File.12「攻防・奔走」

 「くっそ、今どこにいるか全然分からねえぞ……」


 最終試験開始から20分が経過したが、未だに俺はトキシーと遭遇すること無く、人口森林を彷徨っていた。


 「なあアカツキ、お前この学園には詳しいんだろ?道案内くらいしてくれてもいいんじゃねーの?」


 「それは立派な不正ではありませんこと?」

 

 「まあそうだけどよ……」


 そういうところは意外としっかりしてるんだな――というか、そもそもコイツ自体が不正みたいなもんだろ。


 あいにく俺の周りには背の高い木々が生い茂っているだけだ。


 俺はクロー専用アプリを開き、中身を一通り確認する。すると、役立ちそうなツールを見つけた。


 《ドローンモード》クローを遠隔操作し、周囲の状況をカメラで確認できる。クローと操縦者の距離を15m以内に保つ必要がある。

 

 操作方法:メモリングを装着している側の腕を進行したい方向へ振る。高度の操作は反対側の腕を上下に振る。アプリ内のRESETボタンを押すことで操縦者の元に帰還する。


 すごいな、俺の腕がまさにゲームのコントローラーみたいになるってことか。とりあえず使ってみるか。


 「悪いなアカツキ、ちょっと様子を見てきてくれ」


 「もーっ、仕方ないですわね」


 明らかに面倒くさそうな態度を見せているが、所詮はAI。制御してしまえばこっちのもんだ。


 俺はドローンモードを起動し、右手を振り上げる。するとアカツキがデフォルトの球体へと変化し、少しずつ上昇を始めた。


 おーっ、と感心していると木の頂点を少し越えた辺りでピタリと動きが止まった。ここが限界高度ということか。


 メモリングで映し出されたカメラのライブ映像を確認しつつ、今度は左手をグルグルと回してアカツキを旋回させる。難しいかと思われたが、かなり自分の思い通りに動いてくれるので助かる。


 問題点は、思っていたよりも視野が狭く、せいぜい半径20m程度しか確認することができないところだ。これも試験用で調整されているのだろうが、少々不便だ。


 俺はアカツキと並行するように太陽の見える方角、東向きに進むことにした。人工森林とはいえ、自然に生成されたと言っても騙せてしまうほどよく造られている。地面の起伏が激しく、なかなか思うように進めない。


 この感覚、トキシーに襲われかけたあの日を思い出すな……


 ガサガサッ……


 「んんっ?」


 突如、前方の茂みが小刻みに揺れ、隠れていた物体が姿を見せる。


 大きさや形状は試験用クローとよく似ているのだが、眼球が深紅に染まり、胴体も黒塗りにされている。ソイツの頭上からはホログラムが映し出されており、《Toxic 5pt 100% ■■■■■■■■■■ 》と表示されている。まるでRPGの世界だ。


 ソイツは俺を視認すると、深紅のつぶらな眼球から赤外線のようなレーザーを俺の胸元に向け、間もなくしてビー玉程度の小さな物体を射出した。


 危険をいち早く察知した俺は間一髪でその物体をかわす。俺を外した物体は後方の針葉樹に直撃する。すると当たった部分が赤色ににじみ始めた。恐らくペイント弾だろう。


 「あぶねえっ!危害加えないって嘘かよ!?」


 ソイツ――トキシー(に扮しているクロー)は体勢を崩した俺を再びロックオンする。


 俺は咄嗟に近くの大木を盾代わりに身を隠す。


 「とにかく、アカツキを呼び戻さねぇとヤラれちまうぞ……」


 俺はアプリ内のRESETボタンを押す。すると、空中で静止していたアカツキは即座に俺の元まで帰ってきた。

 

 俺は緊迫した面持ちでアカツキに問いかける。


 「アカツキ、あいつはどうやって倒せばいいんだ?」


 「あのトキシーは獲得ポイントが一番低いはずですわ。それに動きも鈍い。ミーの美しき剣(つるぎ)で2,3発当てれば余裕ですわよ」


 「美しきってのは余計だが、わかったぜ!」


 俺は左手をアカツキの頭部にかざし、「ソード!」と唱える。間もなくして、アカツキは眩い光を放ち、剣のつかへと姿を変え、ホログラムによって刃渡り80cm程の紅色に輝く刀身が生成された。


 「なんかオモチャの剣みたいな見た目だけど、本当にコイツで倒せるのか?」


 「なっ、失礼ですわよ!」


 もっとこう……エ〇スカリバーとか勇〇の剣みたいに立派なやつを想像していたんだが。どちらかというと某宇宙戦争映画に出てきそうな外観をしている。


 試しに自分の腕に軽く当ててみるが、刃は貫通するだけで痛みは全く感じない。


 「……まあ、物は試しか」


 俺は柄を強く握りしめ、トキシーの目の前に再び姿を現す。


 トキシーは俺に照準を合わせようとするが、俺は素早くトキシーの後方に周り、大きく腕を振り上げる。


 「……やああっ!!」


 ジャキン!という効果音とともに、俺の繰り出した刃がトキシーの頭部に命中し、HPゲージが半分近く減少した。それを確認した俺はすぐさま2発目、3発目を思うがままに繰り出す。


 すると、トキシーのHPは0%になり、フラフラとバランスを崩してその場に倒れた。


 「おっ、あっさり倒せたな」


 その直後、メモリングに通知が届いた。


 《受験番号96番:御角陽彩 5pt 獲得 残り 95pt》


 30分弱で5ptとなると、このペースではかなり厳しいだろう。


 「もっとポイント配分が高いトキシーを見つけるしかなさそうだな」


 仮にRPGゲームを参考にするならば、森の奥地や洞窟といった足を踏み入れにくい場所に強敵が潜んでいる可能性が高い。


 マップを見る限り、この森の奥地はさらに東側に位置しているようだ。俺はアカツキの剣状態を解除し、再びドローンモードを起動した。


 「もーっ、ミーをあまりこき使わないでくださいまし?」


 「必ず合格させるって言ってただろ?頼むぜ、優秀な相棒っ」


 「優秀……えっへん!ですわっ!」


 俺は親指を立てアカツキを鼓舞した。俺の皮肉には全く気づいていないようだが。


 何だか、コイツの扱い方が分かってきた気がするぞ…… 



————————————————————◇◆



 「――これでやっと30pt!思ってたより時間かかるなぁ」


 試験開始から1時間が経過し、俺は最弱トキシーを6体討伐した。察するに、スタート地点から離れれば離れるほど、トキシーの数も増えている可能性が高い。


 しかし、この森林に目印らしきものはほとんど無く、自分が居る位置も不明瞭だ。他の受験生ともごく稀にすれ違うことはあるが、白百合や黒華の姿は見当たらない。


 ふぅ……と一息ついていると、俺の頭上に粘性のある物体が落下した。


 「うわっ!鳥の糞か!?最悪だ……」


 俺はその落ちてきた物体を手で拭う。手のひらに付着していたのは鳥の糞――ではなくペイント弾の染料だった。


 「何で上から……なっ!?」


 俺は天を仰ぐと、空中に浮遊している黒い物体を発見した。


 その物体の上には《Toxic 15pt 100% ■■■■■■■■■■ 》と表示されている。ペイント弾を撃ってきたのはコイツか。それにポイント配分も高いぞ。


 空中を舞うトキシーは俺の頭部に狙いを定め、ペイント弾を再び命中させる。


 「うわっ!ベタベタしてて気持ち悪ぃ……」


 これ以上はやられまいと、俺はトキシーから逃げるようにその場を離れ、身を隠しつつアプリを起動する。


 「ん?なんだこれ」


 《Clow’s HP 80% ■■■■■■■■ 》


 「なあなあ、アカツキにも体力ってのがあるのか?」


 「ヒイロの受けたダメージがミーのHPとリンクしていますのよ?HPがゼロになると5分間、ミーは行動不能になりますの。そうなればトキシーは何処かへ逃げていってしまうか、他の受験生に狩られてしまうでしょうね」


 「へぇーそうなのか」


 「これくらい、アプリをしっかり見れば書いてありますわよ!わざわざミーに説明させないでくださいまし!」


 「わかったわかった、悪かったよ」


 ペイント弾1発あたり10%も体力が減るとなると、コイツの盾で如何に攻撃を防ぐかが鍵になりそうだ。


 それに、飛行型のトキシーは近接戦に向いていない。まだ使っていない”レイガン”を試してみるか。


 俺が「レイガン!」と唱えると、アカツキは再び眩い光を放ち、今度はハンドガンサイズの光線銃へと姿を変えた。オモチャみたいな見た目は相も変わらず。


 アカツキの逆鱗に触れぬよう、俺はアプリ内の取扱説明文をじっくりと読むことにする。


 「ターゲットに照準を合わせ、トリガーを引く。リロード不要で、半永久的に連射可能……なかなか便利じゃねえか」


 俺は這いつくばりながら飛行型トキシーの背面に移動する。ヤツは俺を探してキョロキョロ辺りを見渡しているが、気づく気配はない。


 そして、俺はトキシーの中心部に照準を合わせ、指先に力を込めてトリガーを引く。


 ビビューン!という効果音とともに光線がトキシーに連続して命中した。数%ずつではあるが、地道にトキシーのHPを削り続ける。


 慌てふためいた様子のトキシーは、空中で暴れながらペイント弾を乱れ撃ちする。俺も負けじと歯を食いしばり、不規則に暴れるトキシーの体力をジリジリと削っていく。


 そして、俺とトキシーは攻防をひたすら繰り返し、ついにヤツのHPは5%を切った。


 「よし、あと2,3発当てれば倒せるな!」


 さらに、トキシーは瀕死状態になったようで、地面にゆっくりと落下した。弾切れを起こしたのか何なのかは分からないが、もうこちらに攻撃を仕掛けてくることは無さそうだ。


 「貰ったぁ!!」


 勝利を確信した俺は、確実に命中させられる距離まで接近し、上機嫌に光線銃のトリガーを引く。


 「……んんあれっ?あれっ!?」


 何度も引き直してみるが、光線銃は一向にビクともしない。


 「おい、アカツキ!どうしちまったんだ??」


 「HPが……無くなって……動けませんの……ヴッ」


 容態が急変したアカツキを心配した俺は、慌ててアプリを起動する。


 《Clow’s HP 0% 》


 「なっ……!?」


 どうやらアカツキはHPを削りきられていたようだ。戦いに夢中になりすぎて、ペイント弾を複数回食らったことに気がつかなかったらしい。アカツキの状態は元に戻り、そのまま顔面からぶっ倒れた。


 「アカツキーーーッ!!!!」

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