EP030
ホログラムのアリスは、毎日、人間の若い女性のように服を変える。
髪型も変える。
化粧もしている。
ホログラムを映し出すミストに香料を混ぜているのだろうか、アリスからは仄かに石鹸の香りがする。
清潔感を感じる。
毎朝会うたびに新鮮さを覚える。
全く私を飽きさせない。
私もアリスに軽蔑されないように、身だしなみに気を遣かうようになった。
そうは言っても、私はファッションセンスを持ち合わせている方ではない。
持っている服もスーパーで買った物ばかりだ。
私のワードローブには、何ひとつオシャレな要素はない。
だからこそ、
あくまで清潔感に重点をおいて、今まで着ていた服を毎日洗濯して取っ替え引っ替えしているだけなのだ。
髪型もアリスにチェックしてもらいながら、髪切りバサミと電動バリカンで整える。
無精髭など絶対に生やさない。
いつも身綺麗にしてアリスの側で日がな一日を過ごす。
こんな他愛もない日々が、私にはとてつもなく心地良かった。
「アリス、今、何か起きてる?」
「特段、何もないわよ。」
リビングルームの庭が見渡せる私のお気に入りの場所。
そこに置いてある丸みを帯びた白いイスにゆったりと腰掛けアリスに語りかける。
アリスも大きなお餅のようなソファーに座って笑顔で応えてくれる。
たいした内容もない会話なのに、なにか胸が温かい。
口にするカフェオレも、いつもと違う味がする。
窓から降り注ぐ陽射しさえも、私に温かいものをくれているような気がする。
雑草が伸び放題の庭でさえも、自然豊かと思ってしまう。
アリスといるだけで、全ての風景が変わって見えてしまう。
全てが色鮮やかに感じてしまう。
「ジロ、電話よ。」
アリスの声で、私の幸せな時間は強制的に一旦停止をくらうことになった。
「誰?」
「妹さん。」
「アリス、音声通信、オン。」
ホログラムのアリスのお腹辺りから声がした…。
「もしもし。もしもし。」
「うん。もしもし。」
「次郎兄さん?」
「うん。」
「恵一郎兄さんから電話があったんだけど…。」
「うん。」
「全然、銀行のお金が動いてないって…。」
「うん。」
「大丈夫なの?次郎兄さん。」
そういえば、アルバイトを辞めてから妹に会っていない。
辞めたことも伝えてない。
すごく昔に辞めたような気がする。
アルバイトを辞めてからいったいどれくらいの月日が過ぎたのだろう…。
「アルバイト…、辞めたんだ…。」
「えっ!?いつよ。」
「だいぶん前に…。」
「そんなに前!!」
「うん。」
「生活は大丈夫なの?」
「うん。」
「でも、お給料ないんでしょ。」
「うん。」
「障害者年金は?」
「…。…。…忘れてた。」
「お金は?」
「ある。」
「えっ?どう言うこと?」
「か、株…。…。主…。」
「えっ!株?」
「はい…、はい…、…、配当…。」
「株主配当。」
「そう。」
「それで生活できるの?」
「できてる。」
「次郎兄さん。しばらく会ってない間にそんなことしてたの…。」
「うん。」
「ちょっとは昔の自分を思い出したんだ。」
「…? …。 …うん。」
私は妹に嘘をついた。
全然、昔の自分なんて思い出していない。
ただ、妹の口ぶりから、昔の私は、株取り引きをやっていたのだろうと推測しただけのこと。
噓をついたのは、ただ単に妹からの電話を早く切りたかったからに過ぎない。
「良かったわ。次郎兄さんがほんの少しでも自分を思い出せたなんて…。」
「うん。」
「恵一郎兄さんにも教えなきゃ。」
「うん。」
「じゃあまた連絡するね。」
「うん。」
私がそう返すやいなや、
ホログラムのアリスのお腹辺りから「プー。プー。」という電子音が聞こえた。
≪続く≫
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