File.36「互角・弟子」

 俺は急ぎ足で桔梗先輩が待つトキシーの巣窟へと向かった。


 「17時過ぎか……まだ間に合うよな……?」

 

 俺とアカツキは程なくして巣窟の入口前に辿り着いた。だが、桔梗先輩の姿はどこにも見当たらない。管理室の隠し扉も閉じたままだ。


 「もう、帰っちまったか……」


 無断で訓練を欠席したのだ。小一時間ずっと待ち続けるほど彼女も暇ではないだろう。


 「レエナなら、柔道場にいますわよ」


 「おっ、そうなのか……いや何で知ってんだよ」


 「メモリングの位置情報システムですわ。クロッカスのメンバーの位置情報は、ルミナスクロー内で共有されていますのよ?」


 「おい、それを早く言えよっ!!無駄骨を折る羽目になたじゃねえか!!」


 「フンッ!ざまあ見ろですわっ!」


 この性格ド畜生野郎め、めやがったな……


 「マヌケなヒイロのために、いい情報を教えてあげますわ」


 「……んだよ」


 「”With Clow”を開いてくださいまし」


 「あぁ」


 俺はメモリング内のクロッカス専用アプリを起動する。クローの遠隔操作以外にも様々な機能が備わっているそうだが、訓練以外で触ることはほとんどないため、詳細は不明だ。


 「マップを開いたら、右上の三点リーダーを長押しですわ」


 「こう……か?」


 アカツキに言われるがままに長押しをすると、拡張メニューが表示された。


 「おお、なんか色々いじれそうだな」


 「下までスクロールすると、”登録メンバーの位置情報”という項目が出てきますわ。それをオンにしてくださいまし」


 「おう」


 「そうしたら、マップをご覧になって?」


 俺は拡張メニューを閉じてマップを再び確認する。


 「……んっ!?なんだこれ!?」


 学園内のマップには、クロッカス1年男子全24人の位置情報が表示されていたのだ。


 「正確に言えば、ルミナスクローの位置情報ですわね。この機能を使えば、人捜しをする手間が省けますわ。他にも、特定の人物から位置情報を見えないように設定したり、管理者側から表示非表示の操作もできますのよ。トラブル防止の為、異性の位置情報は基本的に伏せられていますわ」


 「すっげぇ……超便利ツールじゃねぇか!」


 「えっへん!ですわっ!」


 いや、お前がドヤ顔するのはちょっと違う気がするぞ。


 物は言いようだが、プライバシーの侵害にもなりかねない機能だ。無闇に使うのは止めておこう。


 「……ん?」


 「ヒイロ、どうしましたの?」


 人口森林に男子生徒が密集している中、柔道場に位置情報が表示されている生徒がいた。


 「ミカエル――これって確か黒華の相棒だよな。なんでコイツが訓練をサボってまで柔道場に……?」


 まさか桔梗先輩に用事でもあるのだろうか。彼女と黒華に接点があるとは到底思えないが。


 「とりあえず、向かってみるか」



————————————————————◇◆



 「ふぅ……」


 俺は柔道場の扉の前で胸元に手を当て、緊張を紛らわせるように深呼吸をする。


 「ヒイロ、開けませんの?」


 「ちょっと黙っててくれっ!タイミングってのがあるんだ」


 「まったく、チキン野郎ですわねっ!」


 「るっせーなぁ!お前はそうやっていちいち――」



 ガラガラガラ――



 「何だい?騒がしいねぇ……おや?誰かと思えば、ヒーロークンじゃないか」


 「ゲッ、黒華……」


 俺たちの喧嘩を煩わしく思ったであろう黒華が柔道場の扉から顔を覗かせていた。


 「お前、ペア訓練サボってこんなところで何やってんだ?」


 「ん?サボり?キミと一緒にしないでもらいたいねぇ」


 黒華はやれやれと首を左右に振る。


 「ペア訓練なんて、ボクがやったところで意味ないのさ。ライセンス試験ごとき、ボクにとっては存在しないも同然だからねぇ。そこで、レエナセンパイにアポを取って此処ここに来てお手合わせいただいていたのさ」


 「えっ、お前と桔梗先輩って知り合いだったのか?」


 「なぁに、当然だよ。ボクも彼女もここヒュドールの内部生だからねぇ。中等部の頃から、ボクは彼女から剣術を教わっていたのさ」


 「そうだったのか……」


 黒華は入試で中等部の制服を着用していたから何となく予想はついていたが、まさか桔梗先輩も内部生だったとは。


 それに、桔梗先輩には一匹狼のイメージを抱いていたからか、黒華と面識があったのはかなり意外だった。


 「まあ、どうせキミは暇だろうし、少し覗いていくといいさ。格の違いを教えてあげるヨ」


 「……何を見せるつもりだ」


 「それは……見れば解るさ☆」


 俺は黒華に導かれるようにしてゆっくりと柔道場へと入った。


 「お待たせっ、レエナセンパイ☆どうやらお弟子さんが見学したいそうだよ?」


 「……そうですか」


 桔梗先輩は俺を一瞥すると、表情を変えぬまま黒華に視線を向けた。内心どう思っているのかは知らんが、正直超気まずい。


 俺は桔梗先輩の視界から外れる位置に正座し、息を殺しつつ二人の様子を観察する。どうやら二人とも模造刀を握りしめているが、以前俺が桔梗先輩に惨敗した接近戦でもやるつもりなのだろうか。


 「さあ、始めましょうか。君が高等部に上がってからは初めてですね」


 「フッ、ボクも楽しみだよっ☆」


 お互いの瞳には闘志が宿り、傍観者でしかない俺にも緊張感が伝わってくる。


 黒華の真剣な眼差し――最終試験でゴーレム型トキシーと相対した際もこんな顔をしていた気がする。


 「では、カウントダウンを開始します」


 桔梗先輩がメモリングを操作すると、柔道場の中心にカウントダウンのホログラムが映し出された。


 予想通り、1分間の接近戦を行うようだ。二人は模造刀を腰辺りで構え、体勢を低くする。



 《3……2……1……》



 《START!!》



 「いかせてもらうよッ!」


 真っ先に飛び出したのは黒華だ。構えていた模造刀を桔梗先輩の頭上を目がけて真っ直ぐに振り下ろす。



 ――ジャキーン!!



 「おぉ、さっすがぁ~」


 「っ……!」


 黒華の攻撃を素早く受け止めた桔梗先輩は、腕を震わせながらも模造刀でき止めている。体格的には黒華が圧倒的に有利だが、桔梗先輩はそれを巧みな技術で補っている。


 両者は一度距離を置き、今度は桔梗先輩が攻撃を仕掛ける。



 ――ジャキジャキジャキーン!!



 はっ、速い……!


 次から次へと、矢継ぎ早の斬撃が黒華に襲いかかる。1秒間に4,5回は斬っているだろうか、普通の人間の目で正確に追うのは不可能だ。


 「へへっ、相変わらずセンパイはすばしっこいねぇ~!」


 「……」


 黒華はヘラヘラしながらも、桔梗先輩の攻撃を模造刀で器用に払い除ける。この男の常軌を逸した戦闘能力には度々驚かされている気がするな。


 一方の桔梗先輩は表情をほとんど変えぬまま、隙が生まれる瞬間を見計らっているようだ。


 「レエナ、また強くなってますわね。精緻せいちを極めるとは、まさにこのことですわ」


 アカツキが感心した様子でボソッと呟く。

 

 「実力は拮抗しているな……改めて二人ともめっちゃ強ぇぞ……!」


 俺は目を輝かせながら熾烈を極めた接近戦を見守る。互いに譲らぬ攻防を繰り返し、柔道場はまさにコロッセオのような緊迫感に包まれている。


 「さあ、一発入れさせてもらうヨ!」


 黒華は模造刀をレイピアのように持ち替え、桔梗先輩の腹部目がけて高速で矛先を突き出す。


 「はああああぁぁぁぁっ!!!」


 黒華は咆哮とともに右足に体重をかけ、腕を目一杯伸ばして桔梗先輩の腹部――では無いっ!あれは……フェイントで喉元を狙っている……!


 「あいつ、正気か!?」


 あんな急所を勢いよく突かれたら、模造刀とて軽い怪我では済まされない。しかも、桔梗先輩の喉元はガラ空き――完全に死角だ。

 

 胸騒ぎがした俺は反射的に立ち上がり、届くはずも無い腕を桔梗先輩に向けて伸ばす。


 「桔梗先輩!危な――」


 

 ――ジャキーン!!



 鼓膜を刺激するような金属音が響き渡り、俺は唇を噛み締めて瞼を強く閉じる。



 バチン!



 さらに、模造刀で追い打ちをかけたようだ。



 ピピーッ!!



 接近戦終了のホイッスルが鳴った。僅差ではあったが、黒華が一枚上手だったか。それに……


 「レエナ……」


 アカツキの消えかかった声が僅かに耳に入ってくる。


 「……流石ですわね」


 「……んえっ?」


 予想外のセリフに俺は閉じていた瞼を瞬時に開く。


 「!?……どうなってんだ??」


 予想外の光景を目の当たりにした俺は、開いた口が塞がらなくなった。



 《 RESULT  «1-0» ”桔梗 レエナ” WIN 》



 柔道場の中心には、桔梗先輩の勝利リザルトが表示され、模造刀を吹っ飛ばされてお手上げ状態の黒華が立ちすくんでいた。


 「……」


 黒華は己の両掌をまじまじと見つめると、前髪をかきあげたのち指をパチンと鳴らす。


 「いやぁ~やっぱり強いねぇ、レエナセンパイっ☆」


 「黒華くんも、だいぶ腕を上げましたね。あの容赦無い突き技……私でなければ致命傷でしたよ?」


 「ハハッ☆センパイ相手だから本気を出しただけさ。現にセンパイはボクの突き技を弾き飛ばし、その隙に一撃を与えた。う~ん、まだまだ敵いそうにないねぇ」


 「私も君に追い抜かれないよう、これからも鍛錬に励みます」


 「ヒュ〜カッコいいなぁ〜」


 両者は熱い握手を交わすと、黒華は模造刀を拾い上げて柔道場から立ち去ろうと背中を向ける。


 「……次は勝ちますよ」


 普段は誰に対しても横柄な態度を取る黒華が、この瞬間だけはどこか弱々しく、儚げな声色だった。


 そんなヤツの背中を、俺は蚊帳の外から眺めることしかできなかった。

 


 ガラガラガラ――



 「ふぅ……今日もありがとう、ウイング」


 模造刀と化していたウイングは元の姿に戻ると、桔梗先輩の肩に乗り頬擦りをする。


 「もう、甘えん坊ですね」


 桔梗先輩は小っ恥ずかしそうに頬を赤らめつつも、ウイングの頭を優しく撫でた。


 この人、人間よりもクローに対しての方が優しくないか……?


 「ヒイロ♡ミーもナデナデしてほしいですわっ♡してしてっ♡」


 「ウザい黙れ」


 「ひっどい!今ならひと撫で1000円の大特価ですのに!」


 「大特価?超ボッタクリの間違いだろ」


 「ムキーッ!」


 例によって俺とアカツキの泥仕合が始まったが、桔梗先輩は相変わらず俺たちを無視して後片付けを始めている。


 そうだ、こんなことをしている場合ではない。


 「あのっ、桔梗先輩!!」


 「……何でしょうか」


 桔梗先輩は手を止めることなく背中越しに返答する。


 「やっぱり、怒ってますよね……今日サボったこと」


 「いいえ、全く」


 「ですよねごめんなさいっ!!……え?」


 「だから、怒ってないです」


 桔梗先輩は俺が頭を下げたことに対して困惑している様子だった。


 そして、桔梗先輩は動かしていた手を止めると、屈んだ状態で俺に目線を向ける。


 「訓練に参加しようがしまいが、それは本人の自由。ライセンス試験に受からなければ、それまでの話ですから。黒華くんだって、昨日今日とペア訓練には参加していませんでしたが、何もおとがめは無かったでしょう?」


 「まあ、確かに……」


 「私は指揮官からあなたのことを任されていますが、最も尊重しなければならないのは御角くんの意志です。昨日も言いましたが、やる気の無い人間に対して時間を割いたところで、労力の無駄でしかありません。私だって忙しいのですから」


 桔梗先輩は俺との間合いを徐々に詰め、鋭い眼光で俺を睨みつける。


 「はっきりさせてください、御角陽彩くん。あなたはどうしたいんですか?」


 「俺は……」


 俺は拳を固く握りしめ、桔梗先輩へ思いの丈をぶつける。


 「俺は、嫌なことから逃げ続ける人生を送ってきました。勉強も、部活も……そして、今日もまた逃げてしまった。ホント、そんな自分が大嫌いです」


 「……そうですか」


 「ただ、さっき先輩と黒華の接近戦を見て、やっぱ桔梗先輩めっちゃ強ぇなあって、カッケーなあって、思ったんです」


 「それは……どうも」


 「俺の志望動機、詳しく言ってなかったですよね。浅はかすぎて笑っちゃいますけど……」


 「確か、憧れがどうとか……」


 桔梗先輩は少しばかり考え込むと、思い当たる節があるかのようにハッと目を丸くする。


 「もしかして、蘭さんが関係していたり?」


 「ははっ、ご名答です。こんな下心に満ちたやつがクロッカスに居たら迷惑っすよね……」


 「そうですね」


 ド直球!!最早清々しいな。


 「……でも、動機なんていうのは人それぞれ。クロッカスにおいてはさほど重要ではありません。大事なのは、”如何なる時も己の正義を信じ続ける”ことですから」


 そうだ、前にも彼女から同じことを言われたんだ。


 俺はその時、何て答えたんだっけ……


 「”カッコよくて、勇敢で、周りから認められるような人間になる”――御角くんの目標でしたよね。忘れたとは言わせませんよ」


 「記憶力、良いっすね……」


 「目標達成のため、今の君が出来ることは何ですか?」


 「……」


 俺は翡翠先輩に助けられてから今日に至るまでの出来事を回想する。


 約半年間、俺の人生の中で最も密度濃い時間を過ごしてきた気がする。おそらく、ここから先はさらに色んな出来事が待っているだろう。


 それは、決して良いこと尽くめではないはずだ。窮地に立たされ、絶望を味わい、さらには大切な人を失う……なんてことも起こりうる。


 そんな時、今の状態の俺は耐えることができるだろうか。現実逃避をし、自暴自棄になり、自分を見失う……そんな自分の姿を想像してしまう。


 まさに、”カッコ悪くて、チキンで、周りから蔑まれるような人間”だ。


 俺はそんな人間になるために親元を離れてまで”ここヒュドール”に入ったんじゃない。


 俺は胸元に手を当て、桔梗先輩に決意の眼差しを向ける。


 「俺は……もう絶対に逃げません。厳しい訓練からも、この先に待つ未来からも。だから……」


 俺は一度深呼吸をしたのち、声を枯らしながら叫ぶ。


 「桔梗先輩、俺を弟子にしてくださいっ!!!!」


 俺は頭を深々と下げ、歯を食いしばる。


 これが、俺の出した答えだ。




 沈黙は続く。




 きっと、桔梗先輩は考えているのだ。




 「……御角くん、顔を上げてください」


 「……はいっ」


 俺は恐る恐る桔梗先輩の顔に視線を向ける。


 彼女は……微笑んでいた。


 「私は、弟子は取っていませんよ?」


 「え」


 断られた。


 いや、もう確定演出だっただろ!?


 「ただし、条件次第では可能になるかもしれません」


 「というと?」


 「あなたが無事ライセンス試験を突破し、それでも尚私から地獄のような指導を受けたい――そう思えたなら、また考えましょう」


 「てことは、一旦保留……?」


 「ということになりますね」


 「……うおっっしゃあああああああああああ!!!!!!」


 俺は拳を高く突き上げ、雄叫びを部屋中に轟かせた。


 「……え、何ですか、怖いです」


 「いやいや、絶対断られると思ってたし!」


 喜んでいる俺とは裏腹に、桔梗先輩は防衛本能が働いたのか、2,3歩後退りをする。


 「コホン……さて、私は残りの日数、責任を持ってあなたの指導にあたります。なので、約束してください。”もう逃げない”、と」


 「ええ、約束します。改めてよろしくお願いしますっ!!」


 俺は桔梗先輩の手を取り、決意を込めて固い握手を交わした。



 

 ――この時の俺は、全く想像もしていなかった。



 ――ライセンス試験中、”ある人物”によって不測の事態が起こることを。



 ――さらに、”ある人物”が退学を決意してしまうことを。

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2025年12月12日 20:00 毎週 金曜日 20:00

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