第2話

「おはよう、ございます」

「おはよう。朝食、できてるよ」

 ……またやってしまった。と、アニーは視線を伏せた。キルラ魔導具店に住み込みの小間使いとして滞在して三日目。アニーは未だにハーヴィより早く起きて朝食の準備をこなせたことがない。

「あの……すいません、今日も寝坊して」

「別に構わないぞ。アニーにやって欲しいのは魔導具作りの手伝いであって、俺のメイドになったわけじゃない。最初に言っただろう?」

 確かに言われていた。けれど、アニーは王宮でメイドの地位を与えられたばかりだった。そしてこのお使いはメイドとしての初めての任務だった。だから、少しくらいはメイドらしい働きをしたかった。

「でも私はいまメイドなんです。ですから……朝食の炊事は、本来私がやるべきこと、です」

 アニーの言葉に、ハーヴィはふ、と息を漏らして可笑しそうに笑った。

「これまで一人で不自由なく暮らせてたんだ、気にするな。第一、ここは王宮じゃない。そんなふうに思い詰めなくても良い。もしどうしてもと言うなら、そうだな……掃除をやってくれ。どうも苦手でな」

 苦笑するように言ったハーヴィに、アニーは「はい!」と元気に返事をした。第一印象はずいぶん粗暴なものだったが、共に三日も過ごしてみれば、ハーヴィが寝は穏やかで優しい人物だということは理解できた。

「まずは朝食をとろう。それから、今日は西の森まで行って素材を調達したい。……準備はわかるか?」

 ハーヴィに促されるままテーブルに座ったアニーは、問いかけに「はい」とうなずいた。

「王宮でメイドになる前は狩人をやっていました。西の森には何度も出向いていますから、勝手は分かります。……手紙にも書かれていましたでしょうか?」

「ああ、腕利きの狩人だと書かれていたよ。ギルドランクはB+と書かれていたが、間違いないか?」

 ハーヴィの言葉に、アニーは再び頬を染めた。狩人としての才を女王に褒められるなど、どれだけの誉れだろう。

 思わずアニーははにかんだ。それから、気を取り直して肌身はださず身につけているギルドカードを首元から引き出す。

「B+に上がってから、約一年です。……あの、その……Aランクになるためには、職務研修所に入らねばならず……」

「ああ……、職務研修所には二十歳にならないと入れない、か。なるほど」

 アニーの控えめな説明を、ハーヴィは正しく読み解いた。つまり、制度上の不備でB+に留め置かれているだけで、実力としてはAランクに昇格できるはず、だと。

 アニー自身がギルドからそのように説明されているのだが、それを他人に伝えるのは少し恥ずかしく、いつも歯切れの悪い言い方になってしまう。

 ハーヴィが先回りして理解してくれた事に、アニーはふわりと微笑んで感謝の気持ちを示した。

「まぁ、その年でB+なら、充分過ぎるほどの才能だけどな」

 そう言ってハーヴィは笑った。Aランクの狩人といえば、国中で百人いるかどうか、というレベルだ。よほどの才能と実力がなければなれるものではない。その次に位置するB+だって、充分に素晴らしい。

 アニーが王宮メイドになったのは、正規の王室狩人として契約するためにはAランク以上でなければならないという、これまた制度上の問題だった。

 制度変更ができないか、という話は何度かアニーも聞いていた。けれど、Aランク狩人というのは単に狩りをするだけでなく、狩場の資源状況や、素材の流通状況などを加味した行動がもとめられる。そのための研修所であり、そのための二十歳以上といあ制限だった。アニーのために変更できるかという問題と、変更して若干一八歳のアニーがAランク狩人の責務を負うことが適切か、という問題があった。

 アニーのB+ランクに王宮メイドの所属、という処遇は、そういった問題を議論する中で当座の解決策として与えられたものだった。これで、B+の狩人でありながら、メイドとして王室のための狩りをこなす事ができる。

 アニーはそうした制度的な仕組みには疎かったが、とにかく、メイドとなることで自分の力を女王のためにふるえるなら、それはとても、嬉しいことだと思っていた。

「欲しい素材のリストはこれだ。それから、俺は基本的には後衛になる。これまでに魔導具師とのパーティー経験は?」

「あります。……大丈夫です。西の森なら、単独でも遅れを取るようなことはありません」

 普段、何かと少し弱気な態度のアニーだったが、狩りについては自信をもって断言できた。西の森は、決して楽な狩場ではない。けれど、アニーにとっては慣れ親しんだ狩場の一つだ。

「……期待してるよ」

 アニーの強い言葉に、ハーヴィはにっこりと笑ってみせた。

「なら、支度ができたら出掛けよう、よろしくな」

 ハーヴィの言葉に、アニーはありったけの元気で「はい!」と答えた。

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