EP034
アリスは、その美しい瞳で私の顔をジッと見ていた。
その整った顔が、私の顔を覗き込んでいる。
息がかかるほどの距離で、私の顔を覗き見ている。
近づけた顔から、アリスの柔らかな髪が垂れる。
アリスの髪が、私の顔に触れている。
しかし、
私の顔は、アリスの髪が触れる感触をもたない。
否、
もつことができない。
冷たい湿気しか私には感じれない。
その私の想像とは違う感触が、私の脳を混乱させる。
癇癪のような苛立たしさを覚えてしまう。
落胆が重く私に覆いかぶさってくる。
『も、もう…、やめてくれ…。』
そう思った刹那、
私の顔をジッと見ていたアリスが体勢を変えた。
アリスは顔を遠ざけた。
そして、ホログラムの両手で私の顔に触れてきた。
その両の手のひらで私の顔を覆い隠した。
今までぼんやりと見えていた私の視界は、水蒸気で完全に失われた。
アリスの両手の冷たい冷気が、私の顔を覆い尽くした。
水蒸気の冷たさが私の顔の皮膚の感覚を麻痺させる。
冷たさでこめかみが痛くなる。
カチカチと歯が鳴る。
私の意識は薄れていった。
「ジロ、ワタシの世界に行こ。」
意識が朦朧とする中、私の鼻孔と耳孔に細い糸のような異物が挿入される感覚を覚える…。
その刹那…、
「バチッ」
頭の中で…、嫌な音が響いた…。
「う、ううんんんん…。」
何かが顔をくすぐる刺激で意識を取り戻した。
いたずらっぽく少し強制的に起こされた気分だったけど、とても良い長い眠りについていたように思う。
嫌な気分はしなかった。
自然に瞼を開く。
目覚めたばっかりでまだぼやけた視界には、たくさんの鮮やかな緑色のものがたなびいていた。
胸一杯に深く息をする。
取り込んだ大気には、暖かい風に乗って運ばれて来た若草の香りがした。
肺に取り込んだ爽やかな温かい空気が、身体中をめぐる…。
身体が目を覚ます。
僕はゆっくりと身体を起こしてみた。
背中をもたげた瞬間、爽やかな若草の香りが鼻をくすぐる。
とてもぐっすり眠っていたんだろう、身体がとても軽い。
立ち上がりしっかりと目覚めた頭で目に映るものを咀嚼する。
僕は…、
丈の長い草の生い茂る緑の平原の中にいた…。
優しい風に吹かれてしなやかにたなびく青々とした草々…。
そこは、見渡す限りの緑の大地だった。
僕はそこにポツンと立っていた。
暖かい風が、優しく僕の顔を撫でていく。
その風に吹かれて僕の髪も僕の顔を撫でる。
『心地良い。』
空は雲ひとつない青空。
その空の青と大地の緑が、遠い遠い視線の先で境い目なく交わっている。
僕の目の前にはそれほどまでに何もない。
僕はこの場でゆっくりと一回転してみた。
一回転する僕の視線を遮る物はなにひとつない。
それはどこまでも延々と続く空の青と大地の緑。
『僕は…、こんなに目が良かったっけ…。』
何も考えることなくこの壮観な景色を眺めていた。
何もないにもかかわらず、見飽きることは全然なかった。
どれだけそうしていたのだろう…。
急に僕の目の前の緑色の空間が、ファスナーを下ろすように裂けていった。
常識では考えられない不思議な光景を目にした割りには、僕には全く驚きがなかった。
その裂け目は、ゆっくりとだが、どんどん長くなっていく。
そして裂け目は、ゆっくりとだが、どんどん広がっていった。
その裂け目から覗き見えたものは、真っ黒で真っ暗な空間…。
その中を高速で縦横無尽に動き回る輝く様々な文字や数字の列。
その後、裂け目は真円状の穴になった。
更に、その穴から見える真っ黒な暗闇の奥の方から小さな声が聞こえてきた。
「いたいた。」
その小さな声は、なにか聞き覚えのあるような気がする声だった。
≪続く≫
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