File.03「目標・難攻不落」
翌朝の目覚めは非常に良好で、すずにも容易に見透かされる程俺の気分は上々だった。
学校に着くや否や俺は担任の ”
「待たせたなせんせー、俺はヒュドールの戦闘護衛部隊に入る!人生変えてやるぜっ!」
「あら、ようやくですか御角くん」
乙桐のにこやかな表情はいつものことであるが、その一方でクラスメイトの何人かからは明らかに冷徹な視線を向けられている。
「とりあえず、今日の放課後私と面談をしましょう。後日、保護者の方を交えることになるとは思いますが、まずは御角くんの意志をお聞きしたいものですから」
「わかったぜせんせー、任せろっ」
俺はグッと親指を立てると、自分の席に戻った。その頃にはクラスメイトの注目も何処かへ行ってしまったが、そんなものは今はどうでもいい。
確実に俺は前に進んでいるはずだ。御角陽彩は留まることを知らない。
そう、後に入試の実態を知ることになるまでは……
————————————————————◇◆
来たる放課後、俺は乙桐に指示された通り進路相談室へと足を運んだ。引き戸を開けると既に長机の上にはヒュドール学園のパンフレットがズラリと並んでおり、乙桐もにこやかな表情で着席していた。
「あら御角くん、お待ちしてましたよ。さあさあ座ってください」
「よっ、よろしくお願いします…」
いくら聖人教師乙桐相手だとしても多少は緊張してしまうな。
そして俺は親父に話した内容をそっくりそのまま乙桐にも話した。
乙桐は表情を変えずウンウンと
「――わかりました、御角くんの意志が聞けて先生はとても嬉しいですよ」
「怒ったりしないんですか?あんな不純な動機なのに」
「怒る、ですか」
乙桐はうーんと
「いいですか御角くん。人間は誰しもが目標を持って生きているわけではないのです。何かしらの目標に向かって突き進むこと、それはこれからの人生において間違いなく大きな財産となります。成功することもあれば失敗することもある。前途多難ではあると思いますが、私は君の担任ですから。先生としての限りは尽くさせてくださいっ」
乙桐は自身の胸元をポンッと軽く叩いた。
「だから、怒るなんて
これは単なる綺麗事や建前ではなく、乙桐の本音なのだろう。瞳に曇りが一切無かったのも、彼女が真剣に俺を応援したいという意思表示とも取れる。
「せんせー、ありがとう!俺頑張るぜ」
「うふふ、じゃあまず御角くんは残りのテストを頑張ってもらわないとですね」
「ん、どういうことすか?」
残りのテスト――つまりは十二月末の期末試験のことだろう。それが戦闘護衛部隊の入試とどう繋がるのか、純粋に疑問である。
すると乙桐はにこやかな表情でサラッと火の玉ストレートを俺にぶつけてくる。
「御角くんは成績ダメダメですから。オール3以上は取っておかないとまずヒュドールは落とされちゃいますよっ」
「ま、マジかよ…」
ウインクをかましてくる乙桐に対し、俺は
「御角くんは戦闘護衛部隊の試験が実技のみであることはご存知ですか?」
「まあ、小耳に挟んだことくらいは…」
昨晩、親父から軽く聞いていたからこそ尚更理解が出来なかった。てっきり運動能力さえあれば受かるものだと思っていたのだから。
すると俺の疑念を晴らすためか、乙桐がヒュドールのパンフレットのページを繰り始めた。そしてヒュドール学園の概要や入試形態を順を追って説明する。大体は昨日の朝、マサが俺に語っていた内容だとは思うが、ほとんど聞き流していたので八割くらいが初耳情報である。
乙桐の話を要約するとこうだ。
・ヒュドール学園高等部は先進技術学科、ヒューマンサポート学科、戦闘護衛部隊の三学科が設置されており、入試形態は前者二学科が筆記試験、戦闘護衛部隊が実技試験のみとなっている。
・中等部、高等部の生徒は学園都市内に併設されている学生寮に入寮し、基本的に学園都市外への移動が禁止されている。
・戦闘護衛部隊クロッカスの定員は40名で、入試倍率は毎年7〜8倍となっている。
入学後の学生生活や授業の詳細が殆ど記載されていないのは、あくまで国家機密であるからなのだろうか。それよりも一番気になるのは入試の内容だ。
「せんせー、クロッカスの試験ってどんな感じなんすか?」
乙桐もこの質問が飛んでくることは想定内だったらしく、
「そうですね、私も詳細までは把握してないのですが、運動能力・判断力・協調性などが問われる試験だとはお聞きしています。この学校からも毎年受けている子はいますが、難易度は相当高いそうですよ」
「随分とざっくりですね…」
入試対策をしようにも正直これだけの情報では全く想像がつかない。残りの二学科は他の公立高校と類似した入試内容であるのに対し、クロッカスだけはやけに
となると俺が入試までに出来ることはただ一つ。それは乙桐も同じ考えだったようで自然と目が合った。
「御角くん、お勉強頑張りましょうねっ」
「は、はぃぃ…」
再びウインクをかましてきた。もうアラサーなのだからあまり無理しないで欲しい。
それはさておき、乙桐の言う通り残された時間で俺が出来ること、それは五教科の評定を3以上にすることだ。所詮義務教育の
いや出来るかじゃない、やるんだ。自分を信じろ、迷ったら進め。 そう親父も言ってたじゃないか。
俺は深呼吸をして鋭い眼光をパンフレットに向けた後、乙桐と目を合わせる。
「せんせー、お手柔らかにお願いします!」
バチンと両手を合わせて懇願する俺に対し、乙桐はやや呆れつつも俺に期待の目を向けていた。
「それは御角くん次第ですよっ」
乙桐にエールを送られた俺は部屋を後にする。入試までの課題が明確になったのは大きな収穫だな。だがその課題があまりにも難攻不落すぎる。一体どうしたものか…
とりあえず、明日から勉強だ。そう、明日から。
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