WRCに女性ドライバー登場
飛鳥竜二
第1話 プロローグ
正月があけ、ともえはまたヨーロッパにやってきた。かつてのチームの本拠地はSU社の看板に替えられている。監督の新井田とマネージャーのアンナが出迎えてくれた。
「ともえ、今年よろしくな」
「こちらこそ、またお世話になります」
「なーに、そんなにかしこまることはないよ。元々ここにいたのはともえの方だ。こっちの方が教えてもらうことがいっぱいあるよ」
「そんなー、せいぜいグルメの話ぐらいですよ」
「それも大事さ。それじゃ、早速マシンを見にいこう」
「はい、楽しみにしてきました」
ガレージに行くと、きれいなブルーのマシンがそこにはあった。市販車のS210をベースにしたものだ。T社のマシンに似てなくもないが、フロントマスクは別物。ひと目見ただけで、SU社と分かる。
「きれいなマシンですね」
「おいおい、イケメンを見ているわけじゃないぞ。空力を考えたボディだ。T社のマシンには負けない」
「頼もしいですね」
「マシンには自信がある。だが、スタッフはまだ慣れていない。そこが今年のウチの課題だ」
「それはわかっています。SU社から来たスタッフもいますが、今までT社のマシンを扱っていたスタッフもいますからね。私自身もSU社のマシンは初めてです」
「といっても、中身はほとんど同じだ。セッティングが違うだけだ」
「そうなんでしょうけど、乗ってみないとわかりませんね」
「そう言うと思ったよ。Mr.勝山はもう走りに行ったよ」
「そうなんですか。私も乗れますか? でもコ・ドライバーが決まってないんですよね」
「そうだ。実は候補者が2人いる。明日選考会をする予定だ。ともえとの相性の問題もあるからな。今日はオレがコ・ドライバーだ。ともえが普段走っていたところに連れていってくれ」
ということで、二人でドライヴにでかけた。市街地ではゆっくりしか走れなかったが、アウトバーンでは驚異的な加速を示す。アクセルをちょっと踏むだけで100kmオーバーに達してしまう。合流車線で楽に入れる加速は魅力だった。山間地も行ってみたかったが、冬場で滑る可能性があるので今回は見送った。
ガレージにもどってきて、
「どうだ、ともえ?」
と新井田が聞くので
「加速がWRC2マシンとは大きく違いますね。アクセルコントロールに神経を使いそうです」
「最初はだれでもそんなもんだよ。慣れるしかないな」
翌日、コ・ドライバー候補の二人と会った。名前は後で教えるということで、まずは市街地をコ・ドライバーの指示に従って走った。一人目は日本人の男性である。どこかで顔を見たことがあるような気がした。ラリー関係者だと思う。
「言葉はどうしますか?」
と聞かれたので、
「何語がわかるんですか?」
と聞き返すと
「英語とフランス語、それと日本語の博多弁ですね」
「九州出身なんですか? 私は北海道です」
「知ってますよ。北海道ラリーで活躍していましたもんね」
「それじゃ、日本語でお願いします。できれば標準語で」
と言うと、笑いながら指示をしてくれた。
2人目は、若い女性だった。英語とフランス語を解するということで、
「 By English please . 」
と言い、英語で指示を受けた。今まで、男性の声ばかりを聞いていたので、やさしい感じが新鮮だ。ちなみに昨年のコ・ドライバーのトムはT社の社員なので、イギリスにもどった。出向で来ることもできたが、彼自身SU社のマシンに乗るつもりはなかったようだ。
走り終えて、監督の新井田から
「どっちを選ぶ?」
と聞かれた。そこで、しばし考えて
「女性の方がやりやすい感じはしますが、ラリーではトラブルがつきものです。昨年も2度転倒していますし、パンクをする時もあります。その時は男性の方が助かると思います」
「そうだな。彼ならメカニックをやっていたから、いざという時には助けてくれる。彼女は欧州ラリーでコ・ドライバーをやっていた。サファリとかは未経験だからメカの方はちょっとつらいな。では男性の方でいくか」
「はい、お願いします」
ということで、二人に面会した。監督の新井田が男性にコ・ドライバーの印であるペースノートを渡した。
「ありがとうございます。鍛冶屋さんといっしょに走れるのを楽しみにしていました」
と言ってくれた。名を望宮拓哉と名乗った。
「エッ、あのダカールラリーで有名なモッチーさんですか?」
と思わず素っ頓狂な声をだしたら笑っていた。ダカールラリーにナビゲーターとして何度も参戦しているラリーレイドのベテランである。SNSでリポートを見たことがある。
女性はマリア・ブロスと名乗った。コ・ドライバーになれなくてしょげていたが、マネージャーのアンナがなぐさめていた。後で知ったことだが、アンナの従妹だそうだ。欧州ラリーとWRCの違いを説明して納得してもらっていたようだ。
その日からモンテカルロラリーの対策が始まった。望宮は以前に自分で走ったことがあるそうだ。もちろんふつうのドライヴだが、状況はつかめるということだった。でも、ラリーでは大違い。昨年のトムのペースノートを参考にして、また作り直さなければならない。2度のレッキが重要となる。
ともえは気が引き締まる思いであった。
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