タイムマシンの帰る場所

ながる

第1話 帰る理由

「おっはようございまーす」


 珍しく、朝っぱらから研究所に顔を出す。窓でもあれば雰囲気は違うのかもしれないけど、この部屋は朝でも電気がついているので印象は変わらない。

 烏丸からすまはすでに佐伯さんの斜め後ろからモニターを凝視していて、時々手にしたノートに視線を落としていた。

 ヘッドセットをつけた佐伯さんが視線を上げて「おはよう」と笑う。


 わざわざ土曜日休日に来たのは遊ぶためじゃない。当たり前だけど。

 風見さんを誘導ナビゲートする様子を見学させてもらうのだ。

 風見さんはすでにいるらしく、部屋の中に姿がないので、私は荷物を投げ出すようにして、佐伯さんの後ろへと駆けつけた。


「急がなくていいよ。見られていたら落ち着かないって、少し早めに跳んだんだ」

「そうなんですね。烏丸君はいつ来たの?」

「一時間くらい前かな。楽しみで早く来すぎちゃった」


 爽やかなアイドル風の笑顔を見せるけど、佐伯さんは苦笑してた。


「せっかくだから、準備から手伝ってもらったよ」


 そこで一度咳ばらいを挟むと、佐伯さんは沢山あるモニターの一つを指差した。


「じゃ、一通り説明していくね。別に今覚える必要はないから、気楽に聞いて」

「はい!」

「はぁい」


 烏丸は前のめりに目をキラキラさせている。全然気楽じゃないでしょ。コレ。


「まずは地図。これは当時の地図で、風見さんのだいたいの現在地を赤い丸で表示してる。現在の地図を出したり、並べたりと切り替えも出来るよ」


 これは説明が無くてもだいたい想像がつくやつ。でも、ちゃんとその当時の地図を使ってるんだなぁ。


「跳んだ先って、いつのどこっていうのはどうやって確認するんですか?」

「TIMの年代測定もするけど、現地で年代の判るもの……新聞やカレンダー、テレビやラジオ番組なんかをチェックできるときはするね。どこかは看板とか信号機の表示、お店があれば店名から検索かけたり。一度わかれば、次に跳んでも大きく違う所には出ないから」

「意外と地道なんですね」

「うん。初めて跳ぶ時は滞在も短めにして、そういう所から調査していくんだ。場所と日付や季節が判ったら、こちらで大きな事件や事故がなかったか調べる。調べる前に巻き込まれることもあるから、緊張するとこだね」


 地図の右隣のモニターには、水色の棒グラフのようなものがにょきにょきと出たり消えたりしている。


「こっちは風見さんの周囲の磁場の乱れをモニターしてる。TIMに焼き付いてる情報の大元に近づくと黄色く長くなる。それ以外の強い乱れがあれば、オレンジ、赤と色が変わる。同時期に別のTIMが見つかることもあるから、危険がなさそうなら回収することもあるよ」


 佐伯さんはパソコンのメインモニターのマイクのマークをクリックして風見さんに話しかけた。


「問題ないかな? そろそろ時間だと思うけど」

『ああ。ちょうど着くぞ』


 スピーカーから風見さんの声が聞こえた。ちょっと雑音混じりで、なんとなく不安になる。棒グラフのにょきにょきが少し伸びて、青色から緑が混じってきた。かと思うと、スピーカーから微かにカンカンいう音が聞こえてきた。音がはっきりするにつれ、グラフは伸びてオレンジ色から赤が見え隠れする。

 ピークは電車が通り過ぎる音が聞こえている間、だった。

 踏切の警報音が止まり、グラフは徐々に落ち着きを取り戻す。


「OK。今日はここまで。戻ってきてください」

『へーい』

「と、まあ、今日は何度か調べてるところだから問題もないんだけど、時渡りミグレーターが速やかに帰還できるように誘導するのが誘導員ナビゲーターだね」

「調査対象に誘導するんじゃなくて?」

「今はまだ調査対象を絞り込めてないんだよ。その前段階で、記録と記憶の関係性とか、災害とのリンクとかそういうモデルを集めて何に使えるか、使えないのかを見極めようとしてる……って感じかな。だから、見たもの聞いたものの情報を持ち帰ることが重要。このあいだ手違いで跳んじゃった時も、深山さん「雪が降ってた」って情報を持ち帰ってくれたでしょ。あれだけでも結構大きいんだよ」


 説明を受けている間に、部屋の中がちょっと明るくなった。光が人型にまとまって、風見さんが帰ってくる。


「お疲れ。変わったことあった?」

「いいや。いつもの夕焼けだった」

「音声はなんとかなってるけど、映像に残そうとすると失敗するんだよねぇ。印画紙アナログなら持ち帰れるのかな」

「向こうで焼いたものならいけるかもなー」


 風見さんは肩を竦めて作業服のポケットから煙草の箱を取り出した。それから顔をしかめる。


「……切れてた。買ってくるわ。何かいるか?」


 研究所に煙草の自販機はない。近所のコンビニまで行くのだろう。


「プリン!」


 手を上げて主張すれば、風見さんはへいへいと頷く。烏丸が「そういえば……」と呟いた。


「コンビニの先の駄菓子屋で、期間限定で『ばあばのプリン』出してませんでした? 一人二個までだったから、俺も行くんでそれにしませんか」

「あぁん?」

「あ、割と人気のやつだ! 午後からだと売り切れてたりするよね!」


 期待を込めて風見さんを見れば、顔には「めんどくせぇ」と書いてあったけれど、渋々と「わかった」と言って踵を返した。烏丸もすぐ後を追う。

 佐伯さんは手慣れた様子で機器の片づけをしていた。


「風見さんと佐伯さんて、コンビ組んで長いんですか?」


 すごく仲良し、という感じではないけれど、お互い信用があるのはわかる。


「長いのかなぁ。五年くらいだよ」

「あ。思ったより短い」

「僕は以前別の人の誘導員ナビゲーターだったしね」

「そうなんですね。そういえば、風見さん、自分はトクベツって言ってましたけど、どこにでも行けるって本当ですか?」

「ああ……たぶんね」


 トン、と資料らしき束を机の上で揃えて、佐伯さんにしては珍しく少し歯切れ悪い答えだった。


「ちょっと危なっかしいとこもあったんだけど、深山さんがより危なっかしいからか、最近はちゃんと帰ることを優先してる。深山さんも、渡りをやるならいろいろあるかもしれないけど、優先順位の一番は『帰ること』だから。忘れないようにね」

「はぁい。毎回ご褒美のおやつとか用意されてれば、きっと大丈夫です!」

「あは。なるほど! 覚えておくよ。まあ、でも、ひとりで渡れるようになるのは、だいぶ先だろうけど」


 瞳の伏せられた横顔を見上げると、目元にほくろがあることに気付いた。眼鏡をかけているからか、今まで気付かなかった。

 そのせいではないのだろうけど、ちょっと愁いを帯びた表情に見えて、大人の色気を感じてしまった。

 いいな。今度真似してみよう。


 とか思ったことなど、プリンが到着すると一瞬で忘れてしまった。

 色気より食い気、と言われても全く反論できないのである……プリン美味しい。




タイムマシンは元の場所へ・終

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