File.23「委員長・屋上」
「み・か・ど・く~~~んっ!!!!!」
「うおあっ!!あ、明智さん!?」
入学から3週間が経過した月曜日の昼休み、いつものように学食に向かおうと立ち上がった瞬間、学級委員長の明智柚葉が俺の席に飛びついてきた。
「今週末の創立祭、明智と一緒に回りませんか!」
「んえっ、お、俺!?」
「ですですぅ~~!」
俺は辺りをキョロキョロ見渡したのち自分の顔を指差すが、明智は首を大きく縦に振って頷いている。どうやら人違いではないようだ。
ヒュドール学園では毎年4月末の土曜日に中高合同の創立祭が開催されている。出店をするのは主に2、3年生で、新入生の参加は自由である。
「ところで……何で俺なんだ?」
明智はクラス随一のコミュ力の持ち主で、男女問わず友人も多い。俺よりも仲の良いクラスメイトは当然いるはずだ。
そんなクラスのムードメーカー明智は窓際をチラッと横目で確認したのち、俺に耳打ちをしてくる。
「……結衣ちゃんですよ」
「白百合さんがどうかしたのか?」
「これは先週末の訓練中の出来事なんですが……」
明智は神妙な面持ちで声のトーンを下げつつ、当時の概況を説明し始めた。
「その日は3人1組で行う長距離リレーでした。女子は18人なので6チームを作ることになったんですけど、明智は普段仲良くしている子に誘われたので、明智は余っていた結衣ちゃんに声を掛けたんです。友達はちょっと嫌がっていたんですけど、何とか説得してチームを結成しました」
「……問題はそこから、ってことだよな?」
「ですです、明智たちのチームは途中まで1位でした。アンカーだった結衣ちゃんは大きなアドバンテージを持ってスタートしたんですけど……」
「結果的にビリだった……とかか?」
明智は目を閉じて静かに頷いた。まさか先週末にそんなことがあったとは。心なしか白百合がいつもより元気が無さそうだったのにも合点がいく。
「結衣ちゃん、別に体力が無いわけではないんです。ただその日は極度の緊張で思うように走れなかっただけだと思います」
「その話と、創立祭に何の関係が?」
「結衣ちゃん、今すっごく落ち込んでいるんだと思います。チームを組んだ友達はその日怒って帰っちゃって……御角くんは結衣ちゃんと仲良しですから、折角の創立祭、一緒に回って元気づけたいんですっ!」
それで俺に声を掛けたってことか。てっきり俺にモテ期が到来したのかと思って期待しちまったぜ……
……まあそんな冗談はさておき。
「もちろん大歓迎だぜ!明智さん、ありがとなっ!」
俺は明智に向けて親指をグッと突き立てた。
「わぁーっ!!御角くん、ありがとうございますですぅ~!ですですぅ~!!」
明智は目を輝かせながら両手を広げ、喜びを露わにした。学級委員長としての責任があるとはいえ、クラスメイトのためにここまで尽力する――なんて良い子なんだろう。
「じゃあ早速――あれっ?結衣ちゃんが居ないですぅ~」
明智は白百合の席の方へ振り向くが、そこに白百合の姿は無かった。
「んっ?ホントだ。一人で学食に行っちまったか?」
「多分、学食には行ってないかと……」
「何で分かるんだ?」
「さっき、菓子パンが入ったレジ袋を取り出しているのを見たのですぅ~。もしかしたら、人目のつかないところで食べているのかもですぅ……」
人目のつかないところ、か……
「明智さん、ちょっと付いてきてもらえるか?」
「もしや、心当たりがあるんですねっ!さすが仲良しさんですぅ~!!」
「その”仲良し”を強調するの、ちょっと恥ずかしいからやめてくれ……」
「えーっ?女子の間で結構噂になってますよ?」
「ま、マジかよ……」
確かにクラス内で一番話しているのは、紛れもなく俺かもしれないが。
クラスの連中に拡大解釈されるのだけは御免だぜ……
————————————————————◇◆
ガチャッ……
俺たちは白百合の向かったであろう場所――屋上に続く扉をゆっくりと開けた。
4月下旬、昼時の屋上は海風が非常に心地よく、何人かの生徒がベンチに腰掛けて昼食を摂っていた。
「御角くん、結衣ちゃんはここに……?」
「ああ、多分な」
俺は明智に背中越しで答えつつ、屋上を見渡す。
屋上の入口から最も離れた場所まで進むと、ベンチに腰掛けて菓子パンを貪る少女が一人、物憂げな表情で外の景色を眺めていた。凪いでいる海面が日光を反射してキラキラと輝きを放っている。
「いい眺めだな……」
「……わっ!!み、み、み、みはほはんっ!?」
「うおっ!すまん!声に漏れてたか……」
菓子パンを貪る少女――白百合結衣は腰掛けていたベンチから飛び上がり、慌てて口元を手で覆い隠した。
その直後、口に含んでいた菓子パンをお茶で流し込み、ふぅ……と一息つく。
「御角さん……それに、あっ……」
明智の顔を見た途端、白百合は言葉を詰まらせそのまま俯いてしまった。やはり先週の出来事を引きずっているのだろう。
対する明智は申し訳なさそうに俺の背後から顔を少しだけ覗かせる。
「ゆ、結衣ちゃん……先週のことは、ホントに、気にしなくていいですので……」
「……」
白百合は返答することなく、ただ一点を見つめて俯いたままだ。3人の間に淀んだ空気が流れ、仲介役の俺も対応に困ってしまう。
「……あのっ!!」
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは白百合だった。握りしめた拳は小刻みに震え、涙をぐっと堪えようと唇を噛み締めている。
「ゆ、結衣が……不甲斐ないばっかりに……明智さんにも、御角さんにも、いつもご迷惑ばかり掛けちゃって……」
「いえいえ!明智は全く!一ミリも!気にしてないです!!ですです!!」
「で、でも……」
明智は白百合に歩み寄り、白百合の震える右手を優しく包み込む。
「明智は知っているのです。訓練の時、結衣ちゃんは誰よりも真剣に取り組んでいること……」
「えっ……」
「結衣ちゃん、いつも訓練が終わったとき、メモ帳に何か書いてませんでしたか?」
「えっ……そのっ、知ってたんですか……?どうして……」
「ある日、たまたま結衣ちゃんのメモ帳が開いてたのを見ちゃったことがあって、訓練で学んだことや先輩からのアドバイス、次回までの目標とかがみっちり書かれてて……明智、感動しちゃいました」
明智は白百合に笑みをこぼすと、今度は振り返って俺の顔を見つめる。
「御角くんが結衣ちゃんを気にかけている理由、何となくわかる気がします……!」
「……そうだな。何かほっとけないんだよな、白百合さんって。もちろん、良い意味で」
「……良い意味、ですか……?」
「ちょっと、俺に似てるなって思ったんだ」
予想外の返答に、白百合は思わず目を見開いた。まあ無理もないだろう。
「そうだな……周りと比較して、自分を卑下しちゃうところとか……」
「えっ、御角さんも……?でも――」
「ああ、白百合さんの前では変に強がって自分の弱さを見せないようにしてるけどな……ははっ」
俺の乾いた笑いを、白百合はどう捉えているだろうか。
「この前、俺のこと凄いやつだって褒めてくれたよな。俺も、白百合さんの凄いなって思うところ、敵わないなって思うところ、沢山ある……ぜ」
俺は徐々に込み上げてきた気恥ずかしさを誤魔化すためにそっぽを向く。
「ですです!明智も結衣ちゃんの凄いところ、いーっぱい!知ってますよ!」
「……!」
その瞬間、呪縛から解放されたかのように大粒の涙が白百合の頬を伝い、次々に地面へと零れ落ちていった。
「……うぅ、グスン……うわああああああああああっ!!」
白百合の泣き叫ぶ声が青空に木霊する。この涙は嬉しさによるものなのか、はたまた別の何かか。それは本人にしか分からないだろう。
そんな白百合を、明智はそっと抱擁した。
「明智は、もっともっと、結衣ちゃんのことを知りたいんです。そして、結衣ちゃんの優しさ、凄さを、クラスのみんなにも知ってもらいたいんです」
「そうだな、俺も白百合さんがクラスのみんなと仲良くなってくれることを心から祈っているよ」
「明智さん……御角さん……」
白百合は俺たちの顔を交互に見つめ、くしゃくしゃになっていた表情が少し和らいでいった。
「だから、結衣ちゃん……」
明智は再び白百合に顔を向け、満面に笑みで白百合の両手を握りしめる。
「創立祭、明智たちと一緒に回りましょう!」
俺も後方で小さくグッドサインを白百合に送る。
「はっ、はいっ……!!」
白百合は再び涙を零し、そして微笑んだ。この涙は紛れもなく、嬉し涙だろう。
「わーい!!ですですぅ~!!」
明智は喜びのあまり、その場にぴょんぴょんと無秩序に跳ね回る。
その直後、明智が何かを思い出したかのようにピタリと動きを止めた。
「あっ、そうです!ですですぅ~!!」
「んっ、どうしたんだ明智さん」
「お二人とも、ちょっとここで待っててくださいませ!!」
「あっ、いいけど――」
俺の言葉を聞き終わる前に、明智は風の如く屋上の出入り口へと走り去ってしまった。
それから1分もしないうちに、明智は屋上へと戻ってきた。肩にスクールバッグを担いでおり、中から重箱を取り出す。
「お二人のために、今日はお弁当を作って参りましたですぅ~!!」
「弁……当……?」
「ですですぅ~!!明智は毎日、お弁当を持参しているのですが、是非お二人にも召し上がっていただきたく……今日は多めに作ってきたのですぅ~!!」
「おーっ!いいのか!?」
「是非是非!結衣ちゃんも遠慮しないでください!」
俺たちは明智が持参したレジャーシートを広げ、腰を下ろした。
そして、明智が重箱の蓋をゆっくりと開ける。
「わぁ……!ありがとうございますっ、明智さんっ……!」
「す、すげぇ!!これ、全部明智さんの手作りかよ!?」
白百合は重箱の中身に感嘆の声を漏らした。俺も興奮が抑えられずにいる。
おにぎり、ハンバーグ、卵焼きに、グリーンサラダ。まさにお弁当の模範解答だ。
「えへへっ、ちょっと張り切っちゃいました」
明智は想像以上の俺たちの反応に対し、照れくさそうに頬に手を当てている。
肝心なそのお味だが……
「うんめぇ~~!!」
「んんっ……!美味しいです……!」
しつこさを感じさせない絶妙な舌触り、まさにお袋の味っ……!
俺は母さんの料理の味、覚えてないけどな。
「明智さん、昔から料理してるのか?」
「ですです!明智家は母子家庭なので、母が仕事で遅くなる日が多かったんです。そしたら、気づかぬうちに料理マスターになっていました!」
「そうだったのか……」
家庭環境が俺と少し似ているなぁ……と、勝手に親近感を覚えた、そんな昼下がりだった。
家庭的で友人想い、まさに理想の委員長だな。
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