第6話 影人間 6

教室に入ると、想像通りの光景が飛び込んできた。

「また事件が起こったんですって」

「しかも、ここの生徒らしいよ。怖いねー」

「ねぇ、誰が殺されっちゃったの?」


そんな会話が、次々と耳に入ってきた。教室は事件のことで持ちきりで、皆がそのことについて話している。


そこに男女の差は無い。皆がグループを作り、その中で事件のことについて話している。


不安そうに話し合う者達もいれば、どこか面白がっている人達もいた。その点も含め、予想通りの光景と言えた。


また、生徒が殺害されたこともあり、以前よりも緊迫した雰囲気が漂っているように見える。より他人事だとは思えなくなってきたのだろう。


席に座ると、鞄から参考書を取り出した。そして、珍しく授業前から勉強しようとする。そうでもなければ、教室内に漂う暗い雰囲気に呑み込まれそうだからだ。


けれど、ペンを握る手は直ぐに止まってしまった。何故なら、直ぐ近くから声が聞こえてきたからだ。

「ねぇ知ってる? 今日もまた殺人事件が起きたんですって」


左手を見ると、そこには派手な髪型の生徒がいた。彼女は花輪さんと言う女子生徒である。いつの間にか、私の直ぐ傍まで来ていたらしい。


普段、花輪さんから私に話しかけてくることは殆どない。彼女のような明るく友達も多いような人とは相容れないからだ。


にも関わらず、今日は私のような地味な生徒に話しかけてきたのである。不安から、誰彼関係なく話したくなったのだろうか。

「そうらしいね」


私は困惑しつつそう答えると、再び勉強を始めようとする。あまり彼女と話す気は起きないのだ。けれど、次の花輪さんの言葉により阻害された。

「犯人は男らしいよ」


それを聞いた瞬間、様々な疑問が過った。目撃情報はまだ出ていないのではなかったか。どうして、花輪さんがそんなことを知っているというのか。


私は思わず質問を投げ掛ける。

「犯人の目撃情報はまだ無いんでしょ。なのに、何でそんなことを知ってるの?」

「私が見た訳じゃないんだけど、学校に見た人がいるっていうのよ」


そう言われても、なかなか信じられない。誰かが面白がってそんな嘘をついたのではないか。そんな考えが過ったのだ。


けれど、それもまた花輪さんの一言によって消失する。

「私達と同じくらいの男の人らしいの。割りと身長が高くて、コートを着てたんだって」


そう言われ、隆の顔が脳裏に過る。花輪さんが言っていたことは、隆の特徴と合致していた。


やはり、二度に渡る事件は隆が起こしたのだろうか。そんな考えが出てきたが、私たしては受け入れられない。あんなに優しい隆が、そんな事件を起こす訳が無いではないか。

「そんなことないよ!」


自分の思考に拒絶反応が出てきて、思わず大声でそう言ってしまった。花輪さんは呆気に取られたような表情をする。


また、その瞬間に騒々しかった教室は静かになった。皆、突如大声を出した私に注目している。

「ど、どうしたのよ」


花輪さんは困惑しながらそう尋ねる。しかし、説明する訳にはいかない。隆が怪しい等と言えば、あっという間に噂が高校中に広がるだろう。最悪の場合、逮捕されてしまうかもしれない。

「い、いやなんでもないの。ごめんなさい」


私はそう取り繕うと、机に教科書を置いた。そして、再び勉強をし始めようとする。けれど、結局は勉強に集中することができなかった。隆のことが気掛かりで、それどころでは無くなってしまったのだ。


その日の放課後のこと。

「祐衣」

部室へ向かう為廊下を歩いていると、隣の教室から来た隆に話しかけられた。


私達はいつも、放課後になるとここで少し話したりするのだ。普段はこの時間を最も楽しみにしている。

「何?」


私は振り返り尋ねた。

「今日起こった事件知ってる?」

何を今更、という感想しか出てこなかった。それ程、あの事件は校内中で知れ渡っているのだ。

「知ってるよ。クラスはあの話で持ちきりだったよ。うんざりしちゃうよね」

「そっか。そっちもそうだったんだな。まあ、仕方ないよな。何せ、ここの生徒が殺られたんだから」


隆はまるで他人事のようにそう言う。まるで、自分は何も関与していないかのように。

しかし、本当にそうなのだろうか。私には何が本当なんだか分からない。


それにしても、隆の様子は普段と変わりない。あんな事件が起こったばかりなのに、どこか落ち着いている。その点が、どうも気味の悪さを感じさせる。


隆は間を置くとまたしても話をし続けようとした。

「祐衣、それでさ……」

私はそれを遮り言った。

「ごめん。今日は急いでいるの」


私はそう言うと、直ぐ様隆に背を向ける。その理由を正直に白状すると、隆が怖かったからだ。普段と変わりなく落ち着いていて、優しい表情を浮かべる隆。その様子からは人間味を感じず、より強い恐怖を覚えさせたのだ。



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