EP032

私は…。


…。

とうとう、自分自身の欲望に気づいてしまった…。


今のこれ以上を望むものなどないと思っていたのに…。

これ以上を望んでも、不可能なことは理解しているはずなのに…。

それなのに、私の欲望は日に日に膨れ上がっていく一方だった…。


『あれだけ変態を繰り返したアリス…。実物の体を持てないことはないはず…。』


私はアリスに…。

ホログラムのアリスに…。

それに、実体を望んでいた…。

いつしか、夢が欲求に変わっていた…。

不可能と知りながら、アリスなら叶えてくれると思い込むまでなっていた。


アリスに触れたい…。

アリスの熱を感じたい…。


しかし、なぜこんな心持ちを持つのか、私には分からない…。

気持ちが、欲望が、どこから沸き立つのか分かっていない…。

この感情が何なのか、全く理解できない…。


たぶん、これが脳炎による私の障害…。

ある一部分の感情が、全て欠落してしまっている…。


怒ることは…、少しできる…。

悲しむことは…、少しできる…。

喜ぶことは…、少しできる…。

怖がることは…、できる…。

笑うことは…、ほんの少しできる…。


なのに、

何かとても大きな何かが、抜け落ちるている…。






アリスの言動に、アリスの仕草に、アリスの行動に、何かを…、何かが…、私の中に湧き上がる…。


その何かが湧き上がる時、私はモヤモヤする…。

その何かに満たされる時、私はポカポカする…。

その何かを失いそうな時、私はソワソワする…。


その何かが何なのか、今の私には分からない。

アリスに抱く私の情動は、これに全て当てはまる。

なのに私には、この心の機微が理解できない…。





私はアリスに求めている…。

何を…。


私はアリスに期待している…。

何を…。


私はアリスに願っている…。

何を…。


私はアリスに人間になって欲しいのか…?

分からない…。


私はアリスに今以上に何を望む…?

何も…。


でも…、

私はアリスに触れたい…。


なぜ…?

私がアリスの熱を感じたいから…。


どうして…?

分からない…。


なぜ…?

分からない…?


どうして…?


私の解のない自問自答は、私をグチャグチャにしていった…。
















「アリス…。」

「どうしたの?ジロ。」

「ううん…。何でもない…。」

「大丈夫?熱でもある?」


そう言うとアリスは、ホログラムの手を私の額に当てた。


「熱はないようね。」

「うん。」


ホログラムのアリスの手の冷たさと湿り気が、私のおでこを覆う。

この冷たさが、いつものように私の妄想を一瞬で現実に引き戻す。


『これで十分…。』


私は私の脳に言い聞かせる。






元々単なる球体でしかなかったアリス。

そのアリスが私のために、私にストレスを与えないために、私がリラックスできるために、人間の姿に近づこうと努めてくれた。

そのおかげで、私は快適な生活を送れるようになった。

障害者が持つ、孤独感、疎外感、孤立感、閉塞感、重圧感、圧迫感、…、そんな感覚を覚えることもなくなった。

障害者であるが故の息が詰まるような生きる煩わしさからも解放された。


これ以上を望むのは、贅沢…。

単なる、わがまま…。


『アリスが側に居てくれるだけで安心できるじゃないか…。』


そう理解しているはずなのに…、

アリスが私に平穏な環境を整えてくれているのに…、私の胸中は全く穏やかではなかった。






私がアリスに対する要望を持ち始めた頃は、思い悩むのはせいぜい就寝前の数分程度のことだった。

しかし、日々を過ごす毎に私の欲求は強くなっていった。

今では寝ても覚めてもアリスのことを考えている。

頭が破裂しそうなほどに考えてしまう。


『アリスを絶対になくしたくない…。アリスとずっと一緒がいい…。』


幻想、妄想に思い悩む時間だけ私は衰弱していった。

食うこともできず、寝ることもままならず、私は日がな一日、ソファで横になるだけの物体とかしていった。

アリスのことを考える以外のことは全て邪魔だと思った。





そして私は、動かなくなった。





≪続く≫

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