第5話


 その後は、なんだかんだ無駄話をしながらも着々と課題をこなした。

 最後のプリントが終わるころには、東の空もうっすらと白くなりはじめていた。


「ん……」


 限界を迎えた花灯がベッドに大の字になって寝ている。相変わらず豪快な寝相だ。へそまでめくれ上がったシャツを整えて、俺は花灯にタオルケットをかけた。

 ベッドにこしかけ、花灯の寝顔を見下ろす。


「ほんと、世話のかかるやつ」


 体力自慢のこいつでも、さすがに夜通し勉強するのはしんどかったらしい。


「ま、よくがんばったほうか」


 ねぎらってやろうと手を伸ばす。前髪にかかる青い流星を手ですくと、花灯はくすぐったそうに眉を動かした。思わず、笑みがこぼれる。

 

「……」


 ふと、桜色の唇が視界に入った。それと同時に、さっきの熱がよみがえってくる。


 ──あのときといっしょ?


 花灯の声が脳内に響く。いっしょなんかじゃない。

 気づけば、俺は身を乗り出していた。


 吐息が鼻先をかすめる。得体の知れない熱が、俺を突き動かしていた。今までで一番近くに、花灯を感じる。


 お互いの唇がふれる、その瞬間。


「……春太」


 最悪のタイミングで花灯の声がきこえた。

 俺はばっと身体を離すと、花灯の顔をおそるおそる覗き込んだ。長いまつ毛は下を向いたまま。口元だけがむにゃむにゃと動いている。

 

「どんなタイミングの寝言なんだよ……」


 全身から一気に力が抜け、俺は天を仰いだ。


「ったく、こいつはほんと」


 かるく頬をつまんでやる。

 花灯はうぅーと短いうめきをもらしたが、無視することにした。

 眠っているときですら、こいつは俺にかまうことをやめないらしい。




──── 




「春太! おそいっ! もっと早く走って!」


 あれから数時間後。俺は早朝マラソンを敢行させられていた。


「……っざけん、な。なんで、朝からこんな……っ!」

 

 肩で息をしながら長い坂道をのぼりおえる。花灯が腰に手を当てて待っていた。


「もー、おそいよー。百パー遅刻じゃん。あたしもう先生に怒られたくないよ」

「誰のせいでこうなったと思ってる!」

「目覚ましのせい?」

「お前のせいだよ!」


 だから寝る前に確認したのに。こいつの空返事はやはりあてにならない。


「あの睡眠時間でそれだけ走れるとか、お前の身体の構造どうなってんだ」

「三時間もあれば余裕じゃない? 体力マックス」

「スマホの充電みたいなやつだな!」


 もう無理だ……。

 朝っぱらから走りまくり、ツッコミしまくりで、体力はすでに限界に近い。


「花灯、ちょっと休憩……」


 どうせ一時限目には間に合わないのだ。ならばいっそ割り切って優雅に登校でもしたほうがいい。俺は近くにあった自販機を指さす。


「お、いいね。コーラ~、コーラ~、コーラがあるとうっれしいな~♪」


 謎の歌を歌いながらラインナップを物色する花灯。

 俺は併設されたベンチに腰を下ろした。


「春太! ここポプシ派なんだけど!」

「どうでもいいから早く選べ!」


 花灯はたっぷり二分ほどかけて、最終的にサイダーのボタンを押した。俺は即決でスポドリのボタンを押す。

 すぐさまのどを潤すと、ぷはあっと、おっさんみたいな声が出た。


「春太、うちのお父さんみたい」

「うるせえ」

「将来ビールとか飲んだら、同じことやってそう」

「なんか想像つくからやめろ」

「あははっ」


 花灯がけらけらと笑う。

 将来の俺はいったいどういう大人になっているのだろう。澄んだ青空を見上げながら、そんなことを考える。

 大学生になって、社会人になって、ビールを飲むようになって。結婚したり、子どもができたりするのだろうか。

 

 そのとき、花灯はどうなっているのだろう。花灯と俺の関係は──。

 

「ふふーん」


 となりを見やると、花灯はぷらぷらと足を揺らしていた。なにがそんなに楽しいのか、鼻歌まで口ずさんでいる。


「ご機嫌だな。今日のお前」

「そっかな」

「今日ってなんかあったっけ」

「なにもー」


 俺はペットボトルに口をつけた。汗をかいたプラスチックが、陽光を反射して銀色にきらめく。緑の葉をしげらせた桜の樹が、俺たちの頭上で、さらさらと流れていた。


「機嫌がいいのはべつの理由だよ」


 花灯は足をとめて、俺を見た。


「べつって?」

「いい夢見たから。今日の朝」

「えっ」


 思考が停止する。俺の手からペットボトルがするりと落ちた。


「ど、どんな夢かきいても……?」


 おそるおそる訊いてみる。花灯は残りのサイダーを一気に飲み干すと、俺に向き直った。

 濡れた唇が弧をえがく。そのまま人差し指だけを唇にそえて、

 

「ひみつ」


 とだけ言ってきた。


「なっ!」

「ひみつだよー!」


 花灯がぴゅんと走り出す。


「おい! 待てって!」


 急いであとを追いかける。

 びゅおと吹いた春風が、俺たちの背中を押していった。


 


 今はまだ、自分のこの感情がなんなのかうまく言葉にすることができない。

 けれどいつか、ちゃんと音にのせることができるようになると思う。

 それがいつかはわからないけど、俺たちの時間は続いていくから。

 パンクみたいに早いテンポじゃなくたっていい。

 スローテンポで少しずつ。それがきっと、俺たちふたりのリズムなんだから。




────────────


あとがき


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ハナビハルタ 幼馴染のパンク系女子がやたらと俺にかまってくる 雨乃からす @ameno59737

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