File.14「主役・脇役」

 「さあ来たぞ、高難易度エリア……!」


 巣窟内に灯された矢印を頼りに、俺とアカツキは5分足らずで高難易度エリアの入り口へと辿り着いた。光源の数は半減しており、先の見えない下り階段が続いている。


 耳を澄ますと、奥の方からは鈍い金属音や叫び声が薄っすらと聞こえてくる。俺の後ろからも、続々と受験生が押し寄せてくる。


 「よし、さっさと強敵倒して合格してやるぜっ」


 「そう上手く行くとでも?」と言わんばかりの冷ややかな目線を向けるアカツキに対し、俺は拳を強く握りしめ、高難易度エリアへと足を踏み入れた。



————————————————————◇◆



 コツ……コツ……コツ……


 俺が石床いわとこを踏みしめる音だけが、巣窟内の長い廊下に響き渡る。


 先程よりも足取りが重くなってきている気がするのは、疲れによるものなのか、それとも恐怖心によるものなのか……


 いずれにせよ、タイムリミットは近づいている。俺は壁伝いに歩を進めつつ、トキシーの奇襲に備え、腰を低くして身構える。


 そして廊下の角を曲がった先で、俺は驚愕の光景を目にする。

 

 「んんっ、これは一体……」


 曲がり角の先には、俺が閉じ込められた密室の数倍はありそうな空間が広がっており、その隅では受験生が数人、壁にもたれ掛かっていた。


 「あいつ、強すぎだろっ……」


 「全く歯が立たねぇ……!」


 音を上げている受験生がチラホラといる中、俺は恐る恐る部屋の奥を目指していく。


 さらに数歩進むと、突如として地響きのような呻(うめ)き声が部屋中に響き渡った。


 「グォォォォォォォ……!!」


 俺は反射的に両耳をてのひらで塞ぐ。この身の毛がよだつ不快な重低音、どこかで聞き覚えがあるぞ。


 俺は戦闘態勢に入り、アカツキを光線銃に変化させる。トリガーに指を添え、銃口を正面に向けた瞬間、一人の受験生が俺の腹部に吹っ飛ばされてきた。


 「グヘェッ!!」


 俺は吐血でもしたかのような声を上げて背後にぶっ倒れた。腹と床面に打ち付けた尻がヒリヒリと痛む。


 「痛ってて……」


 尻を摩りながら顔を上げると、目元を紅色に染めたバケモノが周囲を見渡していた。


 体長は優に2mを超え、大きく発達した前足と頭部はドリルのように鋭利な形状をしており、そのゴツゴツとした体格はまさに――


 《Golem Toxic 50pt 82% ■■■■■■■■■ 》


 そう、まさにゴーレムそのものだ。それに、コイツを倒すだけで50ptも得ることが出来る。


 とはいえ、この部屋には既に10人近くの受験生が集まっているわけだが、いま行動可能な受験生は俺を含めて2人だ。もう一人の吹っ飛ばされてきた受験生も立ち上がり、挫けずに奮闘しているが、なかなか攻撃を当てることが出来ず、ほぼ一方的に攻撃を受けているのが現状だ。


 「……ふぅ」


 俺は胸に拳を押し当て、深呼吸をしつつ精神統一をする。目の前で戦っている受験生はいずれ行動不能になるだろう。その隙に俺がトドメを刺す。申し訳ないが、これはまたとないチャンスなんだ。


 俺の予想通り、目の前で奮闘していた受験生は間もなくしてHPが尽き、前戦から退いていった。


 ゴーレム型トキシーの残りHPは約70%といったところだ。ヤツからの攻撃を上手く躱せれば、時間はかかるが何とか倒せるかもしれない。他の受験生が復活する前に、さっさと片付けないとな。


 俺は再びトリガーに指を添え、ヤツの顔面めがけて光線を連射する。最初の数発は命中したものの、ヤツは堅牢けんろうな腕で顔面を塞いでしまう。


 その腕に何度も光線を当ててみるが、HPは一向に減らない。そのうえ、ヤツの放つペイント弾は精度は低いものの火力が高く、一発受けるだけで四分の一近くHPを削られてしまう。


 俺のHPは20%を切り、もう一発受けてしまえば、アカツキは5分間行動不能となる。そうなればコイツの保有する50ptは誰かに獲られてしまうだろう。


 防御に徹していても、他の受験生は回復次第、再び攻撃を仕掛けるはずだ。


 であれば、俺の取るべき手段はただ一つ。


 「ソード!!」


 俺はアカツキを剣モードにし、ゴーレム型の背後に素早く回る。ヤツは俺の残像を追いかけるように胴体を捻りながらペイント弾を連射するが、俺はその隙をついてゴーレム型の背中目がけて剣を振り下ろす。


 「ヤァァァァーーーーーッ!!!!」


 ガギィンッ!!


 「うわっ!?弾かれた……!?というより止まったのか……??」


 ホログラムにより生成されているはずの刃がヤツの前で弾き返され、俺はその反動で振り下ろした腕が後方に持っていかれ、体勢を崩した。


 握りしめていたはずの剣は吹っ飛ばされ、丸腰となった俺にトドメを刺すべく、ヤツは剛健なる腕を鈍い機械音を出しながら回転させ、心臓を貫こうとばかりに接近してくる。


 既視感のあるこの光景――先程から感じていた寒気の正体はコレだ。何故、今になって気づいてしまったんだ。


 コイツは――ゴーレム型トキシーは、俺が家出をした日に襲ってきたトキシーに酷似していた。


 それに、この追い詰められている状況――あの日と全く同じじゃないか。


 俺は唇を強く噛み締め、メモリング内のアプリを起動する。恐怖心で震える指先を左手で強く押さえる。


 「あの時の俺とは、ワケが違ぇんだよ!!」


 俺は咄嗟に盾を展開し、ヤツの攻撃を間一髪で食い止める。直接手で触れずとも、アプリを用いれば瞬時にクロー(アカツキ)を手元に帰還させることができるのだ。


 ゴーレム型は左右の腕の先端を、俺が展開した盾に向かって交互に打ち込んでくる。俺のHPこそ減らないものの、この戦況を打開するためには、攻撃しなければ意味が無い。


 「コイツ、隙は無ぇのかよ……!」


 ゴーレム型は継続して攻撃を繰り出しているが、一向に収まる様子は無い。むしろ盾になっているアカツキの方が心配になってくる。


 「アカツキ!あとどれくらいちそうだ?」


 「あと……1秒ですわ」


 「え」


 俺が呆気にとられていたのも束の間、アカツキは盾からデフォルトの状態に戻ってしまい、再び丸腰となった俺にゴーレム型の放つペイント弾が命中してしまった。


 「ぐっ……」


 《Clow’s HP 0% 》

 

 無情にも5分間のクールタイムが始まってしまった。俺はダウンしたアカツキを部屋の隅へと引きずり、壁に寄りかかる。ゴーレム型は俺のHPを削りきった途端、それまでの興奮状態が嘘であったかのように大人しくなった。


 俺が削ったHPは僅か2%、全く歯が立たなかったと言っても過言ではない。


 「なあアカツキ、俺には何が足りないんだろうか……」


 「……」


 「答える価値も無いってか。ははっ、そうかそうか」


 自虐しながら空笑いする俺に対して、アカツキは一言も発することなく、俺の横で静止している。


 「おいアカツキ?」


 「……」


 アカツキの異変を察知した俺は、アプリを起動する。すると、画面の中央で警告文が点滅しているのを確認した。


 《※クロー バッテリー不足 使用不可※》


 「バッテリー不足!?そんなことあっていいのか?」


 俺はアカツキの胴体を大きく揺するが、魂が抜けたかのようにビクともしない。よく目を凝らすと、胴体の中心あたりの電池マークが赤く点滅している。


 『あと1秒』っていうのは、盾の耐久度ではなく、バッテリーの限界だったということだ。牡丹田に苦情をつけようにも、そもそもアカツキを使っていたことがバレればどっちにしろ不合格になる可能性は高い。コイツと悪魔の契約を交わした時点で、俺の敗北は確定していたのかもしれないな。


 「必ず合格させるって、やっぱり嘘だったのかよ……」


 「おやおや、随分と苦戦しているようじゃないか」


 完全に諦めモードになっていると、突如として部屋の入り口から聞き覚えのある声が飛んできた。


 ポケットに手を突っ込み、堂々とした佇まいで現れたのは、黒華苧環だった。


 黒華は周囲を睥睨へいげいしては、ダウンしている受験生を通過する度、フンッとわざとらしく鼻で笑う。


 黒華は迷うことなくゴーレム型トキシーとの距離を詰め、俺の目の前辺りで立ち止まる。


 「まあ、君たち雑兵ぞうひょうは指を咥えて眺めておくがいいさ。”次期クロッカス首席”誕生の瞬間をね」


 自信満々な黒華に対し、俺を含めた他の受験生は冷めた視線を向けている。


 そして次の瞬間、黒華は「ソード!」と唱え、もの凄い速さでゴーレム型へと迫る。


 「はっ、速い……!」


 黒華の立ち回りは洗練されており、ゴーレム型の攻撃パターンを完全に把握しているかのように、盾も使わず次々と躱していく。


 黒華は恐怖心を感じるどころか、この戦いを愉しんでいるように見える。


 「隙だらけだねぇ、脳筋チャン」


 ゴーレム型が左腕を黒華に向けて突き出そうとした刹那、ゴーレム型の脇腹辺りを目がけて鋭い突きが命中する。


 「グォォォォォォォ……!!」


 地鳴りのようなうめき声とともにゴーレムは体勢を崩し、黒華の華麗な剣捌きにより次々とダメージが入っていく。


 《Golem Toxic 50pt 48% ■■■■■ 》


 「おいおい、まだ30秒も経ってねぇぞ……!」


 俺たちが悪戦苦闘していたのが嘘であったかのように、ゴーレム型のHPはあっという間に半分を切った。


 興奮状態になったゴーレム型の動きはさらに加速するが、黒華はそれでも平静を保ち、剣、光線銃、盾を素早く入れ替えることでバランスの取れた攻防を繰り返している。


 「アイツ、さっきから一度もペイント弾を食らっていないじゃないか……」

 

 ゴーレム型のHPが20%を切ったところで、黒華は肩を大袈裟に回し、指をポキポキと鳴らす。


 「さあさあ、トドメを刺してあげようじゃないか」


 勝利宣言をした黒華は、ゴーレム型に素手で飛びかかり、柔道の寝技のようなものをかけた。


 あの巨体を押さえつける強靭なパワー、それに付随した技術。何処で身につけたのかは知らんが、黒華苧環は間違いなく口先だけの只者ではない。


 傍観者となっている俺たちは、目の前で己との実力差をまざまざと見せつけられている。


 さらに、黒華はゴーレム型の顔面を何度も殴打し、衰弱させてからトドメを刺すつもりらしい。


 「ふっ、ははっ!見た目の割に大したことないねぇ……もっと、ボクを愉しませてくれよぉ!!」


 拳を打ち込む度、黒華の高笑いが部屋内に響き渡る。もう完全に、ヤツの独壇場だ。でもこんなむごいやり方は、”戦闘護衛部隊クロッカスを目指す者”らしからぬ行為だろう。


 「こんなの、見てられねぇ……」


 俺は目の前で起きている惨状から視線を逸らす。


 おそらく、森林内でトキシーをボコボコにしていた犯人は黒華で間違いないだろう。


 為す術が無くなったゴーレム型はじきに動かなくなり、その隙に黒華は光線銃を至近距離で連射し、戦闘開始から僅か2分足らずで50ptを獲得した。ゴーレム型を討伐した黒華は満足げな表情を俺たちに向ける。


 「すまないねぇ雑兵クンたち、ボクが一抜けのようだ」


 宣言通り、黒華は最終試験を一位で通過した。アプリ内の速報にも、《合格者 1/40》と表示されている。


 大物を横取りされてしまった他の受験生は、黒華を横目で睨みつけると次々に部屋から退出していった。


 今この部屋には、俺と黒華だけが残っている。


 黒華はようやく俺の存在に気がつくと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。


 「おやおや、また会ったねぇ少年クン。合格は出来そうかい?」


 「俺は少年クンじゃなくて御角陽彩だ」


 「あー、そうかそうか」


 俺の名前には全く興味が無い様子だが、黒華の次なる言葉を待つ前に、俺は抱いていた疑問を投げかける。

 

 「黒華、お前はどうしてアイツを、ゴーレム型トキシーをあんなにも手際よく倒せたんだ」


 いくら戦闘能力や運動能力が高かったとしても、試験用クローの性能は全て統一されているはずだ。例外であるアカツキでさえも、性能はもちろん、攻撃力や防御力も他の試験用クローと差は無かった。


 黒華は後ろで結っていた髪の毛をほどき、ワサワサと長い髪を左右に振ると、前髪を掻き上げて再び俺に鋭い視線を向ける。


 「なぁに簡単な話さ。ボクはただ、観察していただけだよ」


 「観察って、ゴーレム型のことか?」


 「いや、”全て”だよ」


 「全て……?」


 曖昧な回答をした黒華に、俺はさらに疑念が深まる。


 「全トキシーの攻撃パターン、弱点、そして君たち雑兵の立ち回り――他にも色々あるが、ボクはこの試験が始まってから、見えるもの全てを観察しては脳内で分析していたのだよ」


 攻撃パターンという単語を聞いて、俺は蜘蛛型トキシーとの戦闘を思い出した。アイツの攻撃はワンパターンで、隙を突けば容易に倒すことができた。黒華はそれと同じことをゴーレム型でやってのけたのだ。


 「最後は少々乱暴になってしまったが……これも分析した上での行為だからねぇ。トキシーを殴っちゃいけないなんてルールは存在していないだろう?」


 「確かにそうかもしれんが……あんなやり方は無ぇだろ。あんなむごいことするヤツがクロッカスの首席?ふざけてるのか?」


 俺は黒華を睨みつけるが、全く動じる様子はなく、むしろ呆れ返っている。


 「はぁ……キミはとんだ思い違いをしているようだねぇ。まあ、キミみたいに幻想を抱いている”あまちゃん”はクロッカスに不要なのさ」


 「んだとおい!!」


 俺は黒華に殴りかかりそうになるが、歯を食いしばって怒りをグッと堪える。


 「これ以上、駄弁は不要さ。ボクはこれで失礼するよ。残り30分、精々悪足掻きでもするといいさ、ヒーロークンっ」


 俺を払い除けるように片手を振り上げた黒華は、高笑いをしながら姿を消した。


 部屋内には、討伐済みのゴーレム型、充電切れのアカツキ、そして俺だけが残されていた。


 俺は悔しさを、黒華に対する怒りの拳を地面に叩きつけ、その場で叫喚きょうかんする。



 「クッソォォォォッッッ!!!!!!!」



 この試験の主役は黒華苧環で、俺は――御角陽彩はただの脇役に過ぎなかった。


 俺が最終試験で獲得できたのはたったの55pt、合格ラインに遠く及ばずだ。


 黒華の言うとおり、俺はクロッカスに不要な人間だったのかもしれない。


 万策尽きた俺は、試験終了のときを待つのみとなった。

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