないくらい、苦しそうで吐き気がするほど酷い叫びだった。


「…………」


夜魅は何も喋らず下を向いたままになった。いゃ、恐らく喋れないのであろう。そう思うのが妥当だ。


「やはり……こうなったか……仕方ない………………」


 もう一人の霧咲はそう言葉を漏らし、刀の周囲に風の力をまとわせる。


 その力を集めた刀の刃は青い粒子に包まれ、妖気のようなオーラが付与されていた。


「これで終わりだ……夜魅」


 もう一人の霧咲が刀を振り下ろそうとした瞬間。


「ちょっと待ってよ霧咲! 夜魅はもう十分罰を受けたよ‼ これ以上やって夜魅が死んだりすれば、霧咲も人殺しになるんだよ……」


―――この世界(データワールド)で、命を落とせば死んでしまうとガイドAIから教わったからな……―――。


 神夜は壁に寄り掛かっている夜魅の前に行くと両手を広げてかばった。


「……何を…………神夜……そこをどけ……」


「それは無理だ……霧咲を人殺しにはさせないよ……」


「……」


「これを機会に夜魅に親の居場所だってはかせられる……ここは生かしとこうよ」


 神夜は必死にもう一人の霧咲を説得する。


「関係無いな……」


「…………」


「だから私には関係が無いのだ、そもそもそれは表の霧咲の方だろ。私は裏だ。何も知らない」


「えっ……そうだったんだ……」


「仕方ない、なら、この場はひとまず表の私に任せよう……」


 そういうと神夜に背中を向けた。


 裏の霧咲はみるみるうちに小さくなり、髪の毛が白とピンク色から黒く変化していく。


もとの姿に戻る気を失い倒れてしまった。 


 


  ◇◇◇


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