第9話 私は我慢なりません



 セルティーア・クドイ嬢に招待されたお茶会……そこで、予想もしなかったことが起こった。


「いかがなされましたか、シャル様!」


「セルティーア様!?」


 私たちの騒ぎに、駆けつけてくるのはリーシャーとセルティーア嬢の使用人。

 会話は聞こえなくても、とんでもないことが起こったことは察したみたいだ。


 慌てる私たちに、この騒動を引き起こした張本人は言う。


「あぁ、私の愛しのセルティーアのドレスに汚れが。シャルハート・アルファー……キミは、なんということを」


 セルティーア嬢を心配するように肩を撫でつけるアベノルド王子は、いけしゃあしゃあと私を見た。

 その目は、完全に私を犯人に仕立て上げるもの。


 それを見て、セルティーア嬢の使用人は口元に手を当てた。


「そんな……まさか、アルファー様が……?」


 もしもこれが、単なる事故なら……こうも大袈裟なことにはならなかっただろう。

 もちろん、貴族の召し物を汚してしまうなんて、大問題だろう。でも、私とセルティーア嬢の立場を思うに、謝れば済む……

 簡単に言ってしまえばそれで終わる話だ。


 だけど、王子の言葉がそれを潰してしまった。私の名前を挙げて、「なんということを」と。

 これでは、現場を見ていた人でなければまず"私がわざと彼女のドレスを汚した"と思ってしまうだろう。セルティーア嬢の使用人のように。


「そんな……シャル様が、そのようなことをするはずがありません!」


 だけど、私の人柄を知ってくれている人は……リーシャーは、私がなにかしたなんて思っていない。

 それは、長く接していたからこその信頼。疑いもせずに信じてくれるのは、私はとても嬉しい。


 だけど……


「ほぉ? キミは、使用人の分際で私の言葉が間違っているというのか?」


「……っ」


 王子の鋭い視線が、リーシャーから言葉を奪ってしまう。


 ……リーシャーも、カイン家の貴族ではある。だけど、カイン家は昔からアルファー家に仕えている。

 それに、クノイもチシャ家の貴族だけど、別の理由ではあるが同じく私の家に仕えている。


 同じ貴族の中にも、上下関係がある。貴族でありながら、別の貴族に仕えなければいけない……それは、貴族としての立場の低さを物語っている。


 もちろん、使用人の中には平民も多い。むしろ平民の方が多いが……この辺りの上下関係、私はあまり快く思っていない。

 前世とこの世界は違うのだから、郷に入っては郷に従えなのだけれど……それでも、あんまりいい顔はできない。


「アベノルド王子、私の使用人をあまりいじめないでください」


 私は、リーシャーと王子の間に割って入る。

 キッ、と王子を睨みつける。思えば、こうして王子と対面するのは初めてのことかもしれない。


「ふふっ、キミはそんな顔も出来るのだな」


 初めて向けた表情に、王子が愉快そうに笑う。


「いじめるだなんて心外だなぁ。私は美しい女性には敬意を払う男さ。たとえ使用人であっても、ね」


「……!」


 その視線に、リーシャーは身震いをしている。まるで、彼女を品定めしているかのような視線だ。

 私は、リーシャーを後ろにかばうように王子の前に立つ。


「セルティーア様、熱くはありませんか? 今、お着替えをお持ちします」


 そしてすぐ側では、セルティーア嬢の使用人がセルティーア嬢に心配そうに話しかけていた。


「い、いいのよ。これくらい、大丈夫だから……」


「なにを言う。大事なキミの身体に火傷でも残ったら大変だ、まずはシャワーを浴びてくるといい。キミ、彼女を連れていきなさい」


「は、はいっ」


 大丈夫だと手で制すセルティーア嬢だったが、それを許さない王子。

 彼は彼女の使用人に、彼女をシャワー室まで連れて行くように指示した。それを受け、使用人はこくりとうなずき、セルティーア嬢を支えて庭園を出ていく。


 出入り口に差し掛かるあたりには、他の使用人も待機しており、セルティーア嬢へと付き添っていた。

 この場に残ったのは、私と王子……そして状況を整理しきれていないリーシャー。


「どういうつもりですか」


「それはこちらのセリフだとも。我が未来の妻に、なんたる無礼を働くのか」


 私の問いかけにも、動揺すらしない。どうあっても、さっきの紅茶ぶっかけは私のせいにしたいらしい。


 なにもしてない私の前で堂々と私を犯人にしようとするとは……一周回って感心するよ。


「ま、待ってください。未来の妻……セルティーア様が?」


 そこへ、リーシャーが驚きの声を差し込んでくる。そりゃ、いきなり未来の妻だなんだと言われたら驚くよな。


 その問いかけに、王子は「そうとも」とうなずいた。


「そんな……王子、王子はシャルハート様と婚約していたはずです。なのに、他の女性を妻だなどと……」


 ……さっきリーシャーは、王子のひと睨みにすくんでいた。立場の違い……どうしようもない壁に、リーシャーは言葉を返すことすらできなかった。

 だけど今、彼女は王子に対して言葉を述べている。


 それは……私のためだ。さっきあんな怖い思いをしたのに、私のためにリーシャーは、怖い相手に立ち向かっているんだ。


「キミは……聞いていなかったのか? 昨夜私は、彼女に婚約破棄を言い渡した。彼女の横暴な振る舞いに嫌気が差してね」


「それは……保留となったはずでは? それに、シャルハート様は……」


「あー、何度も同じ説明をさせるな、面倒くさい」


 王子はガリガリと頭をかいて、リーシャーを睨みつけた。その視線は、いつもの爽やかな姿はどこにもない。

 さすがのリーシャーも、それ以上言葉を続けることはできない。


 ……ありがとう、リーシャー。


「アベノルド王子。私の振る舞いに問題があったのならば、それは私の失態です。謝罪します」


「ほぉ」


「ですが……やってもいないことをやったとされるのは、私は我慢なりません」


 私と婚約破棄したいのならば、させてやるよ。好きにすればいい。

 だけど……そのために、セルティーア嬢に虐めをしたなどと。そんなでまかせ、ふざけるなだ。


 こともあろうに、彼女のきれいなドレスを汚したのだ。


「やってもいない? 私は見たぞ、キミがその手で彼女のドレスに紅茶をかけるところを」


「私はそんなこと……」


「"私は"見たんだよ」


 それは、ゾッと寒気がするような目。思わず、私でさえも言葉に詰まってしまう。

 この人、こんな目をする人だったか?

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