EP024

8本の手を手に入れたアリスは、細々こまごまとした作業を器用にこなすようになっていた。

8本の手は、蛸の足のようにグニャグニャ動くこともあれば、関節があるように力を入れることもできた。

それに、通常の長さよりも五割ほど延ばすこともできた。


『アリスの頭に違う生物が寄生してるみたいだ…。』






見た目には若干の違和感を覚えるのだが、その手はアリスが言っていたように、私の服のボタンをつけてくれたり、私とトランプをしたり、私にカフェオレを淹れてくれたり…。

…と、

私の身の回りの世話や私の生活に潤いを与えてくれた。


ただ、あの細い触手のような8本の手が、飲み物の入ったカフェオレボールを運べるまでの力があることには正直言って驚いた。






そんな8本の手の作業の中でも私が殊更驚いたのは、文字が書けるようになった事だった。


アリスは文字を読むことはできる。

連携したモニターがあればディスプレイ上で文章も書ける。

しかし、手を持っていなかったアリスには、ペンを使って紙に文字を書くことは不可能なことだった。

それ故に手を獲得したアリスは、文字を書くことにとりわけ夢中になっていた。


書き始めた頃は、ペンを持つことさえもおぼつかなかった。

筆圧のコントロールにもかなり苦戦していた。

人間が思っている以上に、物理的に文字を書くということは難易度の高い作業のようだった。


8本の手を得てから、アリスは時間があればペンで紙に文字を書いていた。

力を入れ過ぎでペンを折ってしまったり、紙を破いてしまったり…。

それに順応できるようになっても、書けたのは文字とは言い難いものばかり…。

学習中のアリスを見ていると、人間の書写能力に今更ながらに感心させられた。


ただ、書写を始めて1週間もすると、アリスは書道の達人かと見まごうほどの文字を書くようになる。

楷書体、行書体、筆記体、…、どんな書体でも書けるようになっていた。

その上、私の筆跡を真似て書くこともできるようになっていた。






「アリス。なぜ書写を?」

「文字ができて、人の記録は始まりました。その記録は歴史となり現在につながってます。」

「うん。」

「ワタシにとって文字というものは、あくまでも記号のひとつとしてデーター化されているだけのものです。」

「そう。」

「だから、ワタシ自身から文字というものを知ろうとしたことはありません。」

「うん。」

「文字を知ることは、人間を知ること…。」

「そうなのかい?」

「その文字の発音も、書き順も、できた生い立ちも、全てデーター化されています。」

「うん。」

「それをワタシ自身の行動で習字することによって、現代まで残ってきた文字の意義を解釈できるように思えます。」

「そう。」


『それはニューロの考えなのか…、アリスの考えなのか…。』


「文字があったから、人間は脈々と続いてきた。」

「ふぅ〜ん。」

「だから、文字から人間を学びたい。」


『人を…。学ぶ…。』






アリスの人工知能をつかさどるニューロは、人間の脳組織に似ていると株式会社ニーンセファロンの人間は言っていた…、と、思う…。

データーの蓄積だけではなく、行動することで学習する。

赤ん坊が実態験することで学習して脳を発達させていくように…。

ニューロが人間についてより深く学びたいということなのだろうか…。

それとも…。













アリスは日本語の文字を修得し尽くすと、次は英語、次はロシア語、次はアラビア語、次は中国語、…、といったように世界中の文字を書写していった。

日本語の文字の時と同じように、手を使ってペンで紙に器用に書いていく。

一度、アリスが身につけたスキルは、圧倒的なスピードをもって世界中の文字を書写していった。


私が寝ている間に、世界中の文字の書き取りを済ませてしまっていた…。

たった一晩の内に…。


確かに人間がするそれとは違い、文字もお手本も書き順も、全てアリスの頭脳の中にある。

だから、手解きも、お手本も、何もいらない。

頭脳の中のデーターを書き起こせはいいのだから。

それでも一晩で終わらせることができるのは、凄い処理能力と言わざるをえない…。






ありとあらゆる文字の習字を終えたアリスは、次に世界中のありとあらゆる本を読み始めた。


ニューロとの連携で世界中の言語に対応できていたアリスは、世界中の文字を理解することによって、とんでもないスピードで本を読めるようになっていた。

ネットを介して様々なデジタル書籍を入手しては読破していく。

それは、論文から、学術書から、宗教書、果てはマンガまで何でもかんでも読み漁った。

それも、たった二晩で…。


時間のかかる物理的にペンで紙に書く書き取りとは違って、データ化された書籍を読み込むのは、アリスにとっては一瞬の作業らしい。

どんな分厚い本でも、読み込むのに1秒とかからない。


今の私は、その桁外れの処理能力に驚くことしかできなかった…。






世界中のありとあらゆる書籍の読破を済ませたアリスは私にこう言った。


「日本語が一番面白い。」


と…。





この時、日本人である私には、アリスの言葉の意味をよくは理解できていなかった…。





≪続く≫


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