EP008

私は過去に死にかけたことがある…、らしい。

断定できないのは、私にはその記憶がないからだ。


その時、私に起きたことは兄妹が教えてくれた…。

ただ、それが本当か嘘かは、私には判断しようがない…。





私は30代半ばに病に冒された…、らしい。

その当時、私には家庭があったらしく、妻と2人の息子たちと平穏に暮らしていた…、ようだ。


そんなある日、私は頭痛に悩まされていた…、そうだ。

私は大事ないと思い、単なる風邪だと判断し、市販薬を飲んでやり過ごそうとした…、らしい。

その頃の私は、ワーカーホリックだった…、みたいで、頭痛程度で勤め先を休むことも、病院へ行くこともなかった…、ようだ。


しかし、頭痛の症状は、数日経っても改善することがなかった…、ということだ。

それどころか、日を追うごとに私の頭痛は悪化していった…、らしい。

それでも市販薬でしのぎ切ろうとした私は、とうとう夜中に勤め先の一室で猛烈な頭痛に襲われ、そのまま意識を失ってしまった…、らしい。














…、私は目を覚ました。

…、眩しかった。

…、そこがどこなのか分からない。














私は知らない部屋の見たこともないベッドに横たわっていた。

体にはいろいろわけの分からない物がくっつけられていた。

ベッドの周りには、兄、妹、まだ存命だった父、それと知らない女性や子供らがいた。

今の私の記憶は、この時点からしか存在しない。






私が患った病名は【脳炎】と、言うことだった。

私が風邪だと思っていたものはインフルエンザだったらしく、それもかなりの強毒性のものだったそうだ。

日本では症例の少ないタイプのインフルエンザらしく、そのインフルエンザウイルスが脳に回り、脳内で強い炎症を引き起こしたことによる劇症頭痛だったようだ。

症例が少なかった故に、救急搬送され、入院から診断が下されるまでにかなり時間がかかり、その間に、私の脳はかなり部分に損傷を負った。

良くて植物人間、悪ければ【死】という状況だったらしい。

誰もが、私はもう回復できないものだと覚悟をしたという。


勤め先の一室で倒れ、緊急搬送からひと月後に、不意に私は目を覚ました…、らしい。

そしてこの後、私には長い長い検査とリハビリの日々が待っていた。

それは、足掛け3年の月日を要した。






この間に、父はこの世を去り、私は勤め先を辞職することとなり、妻という女性と息子という2人の子供たちも私から去った。

ただ、それに対して私はなんら思うところはなかった。






退院の際に兄から、「これからは実家に住みなさい。」と、言われた。

それまで私は、マンションを購入して家族と住んでいた…、らしい。

…のだが、

この先、別れた家族に慰謝料も養育費も払える可能性が私にはないことを踏まえ、「マンション、退職金の半分を別れた家族のこの後の人生に対する補填に当てなさい。」と、兄が進言してくれた。

私には断る道理もないことなので、その通りにした。


「その代わりにはなんだが…。」と、兄は「実家はリノベーションしてある。」と言ってきた。

「次郎が年老いた親父のために考えたスマートホーム。次郎が社内コンペで優勝したスマートホーム。その設計図通りにリノベーションしてある。」と…。

ただ、私にはその話が理解できなかった。



今、住んでいる実家は、外観はくたびれているが室内は至れり尽くせりで快適だ。

これを以前の私が設計していたなんて、全く想像もつかない。





≪続く≫

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